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――ガンディール王国 王都ヴィラール

 私は従者である少年エヴノを連れ、ゆっくりとした足取りで王城へと向かう通りを歩んでいた。

 久々の王都は活気にあふれ、賑わっていた。


「とても、魔王戦役の最中とは思えませんね」


 エヴノは口元に笑みを浮かべた。


「うむ。この賑わいがいつまでも続けば良いのだがな」


 私は頷いた。

 しかし、この平穏がいつまで続くかは……。



 しばし歩くと、王城の門が見えてくる。

 正面には巨大な正殿と釣鐘型の屋根を持つ五つの尖塔。そしてそれを取り囲む回廊。

 主に大理石と煉瓦で作れらた、壮麗な建造物だ。

 無論、壮麗ではあるが防御力に手抜かりはない。かつての魔王戦役での戦訓を取り入れた、実戦的な縄張りとなっているのだ。

 おそらくこの後起こるであろう魔王軍の侵攻にも、十分耐えるはずだ。

 そして、ここを守る兵士達の練度も上々だ。

 都元帥ドゥレン及び方伯カルフェンによって徹底的に鍛え上げられた兵達は、おそらくこの世で並び立つものはない程の練度を誇っている。おそらく魔王軍の精鋭と激突しても、一歩も引くまい。

 そうした兵の一人が、私の前に立ちはだかる。

 ここは王城の門。そして兵士はここを守る衛兵だ。


「城に何用か?」



 若い兵士は鋭い視線を私に向ける。

「私はラージャムのイルムザールだ。こちらは従者のエヴノ。王の招きで参内した」


 私は鎧の胸甲にある紋を示す。


「し……失礼いたしました! どうぞお通り下さい」

「うむ」


 私達は門を通り、入城する。

 出迎えたのは、巨大な神像。

 天空神アルジェダートと地母神アゼリアのものだ。

 その二柱の間をくぐり、さらに奥へと向かう。

 と、声がかかる。


「イルムザール様、お待ちしておりました」


 褐色の肌の青年が、白い歯を見せて笑った。


「やあ、ルワン。久しぶりだな」


 この男は古くからの友人で、幾度か轡を並べて戦ったことがある。現在は近衛兵として王宮に仕えていた。


「王がお待ちです。こちらへ」


 彼は私達奥へと誘った。



――豪華な一室

 私達が足を踏み入れると、堂々たる体躯の、髭を蓄えた男が出迎える。


「おお、よく来てくれたイルムザールよ。それに、エヴノもいるのか」

「お招きにあずかり、光栄です、陛下」


 この男は、ガンディール王国国王エドゥアルド。

 勇猛果敢で鳴らした猛将でもあった。

 かつて国内で叛乱があった際も、私も彼と共に戦場を駆け巡ったものである。


「エルガルト、イルムザール殿が来られたぞ」


 そしてその背後に呼びかける。


「イルムザール殿! 来ていただけたのですか!」


 細身だが、エドゥアルドによく似た顔立ちの青年がやって来る。


「エルガルド殿下、この様な目出度い場にお招きいただきありがとうございます」


 私は彼に一礼した。彼は王位継承第一位、王太子エルガルド。

 父親とは対照的な、内政型の人物だ。故に、魔王戦役の最中故、この青年が国を担う事を不安視する勢力がいるのも事実だ。

 だが、私はそうは思わない。

 今でこそ線は細いが、いずれは父に肩を並べる名君になるだろう。武勇の面が足りねば、誰かが支えてやれば良いのだ。


「イルムザール殿。こちらへ」


 エルガルドが私を招く。

 そこには、ベッドに身を横たえた若い女の姿がある。

 そしてその隣に、小さなベッドがあった。


「姉上!」


 エヴノが彼女に駆け寄った。

 彼女は王太子妃ソーニャ。私の従者エヴノの姉である。


「エヴノ……それに、イルムザール様。よくおいで下さいました」


