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――地下四階
「“猛炎”!」
アイーシャの呪文が炸裂し、レッサーデーモンどもが消し炭と化していく。
そして、ヘルハウンドの群れに飛び込んだヴェルディーンの大剣が閃いた。
俺とダニエルはヴェルディーンに遅れじと斬り込んでいく。
飛びかかってくるアークデーモンの鼻先に指弾をぶつけてやり、鼻白んだ所で脳天に剣を叩き込む。
その間に、ダニエルは貫手でヘルハウンドを仕留めている。
一方のローベルトは舞うような剣捌きでレッサーデーモンを仕留めていた。
そうする間にも、ヴェルディーンは敵陣奥へと斬り込んでいく。
おっと、俺も遅れちゃいかん。
俺もまた剣を構え、魔物達の中に突入する。
ここに来るまでにアイーシャとヴェルディーンの戦いぶりを見させてもらったが、両者ともかなりの手練れだな。
おそらくはかつての勇者パーティーに匹敵するほどのレベルに達しているだろう。心強い事だ。このクラスの敵でも、いともたやすく……
あ、もう終わった。
このモンスターの群れを率いるグレーターデーモンがヴェルディーンの大剣で両断され、この戦いの幕を閉じだ。
これで地下四階の門番は倒れた。
階段を降りれば、いよいよ地下五階。
「前回は、ここに来るまでにどれほど苦労したことか」
階段を降りつつ、ローベルトが懐かしげに呟く。
「あの時は、魔王の部下なんかもいましたからねぇ……」
「戦時だから、門番以外にも動員をかけたんだろうね」
と、ダニエル。
ま、そういう試練を乗り越えねば、魔王と戦う資格はないか。
――地下五階
この階は、今までとは少々雰囲気が違う。
床と壁面、天井は、今までと異なり白くつややかな素材で出来でいる。ガラスっぽいというか……ホーローみたいにも見える。
う〜ん……ダンジョンというよりも地下鉄駅の通路って感じか?
この世界のダンジョンには、自然の洞穴やら古代帝国時代の遺構やらがあるが、こういった素材が使われているのはこの場所だけらしい。
「ここからの敵は、一段と強くなります」
ローベルトの忠告。
「ええ。油断は禁物ですね」
うむ。褌締めてかからねば。
しばし歩くと空間が揺らぎ、敵の姿が現れる。
幾つもの、巨大な異形。
「コイツらかよ……」
その姿を見、思わず苦笑する。
現れたのは、上位の魔族ども。
筋骨隆々な体躯に腕が六本あるやつが二体。山犬の頭を持つのが一体。そして獅子のような顔に鷲の翼を持つやつが一体。
これまた厄介な連中だ。どいつもこいつも、とてつもない力を持ってやがる。
そのほとんどが、伝承の中でのみ語られる存在だ。いかに優秀な戦士や魔導師であろうとも、このクラスの連中と戦うことはまずあるまい。そして戦ったとして、生き残ることができるのは、その中でも一握り。
生前の俺でも、ヴォルザニエス他数人ぐらいしか戦闘経験はない。ヴォルザニエスとは引き分け。他の連中には辛勝。
ゲーム中みたいに際限なくレベルを上げりゃ楽に倒せるだろうが、実際そんなことやれば寿命がいくら長くても足りん。ま、現実はこんなモンだ。
それはともかく、戦闘だ。剣を抜き、構える。
「ふ〜ん。また厄介なのが現れたねぇ。でも、倒すしかないよね」
と、ダニエル。
余裕綽々か? 流石は魔王軍第一軍の急先鋒。
「じゃ、行くか」
横目でダニエルとヴェルディーンに合図すると、剣を構えて突進。山犬の頭を持つ上位悪魔に斬りかかった。
「!」
上段からの一撃を、ヤツは大鎌で受けた。
「……久しぶりだな、ドゥルゼティ」
「……」
鍔迫り合いをしつつ、声をかけてみる。が、応答はない。当たり前か。今は空虚な模造品だしな。
「セイ!」
一旦離れた後に再び踏み込み、横一文字の一撃。
ヤツはそれを紙一重でかわす。
踏み込みが甘いか。さらにヤツの懐に踏み込み……
だがヤツの鎌の一撃が、それを許さない。
鎌のリーチを生かした、斜め後方からの一撃。
「ふん……」
しかし、キレは無い。かつてのヤツなら捌いた直後に反撃が来たであろう。
スウェイで鎌をやり過ごし、サイドにステップ。
その足元を狙い、鎌の一撃がくる。
だが一瞬早く跳躍。上段から右腕を斬りつける。
その一撃は骨まで達しただろう。だが、ヤツはなおも鎌を振りかざし、俺に迫る。
が、先刻以上にキレがない。斬られた腕の力は相当落ちているだろうしな。
横薙ぎの一撃をかわしつつ、低い姿勢で踏み込む。そして逆袈裟の一撃。
脇腹を深々と斬り裂いた。致命傷にもなりうる一撃だ。そして返す刀で左の手首を斬り飛ばす。
止め……いや、ヤツは大きく息を吸い込んだ。
ブレスか!
