5
――姫巫女の居室
「よくぞ参られました。勇者イルムザールよ」
エルリア……いや、彼女の中に潜む“何か”が微笑んだ。
俺は彼女の前にひざまずく。
いや……気がつけば、膝を折っていた。
彼女が纏う清冽で強大なオーラ。それは、間違いなく……
「我が女神よ。ヴェルザンドが末裔、エルバーザクが一子イルムザール。聖地エルズミスに帰参致しました」
今の身体は違うが、とりあえず生前と同じ口上を述べておこう。
俺の名乗りを聞くと、エルリアはこくりとうなずき、侍女を下がらせる。
俺は彼女達が扉の向こうへと消えるのを確認すると立ち上がり、彼女に向き直る。
「……で、何してるんですか先生?」
俺はこめかみを押さえ、彼女に問う。
「定時連絡よ。本来は携帯の方でもいいんだけど、この目で確認したいこともあったからね」
「そうですか……。でも、エルリアは今……」
ずっと意識を失ったままだ。その状態で、精神に負担のかかる“神降ろし”などをすれば……
「大丈夫よ。この子の魂はそんなに弱くはないわ。ただ、少し……」
「少し、何です?」
「……いえ、なんでもないわ」
「?」
「それよりも、今の状況を少し説明してもらえる? ある程度のことは聞いてるけど……」
「ええ、実は……」
『少し』が少々引っかかりはしたが、俺は昨日の砦での出来事を説明した。
――数分後
「そう……やはりあの方が裏で糸を引いていた訳ね」
彼女は一つ大きなため息をついた。
「ええ。……先生はご存知なかったんですか?」
「……そうよ。あの方も言っていたでしょう? 地に堕ち穢れたが故に、放逐されたと」
『……私の台詞でしたな、それは……』
苦笑を含んだエヴノの声。
……そういえば、このおっさんの存在を忘れてたな。
「私は次元の壁を越えて地球に降り立ち、外の世界を知った。そこでちょっとしたアクシデントがあって……恐らくはその時点で、造物主に繋がる運命の鎖に亀裂が生じたのかもしれないわね。そのせいか、私はこちらへの帰還に制限がかかったの」
「制限?」
「以前よりも転移に大きな魔力が必要になったの。それに、魔力の回復速度が遅くなってしまった……」
「なるほど。だから、電話を通じて指示を出していたんですね」
「黙ってごめんなさいね」
「いえ……」
「造物主に感知されるのを避けたつもりだったけど、無駄だった様ね」
『まさかあの女が造物主とは、思いもよりませんでしたよ。どうやら私共にかけられた暗示を解いた際に、アゼリア様の出現とイルムザール様の帰還を知った様ですな』
エヴノが口を挟む。
造物主と俺達の接点は、彼らのみだったな。そういえば。
「ヴァルコーネ、か。そして造物主の隠れ蓑だったファルグス。そういえば、先生はファルグスの事は知ってたんですか?」
「ファルグスは……冥界の管理人って事ぐらいしか知らされてなかったわ」
「冥界の、か……」
冥界、そして転生。このあたりのことは一度聞いておきたかった所だ。
「この世界で死んだ者の魂は、皆冥界へと向かうのですか?」
「通常の死を迎えたものはね。ただし前世の貴方達の様に、異界のモノとの戦いなど、運命とは異なる状況で死んでしまった者の魂は、冥界へと向かう事も出来ずに彷徨う事になるわ。その結果、貴方達の様に異界へ転生してしまう事もある」
「そのせいで俺達が地球に生まれた訳ですか」
「ええ。そして運命の糸が途切れていなかった為に、この地に呼び戻されてしまった。貴方の場合、転移門に近付きすぎてしまった為にこの世界に引き込まれてしまった様ね」
「なるほど……。ダニエル――ヴォルザニエスの場合は、この世界に“重なって”しまったためなんでしょうか?」
「おそらくは。この世界はどうも、地球とわずかに位相がずれた場所に存在するらしいわ。そしてあの神殿周辺は、かつて何度か異界からの召喚が行われた場所で、時空が不安定なの。だからわずかな事で、時空の狭間が開いてしまう」
「やはり、そんな“近い”場所にある訳ですか……。この世界は一体なんなんです? なぜ存在するんですか?」
「私達も全てを知らされている訳ではないけど……。一万数千年もの昔、造物主は時空を超えてこの地に降り立った。選ばれし民を連れて……。そしてこの世界創造の補佐として、私達を造り出したの」
「あの道化師が言うには、『幾つもの世界を創り、そして潰してきた』と。そして造物主は『完全なる世界を創る為の礎だ。堕落したヒトの“生命”を糧に、新たに創造されし“罪なきヒト”の千年王国を創造する為の』と言ってました」
「私も一度だけ、つぶやきを聞いた事があるわ。『今度はうまくいく』と……」
「『今度』、ですか……」
「またダメだったみたいね。だから、かつてと同じ事をしようと考えていたのかもしれないわね」
「この世界を潰すって訳ですか……」
「ええ。もしかしたら、魔王戦役はその為の布石。異界からの干渉を完全に排除した新世界を創造する為の“力”を得る為の儀式。そして戦役の死者を糧へと変えるのが冥界の役目」