 一仕事を終えた彼女は、少々やつれてはいるものの、なお美しい顔で微笑んだ。


「母になられましたな、ソーニャ様。お子様共々御健勝、なによりです」

「ありがとうございます。この子の将来は分かりませんが……せめて健やかに生きてくれればと……」


 魔王戦役、か。彼女の声が、不安に震えている。


「大丈夫ですよ。この城に魔王軍を近寄らせません。私がこの地を護ってみせましょう。エヴノと共に」

「イルムザール様、ありがとうございます。エヴノ、あなたはイルムザール様に迷惑をかけてはダメよ」

「はい、姉上!」


 エヴノは元気な声で答えた。

 そして私は、隣のベッドに目を転ずる。

 そこには赤子が、健やかな寝息を立てて眠っていた。


「女の子だそうで……。母上に似て美人になるでしょうな」

「そうなって欲しいものです」


 エルガルトは照れ臭そうに笑った。


「そうだ、イルムザール殿。この子を抱いてやってください」

「良いのですかな? では……」

 そっと赤子を抱き上げる。その子は、不思議そうに私を見上げた。柔らかく、小さい身体だ。

「ところで、名は?」

「いえ、まだです」


 そう言って、彼は私を見つめた。


「イルムザール殿。我が娘に名をつけてはくれませんか?」

「……私でよろしいのですかな?」


 ベッドに赤子を戻しつつ、問う。


「うむ。英雄である貴公につけていただきたいのだ」


 ふむ……私なんぞがつけて良いのか? と、思わなくもないが、こうまで言われてはな。娘につけるはずだった名を使わせてもらおう。


「そうですな……エルリアーナという名はいかがでしょう?」

「エルリアーナか……。そうか、貴公の亡き妻レイアルーナ殿の名を……」


 “エル”あるいは“アル”とは、長子を表す呼称。そして、リアーナはレイアルーナの愛称であった。


「ええ。栗色の髪、翡翠色の瞳……。もしかしたら、我が妻の生まれ変わりかもしれませんな」

「そうか。それなら……いずれ貴公に娶らせてもよいかもしれんな」


 と、王は冗談めかして笑った。


「いえ……もう私は、そんな歳ではありませんよ。せめてこの子には、幸せな生涯を送って欲しいものです」


 この子が成人する頃には、もう私は老齢だ。政略結婚は避けられぬだろうが、せめて見合った相手と一緒になって欲しいものだ。


「そうか。まぁ良いさ。それなら、貴公の息子は我が娘の婿とさせていただこうか。なぁ、エレーネ」

「と、父様……」


 突然話を振られ、赤面しているのは王女エレーネ。王太子エルガルトの妹である。我が息子ヴァルスラーナとは、良い仲と聞いている。


「不詳の息子で良いのならば、喜んで」


 私は彼女にむけ、頭を下げた。


「えっ、あの……私でよろしければ」

「ハハ……めでたい。ささやかながら、宴の用意をしてある。イルムザールも、楽しんでいくが良い」


 王は莞爾(かんじ)と笑った。


「ありがたき幸せ」


 そうして広間で宴が催された。戦時下であるとはいえ、それなりに豪華なものであった。

 私とエヴノは宴を楽しみ、その日は王城で過ごすこととなった。



 そして翌日、私は王に旅立ちの挨拶をした。


「さて……私は軍を率い、一足先にネルヴェ遺跡へ向かいましょう。あそこにはおそらく因縁の相手、魔将ヴォルザニエスがおります。決着をつけるいい機会ですな」


 いずれヴァルスはエルズミスに乗り込み、魔王と対峙せねばならない。せめてその前に、露払いをしておかねば。


「そうか。武運を祈る。貴公なら、必ず無事に戻ると信じておるよ」

「ありがとうございます。それでは……」


 私はそうして王の前を辞した。

 それが、私と彼らとの、最後の別れとなった……

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