すぐさま距離を取り、防御姿勢。同時に“気”を高める。
直後、灼熱の炎が俺を包んだ。
「アキト殿!?」
ローベルトの声。
ヴォルザニエスのものと比べても、遜色ない威力だ。通常であれば、消し炭になるであろう。
だが炎は俺の体に届く寸前で、不可視の障壁に遮られていた。
“気”の障壁を展開したのだ。
無傷……とまではいかない。が、ヴォルザニエス戦よりもかなりダメージを抑えることができた。
すぐさま地を蹴ると、揺らめく熱気を突っ切り突撃。
ヤツは慌てたように残った右腕で結印をしようとした。
だが、遅い。
“気”を乗せた剣の一撃が、ヤツの残った腕を斬り飛ばす。そしてその余波はその首に達した。
“気”の刃で首を半ばまで斬り裂かれたヤツは、なおも手首のない左手で俺を殴りつけようとする。
が、そこまでだった。
腕を振り下ろした勢いでそのまま倒れ、そして力尽きた。
やがてその身体は崩れ、塩の塊となっていく。
まずは一体。
すぐさま他の仲間の戦況をチェック。
ダニエルは問題なし。じきに片付くだろう。だが、残りの二体と対峙している三人が苦戦しているようだ。
ヴェルディーンといえど、このクラスの相手は初めてのようで、攻めあぐねている。ローベルトも優れた剣士ではあるが、やはり最上位の魔族相手の一騎打ちでは分が悪い。アイーシャも必殺の呪文がレジストされ、少々焦っているようだ。
すぐさま割って入る。
六本腕の魔族その2――確かイルヴェートとかいったっけ?――に身を低くして突撃。そして突き上げるように一閃。
右側一番下の、曲刀を持った腕を斬り飛ばす。
「助かります」
ほっとしたようなローベルトの声。
「一気に仕留めましょう」
なおも斬りかかってくるイルヴェート。
矛と曲刀を受け流す。
そして斧を首をすくめて回避すると、一気に跳躍。喉元を搔っ捌く。
ヤツの上体が大きく揺らいだ。
しかしヤツは、なおも空いた腕で俺に掴みかかってくる。
「クソッ!」
「アキト殿!?」
掴まれた。
とっさに脳天に一撃をくれてやる。
が、浅い。腰が入っていないからな。
俺の身体は持ち上げられ、地面に叩きつけ……
と、腕が緩んだ。
アイーシャの呪文とローベルトの剣が命中したのだ。
チャンスだ。
身体をひねり、脱出。
着地。すぐさま体制を整えて脇腹に突きを入れ、そのまま横に引き裂く。
ヤツは身体を硬直させ、やがて地面に崩れ落ちた。
あと一体。ヴェルディーンの相手だ。
だが、そちらにはダニエルが助っ人に入り、俺が入る間もなく終了した。
とりあえず全員、大きな怪我もなく消耗も少ない。15分ほどの小休止の後、探索を再開した。
しばらく道なりに進むと、空白部分と隣接した区画に出た。
「この向こうか……」
何気なく壁に耳を当ててみる。
「ん? 何だ?」
奇妙な音が、かすかに聞こえる。
ファンが回るような音。電車のインバーターみたいな音。
う〜ん……この世界に似つかわしくない音だな。一体何があるんだ?
そういえば、一万年前に存在した古代帝国は進んだ技術を持っていたらしいが、その産物なのか? いや、それより先の……。
「なあダニエル、どう思う?」
「う〜ん……古代帝国時代の遺跡は幾つか入ったことあるけど、こんな音は聞いたことなかったな。あ、そういえば……この下は魔族の住む地下世界なんだけど、その中央に巨大な柱があるんだ」
「柱?」
「ああ、ありましたな。柱に沿った螺旋階段で、地下世界の地表へと降りていくんです」
と、ローベルト。
あ〜、確かそうだった。
「で、この空白部分はその真上にあるんだ。当時はただの支柱だと思ってたけど、柱の周りで妙な振動を感じたことがあったな」
「なるほど。その柱の中には機械的なモノが詰まっているのかもしれん、という事か」
おそらくヤツが言っていた“アレ”の事だろう。
この世界を維持するのに必要な機械を破壊するつもりなのか。もしそうなったらこの世界は……いや、それだけじゃない。この世界と重なり合った地球にも、影響はあるだろう。もしかしたら、この世界を地球のすぐ隣の空間にとどめている役割をしているのかもしれない。その場合、機械が破壊されたらこの世界が地球に“墜落”するかもしれん。
それだけは、なんとしてでも避けねば。
先を急ごう。
その後も数回敵と遭遇したが、さっきほどの強力な敵は出なかった。あの連中が、この階の門番だったのだろう。
そして暫し後、俺達は迷宮中央部分へとつながる通路への分岐点の所に到達した。
「この先ですよね」
「ええ。ここから先は、私達も入ったことがない場所です」
その先には、この迷宮の中核部へとつながる入り口がある……ハズだ。
「じゃあ、行きましょう」
俺達はいよいよ最深部へと足を踏み入れる。




