5-EX1 アゼリアの回想
――夜 自室
「ふぅ……」
玄関の扉を閉じ、鍵を閉めると一つ息を吐く。
「……!」
と、急激に疲労が私を襲った。
家について安心したからなのだろう。思わず玄関先でへたり込みそうになる。
しかし、ここで泥のように眠るわけには行かない。
何とか眠気を振り払い、ベッドまでたどり着く。
そして寝巻きに着替えると、ベッドに倒れこんだ。
「終わった……」
天井を見上げ、思わずそう独語する。
「これで、終わりね」
気がつけば、涙を流していた。
開放感。そして……孤独感。
造られてから1万年余り。私はずっと造物主のもとで働いてきた。
だが……もう、それも終わった。
もはや、私たちの庇護者はいない。
恍惚と孤独、か。
だが、もはや後戻りはできない。ここから先は、私たちの時代なのだ。
いや、それだけではない。今生きている人々。そして、これから生まれくる子供たちの時代だ。
そう。だからこそ、これからは私たちだけで世界を護らなければならない……。
――朝
闇の中に響く、電子音。
「……ン? ああ」
不意に響いたその音。薄明の中、私は目を覚ました。
これは……目覚まし時計か。
手探りでそれを探り出し、音を止めた。
「ん〜〜」
ベッドの中、一つ伸びをする。
深呼吸すると、脳が活性化していくのがわかった。
しかし、まだ眠気は残る。もう少し眠りたいところだ。
だが今日はそんな暇は、ない。
私の元いた世界に戻らねばならないのだ。そして、そこで……。
そう。行かねばならない。だからこそ……
両の頰を軽く叩くと、身を起こした。
すぐにバスルームへと向かうと、冷たいシャワーを浴びた。と、眠気が一気に吹っ飛んでいく。
そして、洗面所。
タオルで身体を拭った私は、そのままの姿でそこにある鏡の写った私自身の顔を見つめた。
十年ほど付き合っている、私の顔。
“咲川皐月”としての、顔だ。
そして視線を下に落とすと、胸の中央にうっすらと浮いた傷跡が見える。
肉体の上では、ほどんど目立たない。だが、それに重なり合う“霊体”には、まだ癒えぬ傷跡があるのだ。
このために、私はかつての“力”を発揮できない。
しかし……造物主の使徒ではない部分の“私自身”が目覚めたのは、このおかげだ。
それは、“あの方”も同様なのだろう。
私たちはこの地に来て初めて、使徒という軛から解き放たれたのだ。
眼から鱗が落ちるとはこの事なのだろうか?
おっと……こうしている場合ではないな。急がねば。
私はすぐに服をまとうと、荷物などをまとめつつ、あらかじめ用意しておいたゼリーやシリアルバーを口にする。
そして……いくつかの封筒を、机の上に置いた。
これは……遺書。
万一、ここに戻れなかった場合に備えて用意しておいたものだ。
この地でできた、知人、友人。そして……
全ての準備が整うと、私はこの部屋を後にした。
またこの部屋に、この世界に戻ってこられることを祈りつつ……
――桐花学園 裏山
朝焼けの中、私は通い慣れた道を通って裏山へとやってくる。
ここは、私が初めてこの世界に降り立った場所。
そして……彼、渡彰人――イルムザールの転生――を転移に巻き込んでしまった場所だ。
この場所は、空間の歪みがある“特異点”。
もしかしたら、私たちの世界に迷い込んでくる異界人は、この場所からやって来たのかもしれない。
なぜこんな場所があるのだろうか?
かつて造物主は、“始まりの地”という言葉を口にしたことがある。もしかしたらそれが、この地球なのかもしれない。
かつてこの地に降り立った時に感じたのは、何とも癒えぬ懐かしさ。
あるいは……“私”もかつてこの世界に存在していたのかもしれない……
そんなことを考える。
しばし歩くと、小さな祠が見えた。
それは、この世界の神の一柱を祀ってある場所。
その素性は、知らない。
達磨、と言ったか? 異郷の神を祀る祠。
朽ち果てつつある様にも見える。
だが……ここにはまだ宿る“力”を感じた。つまりは、まだ“生きた”祠なのだ。
私はその前に立ち止まると、そこに手を合わせた。
ええと……二礼、二拍手、一礼だったか。
神が神に祈ると言うのも妙な話だが、それでも“何か”にすがりたい気分なのだ。
…………。
しばしの祈りを終えると、私は再び歩き出す。
道を逸れ、藪の中へ。
そのまま進むと、少し開けた場所に出る。
私に目には、空間の歪みがはっきりと見て取れた。
この歪みのおかげで、魔力の回復がしづらいこの世界であっても、空間を超えた転移を行うことができるのだ。
さて……行かねばなるまい。
私は両掌に魔力を集めた。そして印を結ぶ。
と、あらかじめ仕込んであった魔法陣が起動した。
地面に現れる、金色に輝く多重円。頭上にも同様の魔法陣が出現する。
これが、転移陣。
そして、上下の多重円が反対方向に回転し、“力場”が形成される。
そして、
「“転移”!」
私はこの世界に別れを告げた。




