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18

――迷宮 地下一階

『あっけないものだな』


 俺は血に沈む自分の身体を見下ろして独語した。

 倒れた俺に、すがりつくエルリア。そして呆然と見つめる仲間達。兵士達が倒れているのは、ヴェルディーンかアイーシャによるものか? それとも、造物主による洗脳が解けたので、倒れただけかもしれん。

 何にせよ、血は流れていないので、死者はいないようだ。

 そして、床に転がった五円玉。

 ああ、これがヤツへの一撃となったか。ばあちゃんに感謝しないとな。

 会うとしたらあの世でだろうけど……



 と、俺の身体……いや、魂か? が浮き上がる感覚があった。

 そうか。この世ともお別れか。

 せめて、別れ際にエルリアとキスぐらいはしたかったがな。

 まぁ、仕方がないさ。

 何にせよ、彼女が無事で良かった。二度も彼女を見送るのは、正直勘弁して欲しかったからな。


「……さよなら、エルリア」


 俺の“声”が聞こえたように、彼女が顔を上げる。

 そして俺に向かって何か言おうとした様だが……それまでだった。

 俺の身体は迷宮の天井を突き抜け、岩盤の中を上昇していく。

 と、不意に視界が開けた。

 あの祠だ。大神殿も見える。

 ん? 祠の前にある詰所に、誰か倒れてるな。

 あの隊長かもしれん。息があるのかはわからんが、誰か助けを……

 おっ、神殿から誰か出てきたな。助かってくれたらいいんだがな。



 そうする間にも、俺の身体はぐんぐん上昇していく。

 この世界の天蓋を突き抜け、宇宙へ出てしまうのかもしれん。

 あの世は宇宙にあるんだろうか?

 ……おっと、大体この世界の全景が見えてきた。

 やはり円板状の世界なんだな。中央に大地(アストラン)があり、その周囲を海が囲んでいる。そのさらに外周を岩の様な物質でできた壁が囲んでいる。

 何かの本で見た、古代の宇宙観みたいだな。

 ん? 上方に何か透明なモノが……

 ああ。これが世界を取り巻く天蓋か。

 この先は、世界の“外”なのだろうが……。

 そして俺の身体は天蓋を突き抜ける。そこは、虹色の空間。眼下には、さっきまでいた世界が見える。

 円盤に透明な蓋をかぶせた、様な姿だ。下はどうなっているかはここからでは見えないが、おそらくあの“機械”類や地下世界を収めるスペースがあるはずだ。だとすれば、上下に扁平な球体なのだろうか?

 そういえば、さっき造物主が言ってた“フネ”って言葉……。もしかしたら、これは宇宙船?

 え〜と、播種船(はしゅせん)だっけ? SFでよくあるヤツ。さっきまでいた世界は、その中に造られた世界だったのか。

 造物主が創造した前の世界ってのも、この中にあったのかな?

 そういえば、この“フネ”は、誰が何のために造ったのだろうか? 地球の古代文明? それとも、外からやってきたもの達か……

 何にせよ、俺にはもう知る機会はない、か。

 そういえば、ダニエルの親父さん、考古学者だったんだよな。こういうのを見たらどう思うんだろうか……

 と、何か痺れる様な感覚が俺を襲った。

 結界をくぐり抜ける時にこんな風になることもあったな。

 そうか。あの世界を地球のある宇宙空間から隔離する為の結界か。

 その証拠に、次第にさっきの世界の姿が薄れてきた。

 ……最初に――いや、まだ先があったかもしれんか――俺が生まれた世界。レイアルーナ、そしてエルリアと出逢った世界。

 これで、見納めか。

 そして、それと入れ替わる様に見えてきたモノがある。

 蒼く輝く惑星(ほし)

 ああ。

 地球だ。

 こんな高いところから生で地球を見るのは初めてだ。

 眼下に見えるのは、青い大海と緑の島々。少し目を左にやれば、大きな島、そして大陸が見える。ニューギニアとオーストラリアか。南に目を転ずると、ニュージーランドが見えた。

 今度はニューギニアから北へと目をやると、インドネシア、フィリピン、台湾、そして……日本だ。

 そうだ。“還って”きたんだ。この美しい星に。

 肉体(からだ)は失ったけれど、戻ってきたんだ。

 涙が出そうだ。身体は無いけれど……

 “あの世”があるのか分からないけど、そこへ行く前に、せめて……


『待て』


 と、そこで突然、背後から肩を掴まれた。

 誰だ、一体……

 振り返ると、銀髪の男がいた。男であっても一瞬見とれるほどの美形だ。

 そうだ、見覚えがある。


「あんたは……魔王ユーリル、でいいんだっけ?」


 ……とは言ったものの、よく考えたらその正体はあの世界の神の一人、アルジェダートなんだよな。しかも、前世の俺の先祖ときたもんだ。ついうっかりタメ口きいてしまったが……。


