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 その声の主は……

 銀の鎧に身を包んだ、栗色の髪の聖女。胸に輝くのは、女神アゼリアの紋章。

 それは、まさしく……


「エルリア⁉︎ 何故……」

「アゼリア様の力をお借りし、転移してきました」


 彼女はかすかに微笑み、俺を見た。以前とは違う、何か吹っ切れたような晴れやかな表情だ。


「アノトキノ ムスメカ。フム……アヤツノ ケハイハ カンジヌナ。ナニヲシニキタ」

「この戦いを止めに来ました。おそらく造物主は、自分から姿をあらわす事はないでしょう」


 道化師の問いに、彼女は臆さず答える。

 にしても、来ないとはな。この世界よりも自分の命の方が大事か。それとも、何らかの意図があっての方針転換か?


「ホウ……ナゼダ」


 再び道化師が問う。


「おそらく造物主は、もはやその“キカイ”を守る事は出来ぬと考えた様です。その為、次善の策をとりました。それは、第十三使徒によるこの世界の破壊と、それにより得た“力”を使っての新世界の創造。アキト様のいた“始まりの地”まで巻き込めば、新たな世界を創生するのに十分な“力”が手に入ります」

「げっ……そういう事かよ!」


 この世界の人口は、多くても1億には届かないだろう。だから、“力”を手に入れる為には長い年月が必要だ。一方で、地球には70億人以上の人が暮らしている。もしこの世界が地球のある時空に現れ、太平洋のど真ん中にでも落下したら、直下の国はもとより沿岸諸国は間違いなく津波で壊滅するだろう。それ以外の国も、甚大な被害を免れまい。恐竜を絶滅させたとかいう隕石よりも、はるかに破壊力は上だろうしな。そうなれば、労せずして“力”を確保できるわけだ。

 今までそれをしなかったのには造物主なりの理由があるんだろうが、この道化師に目をつけられた以上、こだわってはいられんということか。


「ええ。この“キカイ”は世界創造の“力”を蓄える能力を持っています。現時点でも、かつての魔王戦役によって得られた“力”がその中にあるでしょう。ゆえに、簡単に失う訳にはいかなかったのです。この“キカイ”を失った場合、造物主はこれ以上世界を創る事は出来なくなってしまいます」


 なるほど。コイツは電池の様な役割を果たすわけだ。これを壊されてしまった場合、世界を再創造したとしても、そこで得た新たな“力”を溜める場所はなくなってしまう、と。造物主が道化師を倒せぬ以上、泣いても笑っても次が最後な訳だ。

 まぁそれでも、自分が殺されるか、あと一回しか世界を創れなくなるかの選択を迫られたら、後者を取るのは当たり前か。

 ……次は上手くいくなんて、誰も保証出来んがな〜。


「ナルホド。アヤツナラ ソウカンガエル ダロウナ」


 道化師がうなずいた。かすかに滲む、苦渋の色。

 どうしたものか。何とか造物主を引きずり出す方法はないのか? あんなの放置しておくなんて、死んでも死にきれんぞ。


「それならさ、

造物主が今いる場所を探す方法ってないのかな?」

「そうですね……。アゼリア様から聞いてあります。あの時慌てて離脱したためでしょうか、私の身体には造物主の残留思念がわずかに残されていました。そして、造物主につながる運命の糸も。それを手繰っていけば、たどり着けるかもしれません。アキト様ならば、きっと……」

 なるほどな。先生が彼女に憑依した時に気付いたのか。少し探って……

 精神を集中して彼女を“観る”。

 彼女の背後に、かすかに浮かび上がる“何か”。そしてか細い糸が伸びていき、その先に繋がるものは……。

 それを目で追って行った先で、動くものがあった。あれは巨人像⁉︎ そして膨れ上がる殺気。


「マズい!」

「キャッ⁉︎」


 俺はとっさにエルリアを抱えて地面に伏せた。

 直後、脇腹を貫く灼熱の痛み。


「ちっ……“煙幕”!」


 巨人像と俺達との間に、濃い煙の幕を発生させた。ついでに“静音”の魔法で、こちらの音も遮断しておく。視線を遮った所で、音で目標を捉えられたら意味がないからな。……赤外線とかで探知されるかもしれんか。ま、その時はその時だ。