「造物主はすでにこの世界に見切りをつけている訳ですか」
「おそらく、すぐにでも破壊したいのかもしれないわ。でも今は、まだ“力”も足りていない様ね」
「ああ……そういえば、あの道化師を倒す事もできない訳ですしね」
「おそらくは後数回、魔王戦役を繰り返し起こして“力”を貯めるつもりだったのかもしれないけどね」
とはいえ今回の魔王戦役で、手駒である魔王を失ってしまった訳だ。その上あの道化師の出現である。前途多難と言わざるを得まい。
「そういえば、あの道化師って何者か分かります?」
「あれは……」
彼女は少し悲しげな顔をした。
「少しだけ、記憶があるの。一つ二つ前の世界の記憶よ」
「以前の世界の?」
「ええ。おそらく私達の肉体は、造物主が世界を壊す際に一緒に消滅させられ、また新たな世界と共に創り出されるの。肉体が消滅する時に一緒に記憶も消されるのだけれど、私の場合、以前の記憶が転移のアクシデントで少し蘇ったみたいね。あれは……おそらく本来の第十三使徒。造物主に反旗を翻し、そして異界へと放逐された存在」
「なぜ反旗を翻したんです?」
なんとなく分かる気もするが。
「おそらくは……造物主の行動に疑問を抱いた為。造物主の目的を知ってしまったから……」
だろうな。“完全な世界”を創るためだけに生命をおもちゃにしたんだしな。ま、創造主にとっちゃリセットボタンを押してニューゲーム始めただけのつもりかもしれんが、被造物からしたらたまったもんじゃない。
「そして、次なる世界では、新たな第十三使徒が創造された……。以前の彼そのものの容姿で。でも、その中の“魂”は別物だった」
「別物、というと……」
「皮肉なことに、異界から迷い込んだ者の魂がその身体に入り込んでいた様ね。だから、その行動は、造物主のコントロールから次第に離れていった……」
「つまり、造物主の操る運命律が機能しなくなっていった訳ですね」
「ええ。最初はわずかなブレが、時を経るにつれ大きな変異となっていった。造物主は怒り、使徒同士の戦いを起こさせて、世界を消滅させようとした。これが一つ前の世界。でも、すでに狂った運命律はまともに機能せず、使徒達の大半消滅したものの、世界は残ってしまった」
世界は残った、と。もしかしたら、異界の剣士の出身はそこかな?
「そして造物主は残った力でこの新たな世界を創造し、また私達を造ったの」
「全ての使徒を、ですか?」
「いえ、造られたのは、私とアルジェダート、そしてファルグスだけ。おそらく、他の使徒を造る余力がなかったのではないかしら?」
ファルグスは造物主本人だから、実質造ったのは二人だけか。
「それでも、小さいながらにこの世界は安定していた。でも、他の世界と“近すぎた”の」
「ああ。次々と異界人がやって来たわけですね」
「ええ。だからおそらく、次こそは完全に隔絶された世界を創ろうと考えているのではないかしら」
「なぜそんな“完全な世界”にこだわるんでしょうね?」
「造物主がかつていた世界は、戦乱により破滅してしまったそうよ。だから、今度こそ永遠なる世界を創りたかったみたい」
永遠なる世界、か。そんなモノを創ることが可能なのか?
変化を拒絶した、閉じた世界。そこに生息するモノは、果たして“生命”と呼べるんだろうか? ただ見目良いフィギュアを並べて悦に入ってるのと何も変わらないんじゃないか?
かつて造物主に何があったか知らないが……
「造物主が元いた世界ってのはどこなんです? まさか、地球?」
「そこまではわからないわ。ごめんなさい。でも、ある程度の推定は出来る。異界からの侵入者に対処する過程でわかった事だけれど、この世界の外に並列して存在する異界――一つ前の世界――にひときわ大きな時空の裂け目が繋がっているのが分かったの。そしてその世界から幾つかの小さな世界を経て、地球へ時空のトンネルが繋がっていた……」
「もしかして、地球からいくつかの異界を経てここへとやってきたんでしょうか?」
「そうかもしれないわね。造物主はある時、“始まりの地”という言葉を口にした事があるわ。もしかしたら、それが地球なのかもしれないわね」
地球、か……。かつてなんらかの理由で地球から異界に転移した人物がいた、と。それがこの世界の創造主、なのか?
この世界に流れる時間は地球と同じだ。少なくとも一万数千年以上前の人物だということになるな……。いや、時間の流れが同じになったのは最近のことかもしれんけど。
そのことについて問おうとした時、扉がノックされた。
「勇者様、ローベルト様がお探しです」
侍女の声。
そうだ。あと四半刻で時間か。行かなければ。
「先生。そろそろ時間です。続きは……後で聞きます」
俺は一礼し、彼女に背を向けた。
「そう……気をつけてね」
先生の声。
「では」
俺は振り向かず、扉をくぐる。
振り向いてエルリアの顔を見たら、決心が鈍ってしまいそうだ。
そして扉が閉じる刹那、
「どうかご無事で……」
エルリア、なのか?
かすかに哀しみを含んだ声が聞こえた。




