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――朝
カーテンの隙間から柔らかな朝日が忍び入ってくる。俺はそれを浴び、目を覚ました。
「ん〜」
一つ伸びをし、身体を起こす。
目に入るのは、腰までの高さにタイルが貼られた、白塗りの壁。そして、木を格子状に組んだ飾り気のない天井。
「ここは……」
まだ眠気の残る頭を巡らし……
ああ、そうだ。
ここはエルズミス大神殿の裏にある、神官達の宿舎の一角。俺達に宿舎として提供された場所だ。
最初はゲストルームがあてがわれたが、流石にそれは辞退した。
そういうことはヤツを倒してからでいいだろう。出発前に豪華なもてなしを受けるのは、縁起が悪い。……映画やテレビの見過ぎかもしれんが。
「ふぁ……」
と、隣のベッドで人が起き上がる気配があった。
ダニエルだ。
「おはよう。起こしちまったか?」
「いや、僕も……って、アレ?」
ダニエルは目をこすりつつ俺を見……その顔に驚きが浮かんだ。
「どうした?」
「いや、髪がさ……」
ん? 髪? どういうことだ?
寝癖か? いや、そんなことじゃ驚かんよな。
何気なく前髪に手をやり、軽く伸ばしてみる。
「な……何だこりゃ!?」
昨晩まで黒かった俺の髪が、銀色になっている。
「か、鏡……」
チェストの上にある鏡を覗き込む。どうやら頭髪全部が銀色になっている。眉毛などは黒いままだ。
「髪の色が変わったせいで、前世の姿に近付いたね」
前世か……。
イルムザールも生まれつきは黒髪だったが、ある時を境に銀髪になった。おそらくそれは、銀髪であったと伝えられているアルジェダートの器としての宿命ゆえなのだろう。ヴァルスラーナや千年前の魔王戦役の勇者もある日を境に銀髪になったという。
まさか、異界人の肉体を持つ今の俺が銀髪へと変化するとは思いもしなかったが。もしかしたら、前世で最期を遂げた場所に行き、また運命律を操る造物主と接触したことによるものなのかもしれない。
幽体と肉体が合一化しつつあるんだろうか。
とはいえ、あの肉体ほどの“力”を得たかと言えば、否だろうな。
「……まさかこの歳で白髪染めがいるようになるとは思わなかった」
思わずいらんことを口走る。
「恐怖で一夜にして白髪になるって話は聞くけど、まさか実際に見る事になるなんて思わなかったよ」
苦笑を浮かべるダニエル。
まぁ、大抵の場合はいい加減な都市伝説なんだろうがな。
……そういえば、重要なことがあった。
「また夢を見たな」
「夢? どんな?」
今度の夢は、昨日までのものと違う。
嫌な、夢だ。
「前世での、俺達最期の戦いさ」
そして、死……。
「ああ、ヤツとのね……。それなら僕も見たよ。といっても、僕が死ぬところまでだけどね」
「そうか。ま、俺の見たのと大差はないな。ヴォルザニエスの死後数分で俺も死んでしまったからな」
「そうなんだ。ヤツは一体どんな攻撃を?」
俺はダニエルに戦いのあらましを話した。
「う〜ん……“死言”でトドメか……。確かイルムザールって邪神官ベルスドールの“呪殺”受けても死ななかったんだろ? どんだけレベル高いんだよ」
“呪殺”は“死言”の上位呪文だ。そしてベルスドールというのは魔王軍の将の一人で、相当の実力者だった。そして魔王の背後にいるといわれた邪神スアティスラの高位神官……
ん? 造物主第一使徒の黒幕? どういうことだ?
「なぁ、それで思い出したんだが……邪神スアティスラって何者だ? 魔王の背後にいるらしいって話は聞いたことがあるんだが……」
「あ〜、そんなのもいたね。今思えば多分、架空の神様じゃないかな? あるいは造物主の別名か。あの神官連中、地球でよくある新興宗教の連中みたいだったしね。言う事は立派な割に働かないし。イルムザールに倒された時は、心中で喜んでたヤツも多かったよ」
「な、なるほど……」
まぁ確かに怪しげな連中だったが……
そういえば、教義は『万物の王であるスアティスラに忠誠を誓う事で不浄なる肉体を脱ぎ捨て、楽園で永遠なる命を得る』といかいうものだったな。忠誠を捧げる対象を造物主に置き換えたら、アルセス聖堂騎士団のものとほぼおなじだ。
そういえば造物主は、過去幾度か世界の創造と破壊を行ってきたという話だな。もしかしたら“楽園”とは、この世界を破壊した後に造る新たな世界の事なのだろうか。そして過去いく度も同じ事を繰り返し、未だ楽園の創造に成功していない、と。
……あの道化師も反旗をひるがえすわけだ。そして現在の第二使徒であるアゼリアの心も離れている、と。造物主のために戦って死んだ魔王も浮かばれまい。……今どう思ってるか知らんが。
ともあれ、今は先生からの連絡待ちだな。
それまでに出撃の準備をしておかねば。
――執務室
朝食後、ローベルト達とミーティングを行う。
俺が昨晩に、あらかじめゲームを元に書き起こしておいた地下迷宮のマップを、ローベルトに見てもらう。
「迷宮の地図、ですか。……ふむ、こっちが入り口でここが地下二階への階段、と。で、この通路に罠があって……」
ローベルトは熱心に地図を眺めている。
「どうです?」
「驚きましたよ。大体私の記憶にあるものと一致してますね。やはり、“げーむ”とやらの情報ですか?」
「ええ」
その言によれば、どうやらほぼ実際のマップと一致しているとのことだ。何もそこまで忠実にゲームを作らんでもと思うのだが、そこは“作者”のこだわりか。
……それはともかく。
俺の手書きのマップに、ローベルトが修正を加えていく。多少は簡略化した部分があったようだ。ローベルトが詳細な記録を残しておいてくれたおかげで、その正確さは折り紙付きになったといえるだろう。無論、現実はゲームと違うので、勇者一行が訪れていない部屋も少なからずあった訳だが。
さらに、ダニエルが知る魔族専用のショートカットルートも書き加えられた。……が、翼のある魔族用のものであるためか、縦坑が多いためにそれほど実用性はなかったが。ま、脱出時に魔力が残ってたら使うかもしれんけど。
「そういえば、この辺りにはほとんど足を踏み入れてませんね」
ローベルトが指差したのは、地下五階マップの一部だ。この階層は地下世界への出口までほぼ一本道だが、妙なところに分岐がある。すぐ出口が見えるところなのだ。ゲームだとこの奥に宝箱が置いてある部屋があったが、その場所は……
「この部屋が一番空白部分に近いですね。もしかしたら、ここに入り口があるのかもしれません」
だろうな。ゲーム上でも、なにかあるだろうと思ってさんざん探し回った場所だ。おそらく一番怪しいのはこの場所だろう。そしてこの場所については、ダニエルも何も知らなかった。
「まずはここを目指しましょう」
ローベルトの声に、一同はうなずいた。