「クッ……」


 視線を落とすと、強固なはずの鎧に丸い小さな穴が空いている。そして、肉の焦げる匂い。おそらく傷は深部まで達しているだろう。


「アキト様⁉︎」


 エルリアが治癒魔法をかけてくれる。わずかに痛みは和らいだ。

 今の攻撃は……

 この手の傷を受けたことは、今世どころか前世でもない。だが、ある程度は推測できる。

 魔力は感じなかった。そして熱的な受傷。小さい傷口と深部まで達する損傷部。

 やはり……


「隠れろ! アレはレーザーだ! 防御魔法は効かない!」


 機械の背後に皆を誘導する。


「れ、れえざあ、ですと⁉︎ 何ですか、それは? そういえば、魔力など感じませんでしたが……」


 ローベルトが戸惑った声を上げる。

 そういえば『レーザー』と言ってもこの人達は理解できないんだよな。


「あれは光だ! 指向性を持った強烈な光。だから視線が通っている限り、防げないんだ! その上、魔力を含まないから、防護魔法も意味はない」

「ああ、ネルヴェ遺跡でアキト殿が使われた“閃熱”の様なモノですか。厄介ですな」


 覚えていてくれたか。あの時の“閃熱”も、熱線の生成のみに魔力を使っているために、光自体に魔力は宿っていない。

 その時、わずかな振動を感じた。

 巨人像が動いているのだ。

 煙幕越しにも“気配”を感じ取ることができる。相当ノイズがかかっているが、これは“冷たい鉄”を装甲材に使っているせいか?


「造物主か? アレは……」


 しかし……何だ、これは? 確かに造物主に似てはいるが、今まで感じたものとは明らかに“異質”だ。今まで感じた事がない“気”である。もしかしたら、何らかの手段で遠隔操作しているのかもしれん。

 そして、先刻までは感じなかった、膨大な“力”も。

 これは一体?

 いや……よく知るモノに似た感覚だ。

 そう。電気だ。

 ……って事は、あの巨人像は電気仕掛けで動いているという事か。まるでロボットか何かのようだ。

 どうすればアレを倒せる?


「カカ……トウトウ アラワレタカ」


 頭を悩ます俺の横で、道化師が嗤った。

 その凄まじい殺気に、声を掛けるのをためらってしまう。

 そして道化師は身を翻すと、狂気をはらむ笑い声を残して煙幕に突っ込んでいった。

 そして……

 煙幕の向こうで、幾度かレーザーが瞬いた。


「な、何が起きているんですか?」


 アイーシャが不安げな声をあげた。


「ヤツと造物主が戦っている。が……ヤツの気配が急速に小さくなっているな」


 ……まさか、道化師が圧倒されているとは。あの巨人像の戦闘力に戦慄を覚えた。

 何よりあのレーザーだ。黒妖精の鎧をいともたやすく貫くとは。

 思わず鎧の損傷した部位あたりに手をやっていた。



 気がつけば、戦いの余波で煙幕が散りつつある。

 テレポートを駆使する道化師に対し、頭部からレーザーを乱射する巨人像。一見互角に見えるが、道化師の服には幾つか穴が空いていた。一方、道化師の放つ魔法はほとんど効果を上げていない様だ。やはり先刻感じた様に、“冷たい鉄”の類の装甲を持っているのか。

 このままでは、道化師は造物主に敗れてしまうだろう。

 そして造物主は俺達を見逃すまい。

 どうすればヤツを倒せる? 遠距離から魔法攻撃をするにしても、あの道化師の様に“冷たい鉄”の装甲に遮られて威力は相当落ちてしまうだろう。そうでなかったとしても、道化師同様異界の存在ならば、攻撃魔法の効きは悪い。

 ……レーザーをかいくぐっての肉薄攻撃しかないか。カミカゼだな、こりゃ。


「対策か……とりあえずこれぐらいかな?」


 ダニエルが印を結ぶ。

 どうするつもりだ?


