14
――しばしのち
「ぐっ……」
俺は倒れ、呻いた。
惨敗、である。あっという間に一蹴されてしまった。
しかし幸いにして、俺の仲間は誰一人として死んでいない。
いや……生かされたというべきか?
バルドスもまた糧とするのは、ヒトの恐怖、そして絶望。
おそらくは俺達のそれを味わうために生かされたのだろう。
――先刻
「喰らえ!」
俺は一気に踏む込むと、聖剣でバルドスの首を狙った。
しかし……
「何⁉︎」
その姿は一瞬にして目の前からかき消えた。
だがそれは予想済み。その“気”を追って……
「そこか!」
右側、数メートル先。
一気に距離を詰める。
どういう訳か、ヤツの反応は鈍い。
チャンスだ。一気に……
が、
「!」
目にも留まらぬ、手刀の鋭い一撃。
回避も間に合わず、右肩を割られた。
「なっ……」
肩を押さえ、とっさに飛び退く。そこにすかさずローベルトが“大癒”をかけてくれる。
おかげで痛みは引いた。なんとか戦えるだろう。
しかし……何故だ? 全く動きが“見え”なかった。
ヤツの身体が纏う“気”は、身体の動きとは連動していない様だ。いや、それだけじゃない。身体そのものの動きも“読め”ない。
…………。
そうか。わかった。
ヤツの動きには、予備動作――動作のきっかけとなる体重移動など――が欠けているんだ。にもかかわらず、その動きは鋭い。
だから、動きを読めない。
どうすりゃいいんだ? 実際に相手の身体が動作に入ってからの反応じゃ間に合わんかもしれん。
いや……考えろ。
そうだ。
ヤツのスピードを上回ればいい。“加速”を使ってクロックアップし、ヤツの先手を取る。
……いけるか?
俺は印を結ぼうとし……
「!」
目の前で、ダニエルが倒された。
側面からの抜手をかわされ、振り向きざまの手刀で袈裟懸けにされてしまう。そして、返す刀で反対から斬りかかったヴェルディーンを斬り捨てた。
「ヌゥ……」
「ぐわっ!?」
ダニエルの身体には深々と傷が刻まれ、ヴェルディーンの左腕は千切れかけていた。
「“快癒”!」
回復の上位呪文をローベルトが唱える。
二人の傷はある程度ふさがり、一命を取り留めた。しかし、血を失いすぎている。このままでは動くこともできまい。
「……“大滅”!」
アイーシャの声。
アレを使うか。最上位クラスの攻撃呪文だ。大量の魔力を必要とするがゆえに、師匠のヴァレンティーナでも滅多に使わなかった攻撃呪文だ。
力ある言葉とともに彼女の手から放たれた闇色のエネルギー塊が、ヤツへと向かう。
このエネルギー塊に触れたモノは、いかなる物質であれ消滅してしまう……ハズだ。この世界の運命律に支配されたモノであれば、だが。
「ダメだ! そいつは……」
思わず叫ぶ。
ヤツは無造作に右手を突き出し……
「フン」
それをいともたやすく握りつぶした。
「なっ……」
絶句するアイーシャ。
やはり、コイツはこの世界の運命律から外れた存在か。
そしてヤツは右手を開いた。
そこに現れたのは、輝くエネルギー塊。それはアイーシャに向かって放たれ……
「逃げろ!」
「くっ……いかん!」
ローベルトが間に割って入り、“防楯”を発動させた。
彼の前方にエネルギーの楯が現れる。
しかし、光の弾丸はそれをたやすく打ち砕いた。
光が弾け、二人は吹き飛ばされる。
“防楯”のおかげで威力が減殺されたが、やはり二人とも戦闘不能だろう。
「チィッ!」
一瞬で仲間四人を失ってしまった。だが、やるしかない。
印を結び、“加速”を発動。
かすかな酩酊感。それが収まると意識がクリアになっていく。周囲の時間が遅くなっていくようだ。感覚が研ぎ澄まされ、頭の先から足先まで、全身の細胞が活性化しているのがわかる。
そして、剣を構えて地を蹴った。
まとわりつく空気を切り裂き、四肢を疾らせる。
と、ヤツが俺に気付き、向きなおった。
が、それより先に俺は剣を振り抜く。
「ほう」
「!」
必殺のハズの一撃は、紙一重でかわされた。
だが、まだだ。
もう一太刀。
逆袈裟の一撃は、またしても空振り。
そこに襲い来る手刀。
しかし今度は“見え”た。
それを上体をひねってかわしつつ、剣ではね上げる。
手応えは……あった!
