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妖精王二人を見送ると、俺はエルリアがいる控え室へと……
「勇者殿〜」
胴間声が聞こえる。
振り返ると。髭面の大男がこちらに向かって走ってくる。
あれは……1日目に宿泊した街、城塞都市カデスの領主だったな。名はシェカール。
そういえば、前世で剣の修行をつけたこともある。その頃は、紅顔の美少年だったが……
ああ……残酷な話である。月日が経つのは早いものだ。
「ゆ、勇者どの! もしかして貴方はイルムザール様ではありませんか!?」
「えっと……」
どう答えたものか。
「そのお姿、あの立ち振る舞い……幼き日に見たイルムザール様のものに違いありますまい。それに……勇者となった方は、再び勇者として転生されると聞いております。女神アゼリアが直接選ばれた勇者……それは、イルムザール様の転生された方ではないかと」
「うっ……」
誤魔化すのは容易いが、ここで嘘をついても何にもならん。
仕方ない。もう一度エミュレートだ。
「ああ、私はイルムザールだ。久しいな、シェカールよ」
「おおっ、やはり! し……師匠! お会いしとうございました〜!」
「ぬわっ!?」
シェカールが泣きながら抱きついてくる。
ちょっ……髭面を近づけるな!
「止めい」
「ぬがっ!?」
……思わず素に戻って脳天にチョップ入れちまったい。
「落ち着け。周りを見るがいい」
追いついてきたシェカールの従者達が呆然と見ている。
それよりも……あの黒髪の侍女がまた頬を赤らめているのはどういう意味なんだか。
「も、申し訳ありません師匠!」
平伏して謝罪するシェカール。
「いや、いい。顔を上げてくれ。それより、手を上げて申し訳なかった」
ヤツの家臣の手前、チョップの件を謝っておく。
「ありがたきお言葉! イルムザール様にまた会えた事で、我を忘れてしまいました」
ヤツは神妙な顔でうなずいた。
「ところで……エヴノの事は残念でしたな」
「……そうだな」
エヴノとシェカールは同年代ということもあり、少年時代は良き友人かつ剣のライバルであった。袂を分かって以後も、何かと気にかけていたのだろう。
シェカールによれば、エヴノは白狼亭で俺に敗れた後、一時的にカデスで拘束されていた訳だが、その時にも顔を合わせていた様だ。
「国の再興の為、彼奴なりに考えてのことなのだろうが……」
「ええ。……まるで以前とは人柄が変わっており、何があったのかと思っておりましたが、まさか神の一人に誑かされていたとは」
「ああ。残念ながら、ヤツは取り逃がしてしまった。……貴公も気をつけてくれ。ヤツは心の隙間につけ込んでくる。家族、家臣達にもその事を伝えておいてくれ」
「ハッ! 分かりました、イルムザール様!」
シェカールは姿勢を正して一礼する。
そして彼は、従者達とともに去って行った。
さて、俺はエルリアの元へ行くか。
――エルリアの控え室
俺が扉をノックすると、赤毛の若い女が顔を出した。
彼女もまたエルリアの侍女の一人。確か昨日の朝会った侍女の娘だっけか? 名は……エセンといったか。
「イルムザール様!? どうぞお入りください」
彼女の招きで室内へ入ると、ソファに座り、紅茶を飲んでいるエルリアの姿があった。
「アキト様……」
彼女は俺を見ると、ほっとした様な笑みを浮かべた。きっと来客の応対などで疲れていたのだろう。
「何か飲まれます?」
「ああ、冷たいものがあればもらいたい」
エルリアの指示で、先刻の赤毛の侍女が奥へと引っ込んだ。しばらくのち、冷たい紅茶を淹れてきてくれた。
「ありがとう。いただくよ」
侍女に礼を言い、エルリアの隣に腰掛けた。
「何か急に、こんな事になったけど……エルリアは良かったのかい?」
「ええ。……形はどうあれ、アキト様と結ばれたのです。不満はありません。アキト様は……お嫌でしたか?」
彼女は不安気に俺を見る。
「いや……そんな事はないさ。俺もエルリアが生涯の伴侶だと思っている」
「はい! ありがとうございます!」
エルリアは俺の胸に飛び込んだ。
侍女達の目を気にしつつ、俺も彼女を抱きしめ……
「あら、ごちそうさま。お邪魔したかしら?」
聞き覚えのある声。やはり……
「先生、来られていたんですか」
俺達の対面で、女神は艶然と微笑んでいた。
慌てて離れる俺達。
「ええ。仕事が終わったからね。昨日休んだので、ちょっと遅くなっちゃったけど」
「昨日はありがとうございました。それはそうと……何でいきなり婚礼なんですか?」
まずは改めて昨日の礼を言う。そして、気になっている事を問いただしておかねば。ちなみにここは、エルリアには聞かれない様に日本語で、だ。
「そうね……この子から聞いてるでしょ? 『意にそぐわぬ婚姻』って話」
「ええ……」
ああ、聞いた覚えがあるな。こっちに来て二日目の、彼女と結ばれた後のことか。
「それを盾に、大神殿の乗っ取りを企む輩も出るかもしれないからね」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。根拠のない話ではないわ。エヴノが接触していた貴族ってのが曲者でね」
「曲者、ですか?」
ふ〜む、どんな人物なんだろうか?
「貴方も連なる、勇者の家系の末裔かつ王族の縁戚の若き当主。一見有望株にも見えるでしょ? でも……」
「もしかして、どうしようもないヤツだったりとか?」
そこまでエヴノの目が曇っていたとは思いたくないが……
「いえ、当人はボンボンとはいえそれなりに有能なんだけど、周りがね。姫巫女との婚約を持ちかけられて、変な野心もっちゃたのよ」
「ああ、なるほど」
よくある話だ。王族、それも姫巫女との結びつきが出来たことで、自分たちの器量もわきまえぬ野望を持ってしまう……。この世界での歴史上度々起こったことである。
そういえば、かつてレイアルーナも同じような目にあってたな。これも因縁か。
「だがら、何とかしようと思ってこっちに来たら、どういう訳かアキト君が付いてきてしまったという訳。これ、運命の導きとしか言いようがないでしょ?」
「うっ……た、確かに」
だから俺とくっつけた、と。
イラン下心出してしまったのが運の尽きか。……いや待て。
「ところで、その運命の糸を操っているのは、アゼリア様ではなかったですか?」
大地母神。そして同時に運命神であったハズだ。
「……わ、我ながらいい仕事したわね」
目を泳がせつつ彼女は卓上の紅茶を……って、ソレ俺のなんスけど。まだ口つけてないからいいか。
赤毛の侍女が、新しく紅茶を淹れてきてくれた。気がきく子だな。
まぁ仕方がないか。そりゃ彼女が運命を操るって言っても、100%相手をコントロールする訳じゃないしな。それに、近頃は転移者やら何やらの影響で、まともに運命を予測することが出来なくなっているのだろう。
今回の例は、ある意味幸運だったとも言える。
次女が淹れてくれた紅茶を飲みつつ、そんなことを考えた。
と、今度は黒髪の侍女――アスリっていったっけ――が顔を覗かせた。
「アキト様、ご家族がお見えになりました」
「あ……そうっすか」
……さらに状況がカオスになりそーな……。
そして、
「はじめまして。私は渡彰人君の隣のクラスの担任をやっております咲川と申します」
「これはこれはご丁寧に……」
どうするんだよ。いつの間にやら三者面談が始まっちまった……。
俺の中学校の成績から、最近の授業態度まで……
まさかその辺調べてくるとは思わなんだぜ。
おかげで針の筵というね……