『うむ。その通りだ。それと、礼儀は気にしなくても良い。今世の余は、貴様と大して立場は変わらぬからな』


 まぁ、それもそうか。


『ところで……どこへ行くつもりだ?』

「どこって……冥界じゃないかな? ……そういえば今の肉体は地球のだから、どうなるんだろう」


 地球にも冥界ってあるのかな? 思わずそんな事を考える。

 アルジェダートはそんな俺を見、口元にかすかな笑みを浮かべた。


『貴様はまだ死んではおらぬ』

「え? そうなのか……」

『見よ』

 アルジェダートの指差す先、俺の背後には、白い糸のようなものが伸びていた。その先は、途中で消えてしまっているが……

『まだ身体は死んではいない。その魂の緒を手繰っていけば、肉体までたどり着けるはずだ』


 つまり、まだこの先に俺の肉体があるのか。


「そうなのか……。ありがとう。俺は一旦向こうに帰るよ」

『うむ。そうするがいい。早く姫巫女を安心させてやれ』


 アルジェダートは微笑を浮かべた。そして、言葉を続ける。


『感謝するぞ。余が倒しそこねたバルドスを仕留めてくれて。流石だ』

「いや……ほとんど偶然だよ。まぐれみたいなもんさ」

『ふむ……まぐれか。もしそうであるとしても、その様な言葉は口にしない方が良いな。それは、貴様と全力で戦い、敗れた者たちへの侮辱にもなりかねんからな』

「それも……そうか。気をつけよう」


 あまり謙遜が過ぎるのも良くないか。


『うむ。ところで、その後貴様はどうするのだ? あの世界に留まるつもりか? それとも地球へ還るのか』

「俺は……地球へ還る」


 待っている人たちがいるしな。何もかも中途半端のまま向こうの世界に行くのは、彼らに失礼だろう。


『そうか。貴様はこの世界の王になる宿命の男だったのだがな』

「……王に?」

『そうだ。天則によれば、貴様は戦乱終結後、大陸東部を治める王となる宿命(さだめ)だったのだ』

「そうなのか」


 もしかしてアレか? 世界の半分を……とかいう。

 いや、違うな。魔王が不利な状況ならともかくな。今回の魔王戦役は、魔王側が勝利するはずだったわけだし。


『貴様は戦役前から各地を巡り、各国の軍をまとめる努力をしてきた。また戦役中も軍を率い、魔王軍と戦い抜いた。その功もあって、人間側の代表者として戦後交渉のテーブルに着くはずだったのだ』

「なるほどな。で、俺は志半ばで倒れてしまったために……」

『そうだ。もっとも、余もあの戦いで死んでしまったがな。貴様の知っている通り』


 魔王は自嘲の笑みを浮かべた。


『だが、貴様の運命の糸は、まだ途切れてはおらぬ。貴様があの世界に留まれば、エルリアと結ばれて王として君臨する未来が約束されている』


 王、ね。もし前世の俺だったら目指していたかもしれんけど……


「いや……俺は地球へと戻るよ。待っている人達がいるんだ。もし次、この世界に転生することがあれば……運命に頼らず、己の力だけで王を目指してみるのもいいかもしれん」

『ふっ……貴様らしいな』


 アルジェダートはニヤリと笑った。俺の答えを予想していた様に。


『そろそろ行くがいい。では……また会おう』

「ああ。それじゃ、また」


 俺達はしばしの別れを交わした。



 俺は糸を辿り、進んでいく。

 ……と、途中で切れたりはしないよな?

 冷や汗をかきつつ進んでいくと、再び痺れる様な感覚があった。

 そうか、結界を越えて戻ってきたのか。

 よし、このまま行くか。

 俺は天蓋を超え、眼下のエルズミス目指して……うおっ!?

 急激に身体が落下していく。

 おい、嘘だろ⁉︎ 霊体なのに落ちるのかよ⁉︎ このまま墜落死とか……いや、もう死んでるか。

 って、んな事言ってる場合じゃないな。

 な、なんとかスピードを……。“浮遊”でも唱えるか? いや、霊体だから魔法が使えるかどうか……

 って、もうすぐ地め……

 俺の意識は、そこで途絶えた。

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