ヤツの右手首から先を斬りとばすことに成功したのだ。
だが……妙な感覚だ。
柔らかい肉と硬い骨でできた人体を斬った感覚とは違う。なんというか……ゴムのような物質を切ったような感じだ。やはり異形ゆえの、この世のものならざる物質で出来た身体なのか。
だが、それを気にしているヒマはない。“加速”が効いている間にヤツを倒さねば。
そして、さらなる追撃。
剣を両手持ちにし、袈裟切りに斬り下ろす。
が、やや大振りのため、かわされた。
そして今度は剣を返して片手横一文字斬り。しかし、これまた空を切る。
が、本命はコレだ!
剣を返す際に片手を外し、腰から抜いたモノ。
「喰らえ!」
“気”を込めたクナイだ。そいつをヤツめがけて投げつける。
「無駄な足掻きを……」
ヤツは残った左手の掌で無造作にはね除けようとし……
「ぬうっ!?」
掌が弾け飛んだ。
そして、隙ができる。
「今だ!」
爆発的な剣圧で、ヤツを吹き飛ばす!
「リャアーッ !!」
聖剣に“気”を収束し、一気に振り抜いた。
“光輝の太刀”。
輝く刃は空を切り裂き……
命中。俺の必殺の一撃はヤツの胴を斬り裂いた。“気”の刃がヤツを打ち砕き、その上半身はバラバラになって吹っ飛んでいく。
だが、その下半身だけは、何事もなかったかのように立ちすくんでいた。
「くっ……」
それを見届けた俺を襲う脱力感。膝がくずおれそうになる。と、同時に周囲の時間が加速したように感じた。丁度効果切れか。危なかった……。
「アキト様!」
喜色に満ちたエルリアの声が耳朶を打つ。
しかしそれでも残心の構えは崩さない。
この一撃で倒せてしまうほど、ヤワな奴じゃあるまい。
「エルリア、回復を頼む。他のみんなも」
「は……はい!」
異常を悟ったのか、彼女の声が緊張を帯びる。
その直後。
「!」
太腿に鋭い痛み。
見ると、黒く鋭いナイフ状のものが突き立っている。
いつの間に!?
俺は黒曜石の様な質感をもつナイフ状の塊を引き抜き、地面に放った。
しかしそれは地面に落下する寸前に形を失い、不定形の塊となって地面で軽く跳ね、転がった。
「何!?」
まさか、これは……
「!」
イヤな予感がし、とっさにその場から飛び退く。
“何か”と問われても具体的に答えることはできないが、妙な感覚があった。第六感、というべきなのかもしれない。
直後、黒い槍状の物体が、俺の立っていた場所に突き立った。
危なかった。少しでも飛び退くのが遅れていたら、串刺しだ。
それもまた形を失い、黒い塊と化していく。
そしてナイフと槍だった物体は蠢動し、地面を這う。そして二つの物体は融合し、一つの塊となった。さらにその塊は、ヤツの下半身の方へと貼っていく。
まさか、これはヤツの肉体!?
ならば、木っ端微塵に吹き飛ばして……
剣を構えようとし、
「アキト様!」
エルリアの声。
振り向くと、俺に向かって飛ぶ黒い“何か”が見えた。
斬り払おうとし……間に合いそうもない。
ダメか……
と、その時エルリアがその身を投げ出した。
「あぐっ!?」
うめき声。その背に突き立つ黒い矢。
「エルリア!?」
俺の意識がそれた直後、
「ぐうっ……」
脇腹に鋭い痛みが走った。
目を落とすと、脇腹に突き立つ黒い槍状のモノが見えた。
その主は……
「バル……ドス……」
再生を終えたヤツが立っていた。
ヤツが槍状に変化した腕を引き抜くと、鮮血が溢れる。
「く……そ……」
ここまでか。
がくりと膝が折れる。
「アキト……様……」
倒れ伏したエルリアの姿。
なんて……ことだ。せめて、彼女は……
まだ、だ。
立ち上がらねば。
だが、身体が動かない。
そしてとうとう、俺はエルリアの隣に倒れた。