「……“鏡楯”!」


 ダニエルの前に、宙に浮かぶ鏡の楯が現れる。


「多分、一、二発くらいなら耐えられるんじゃないかな。至近距離で受けない限りは」


 ああ、なるほどな。これでいくしかないか。それに、道化師が倒れた後じゃ、さらに不利になるばかりだしな。

 よし。行くしかない。

 俺も“鏡楯”、更に“幻像”を唱える。“幻像”は本体と酷似した幻を作り出す呪文だ。もしヤツが精巧なセンサーを持っていたら無効かもしれんが、わずかでも目眩しになれば儲け物だ。

 ローベルトらに、使う呪文についての注意点を伝えておく。


「行こう!」


 そして他のメンツの準備が整ったのを見計らい。一気に飛び出した。


「!」


 見ると、既に道化師は地に伏していた。

 遅かったか! 今まさにトドメをささんと巨人像が近づく。

 だか、


「このっ!」


 左手でクナイを抜き、“気”を込める。そして、投擲。

 ヤツは片腕を上げてそれを受け……

 光が弾けた。

 その腕は、上腕側の肘――腕の関節が一つ多いんで便宜的にそう呼ぶが――の所で不自然に折れ曲がり、垂れ下がっていた。思いの外威力はデカかったな。これは使える。


「き……さ……ま……」


 くぐもった声。

 頭部が俺のほうを向き……


「今だ!」


 鏡の楯をヤツの顔に向かって突き出す。


「⁉︎」

「ぐうっ!」


 放たれたレーザーは鏡に直撃した。

 至近距離で受けたため、着弾の衝撃で鏡は木っ端微塵になった。跳ね返しきれなかったレーザーは、発射の直前にとっさに突き出した俺の左腕を貫く。

 ……危ねぇ。眉間を狙ってきやがった。少し反応が遅ければ、即死だった。

 とはいえ効果はあった。跳ね返ったレーザーは巨人像の顔を灼いていた。無論、反射された時点でかなりの減衰が起こっていたので、致命的な破壊力は望めない。

 それでも一瞬とはいえヤツの視界を奪うことには成功した様だ。


「“衝弾”!」

「“迅雷”!」


 直後、ローベルトとアイーシャの呪文が巨人像を撃つ。

 ともに衝撃波や電荷の生成にしか魔力を使っていない呪文である。故に、たとえ巨人像が“冷たい鉄”をまとっていても、無力化はされない。

 そして、背後に回ったヴェルデイーンとダニエルの攻撃が、両の脚にヒット。巨人像の上体が揺らいだ。

 その間にエルリアが再び俺の治療を行ってくれる。

 腕が回復したら、俺も攻撃に加わって……


「……!」


 巨人像の首が動いた。

 もう視界が回復したのか?

 クナイは……間に合わんか。


「ぬ……ぐ……」


 しかしその直後、巨人像は呻きをあげ、がくりと膝をつく。

 何だ? ローベルト達の攻撃が効いたのか?


「バ……カな。“力”が……」


 “力”?

 どういう事だ?

 巨人像を“観る”。

 明らかに先刻に比べて、その身に宿す“力”は明らかに小さくなっていた。

 パワーダウンか。電池切れなのか?

 チャンスだ。斬りかからんと剣を構え……

 その時、巨人像の頭部が虹色の球体に包まれ……弾けた。

 球体に包まれていた頭部と首、そして胸部の一部は消失していた。


「何⁉︎」


 呆然とする俺達の前で巨人像は一度大きく揺らぐと、糸の切れた人形の様に倒れた。

 露わになった切断面からは、機械らしきものが覗いている。その切り口は、まるで刃物でえぐられたかのようであった。

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