17
「……終わった、か」
俺はバルドスの“核”が転がっていた場所を見つめ、独語した。
「もうヤツの魔力も感じません。これで、脅威は無くなったようですね」
ローベルトの声。
思わず皆、安堵の息を吐いた。
「ハ……ハ……、疲れた」
思わず全身の力が抜けた。そのままへたり込む。
よく考えれば当たり前か。自分の肉体が持つ能力を100%、いやそれ以上引き出したのだ。
肉体どころか精神、魂までも酷使すれば、こうなるのは当たり前だな。
って、痛ェ!
俺の全身の筋肉が、関節が悲鳴を上げてやがる。
「す、すいません。治癒を……。全身が痛くて」
「あ、アキト様! “大癒”!」
エルリアの掌が俺の身体に当てられた。そして溢れる優しい光。
痛みが引いていく。
ふぅ。これで歩いて帰れ……うおっと。
よろめいてしまう。疲労までは回復出来ないか。
と、ヴェルディーンが俺を担ぎ上げた。おおっ、軽々と。
「俺が背負っていきますよ。これくらいの仕事はさせてください」
「ハハ……ありがとう」
少々情けない姿だがな。
そして俺達は戦場を後にした。色々気になることもあるが、後だ。
今は……休みたい。
――地下迷宮内
円筒部の階段を上がり、迷宮内を歩くこと数十分。
モンスターが現れることもなく、順調に進んで行く。
行きで各所の“門番”が倒された為だろうか。それとも、先生がこの世界のコントロールを掌握し、この迷宮のモンスター出現機能をオフにしてくれた為か。
何にせよ、こんな時まで戦いたくはないので、助かった。
そして俺達はさらに進み、地下一階へと到達した。
ここでもモンスターは出現しない。
いよいよ地上、か。
これでようやく休める、か……
ん?
何か妙な気配が……
「我々以外に誰かいますね。おそらく入り口付近でしょうが……誰か侵入してきたのかもしれません」
と、ローベルト。
そして精神を集中し。気配を探っている様だ。が……
『ふむ……何やらどこかで感じたような……?』
困惑したようなエヴノの声。
知り合い、なのか?
「ここからは少し慎重に行った方が良いですな」
ローベルトの声に俺達は頷く。
俺もヴェルディーンから降ろしてもらい、いつでも剣を抜ける体制で歩く。
そして迷宮の入り口付近、ここで最初に敵と接触したあたりに、人影があった。
数人の若い兵士だ。
門の前の詰所にいた連中だろうか? あの隊長はいない様だがな。
それよりも、一般の兵がこの祠に侵入することは禁じられているはずだが……
戸惑う俺達の前に、一人の兵士が進みでる。
「お迎えにあがりました」
その顔は……
『なっ……』
エヴノは絶句する。
それは、彼の息子であった。
「アイディンよ。お迎えご苦労、と言いたいところだが……」
ローベルトは眉間にしわを寄せる。
「なぜこの場所まで入ってきたのだ? 聖域への立ち入りは禁じておいたはずだが」
「アゼリア様の指示です。皆様を迎えに行けと」
「そうですか。アゼリア様は、今何処に?」
エルリアが問う。
「それは……ただ、遠いところにおわすとだけ」
その声には、妙な棘があった。
……おかしい。先刻見た時とは、雰囲気が……
と、その鎧の胸甲に小さな黒い点がついているのが見えた。衛兵の鎧には、そんなモノは……
と、妙な臭いを嗅いだ。
「この臭い……血か!」
エヴノの息子、アイディンは唇の両端を釣り上げ、薄く笑った。
そのまとう“気”が変質してゆく。
「……貴方は何者? アイディンではないわね」
アイーシャは杖を構える。そしてその指先には淡い光。いつでも攻撃魔法を放てる構えだ。
「ふん……」
そんな彼女にアイディンはチラと視線を向け……
「きゃっ!?」
不可視の力でアイーシャは弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「アイーシャ!」
ローベルトは彼女に駆け寄る。
「曲者が!」
一方、ヴェルディーンは剣を抜いて斬り掛かる。
と、ヤツの姿が消えた。
剣に手をかけ、気配を探り……
「いかん!」
エルリアの背後だ。
きらめく銀光。
とっさに彼女を突き飛ばす。
しかし、その直後。
胸にかすかな痛み。そして何かが砕けた様な音。
「!」
見下ろすと、胸に刺さった細いナイフが見えた。
……いつの間に!? いやまさか、エルリアを狙ったのはフェイントで、本命は俺という事か?
傷口から血が噴き出す。心臓に達したのか……
だが、このままでは済まさん! だが、どうする? 身体は、もう動きそうにない。
おっと、これは……
胸からこぼれ落ちた“何か”。
指なら動く! 行けるか!
すかさずそれを、指弾として発射。
それは、現れたアイディンの眉間に命中した。
倒れるヤツ。
だが、俺もそこまでだった。
急激に血圧が低下したため、もはや立ってはいられない。俺はがくりと頽れた。
「アキト様!」
エルリアの悲鳴。
「だ、大丈夫、さ」
“治癒”さえ効けば……
「無理、だ」
アイディン、あるいはアイディンに宿る“何か”の声。
ヤツは立ち上がり、額から血を流したまま嗤っていた。
「何という事を!」
斬りかかるローベルト。
だが、ヤツの姿はかき消える。
「それは、呪いの武器。傷が塞がる事はない。そして貴様の魂は、永遠にこの世を彷徨うことになるだろう。では……さらばだ」
迷宮内に殷々と響く声。その残していった“気配”には、覚えがある。
……そう、か。
「あ、あれは……造物主」
「まさか、アイディンを乗っ取ったのか」
ローベルトはアイディンが消えたあたりを呆然と眺めていた。
油断した……。バルドスを倒したのはいいが、ヤツへの対処を失念していた。この世界とのリンクを断ち切られた為、大した事はできないだろうとタカをくくってしまった。
その代償かもしれん。
まぁ、俺の命一つで済んで良かったというべきかもな。イチかバチかで自爆テロでもされたらシャレにならん。
それにしても……二度目の死、か。今生はある意味プレーオフみたいなものか。それでも……もうちょい生きたかったな。
また、来世でもエルリアと逢えるといい、が……。
そこで俺の意識は途切れた。




