1
――ネルヴェ遺跡 広間
「喰らえ!」
私は道化師姿の魔物めがけて、光が宿る我が聖剣、クルトエルカを振り下ろした。
必殺の一撃、のはずだ。
「!」
しかし、既にヤツはそこにはいない。
「キョキョ……」
奇妙な笑い声を残し、彼奴の姿はかき消えてしまった。
「クッ……何処だ⁉︎」
周囲に目を走らせる。
『ウエダ』
なんの因果か共闘中である魔将ヴォルザニエスの“声”。
「……!」
見上げると、頭上に浮かぶ道化師の姿。
「いつの間に⁉︎」
慌ててステップバック。
『ユクゾ……“猛炎”!』
同時にヴォルザニエスの唱えた炎の呪文が彼奴を襲った。
宙を奔る巨大な炎の弾丸。そしてそれは、空中で巨大な爆発を起こす。
炎が渦巻き、衝撃波が遺跡の壁を震わせた。
私は魔力障壁を展開し、それを防護する。
まともに喰らえば致命傷にもなる一撃だ。
いや……並みの相手なら、この地上から髪一筋も残らず消し去られてしまうであろう。
しかし私は剣を構え、彼奴の気配を探る。
油断ならぬ相手だ。この一撃すら耐えた可能性が高い。
『ヌゥ……』
ヴォルザニエスが不満気な声を上げた。
『ニゲラレタカ……』
また幻術か……何処だ⁉︎
我々は未だ彼奴を捉えていない。恐るべき幻術の使い手だ。
視線を走らせ……いた! ヴォルザニエスの背後に靄が現れる。その中に浮かぶシルエットは……
「後ろだ!」
『……!』
振り返り、呪文を放つべく身構えるヴォルザニエス。
しかしその直後、球状の光が彼の右腕あたりで弾けた。
「ゴハァ⁉︎」
ヴォルザニエスの絶叫。
何だ、今のは⁉︎
いや、それよりも……
「ヴォルザニエス!」
ヤツに駆け寄る。
「!」
だが、光が収まったところで現れた光景を見、私は絶句した。
ヴォルザニエスの胴体の右側は、肩口からわき腹にかけて大きく吹き飛んでいた。
いや……違うな。鋭い刃物によって抉られたような切り口だ。そして切り取られた身体は光の中へと消えてしまったのか。
既知のいかなる攻撃呪文とも異なる。恐るべき相手だ。
どちらにせよ、これではもう……。
「ゴ……ハ……」
その巨体がゆっくりと崩折れていく。そして、地響きとともに床に倒れた。
『ワ……ワレハ コレマデ……。いるむざーよ、シヌ、ナ……』
「ヴォルザニエス……」
我が好敵手は、そう言い残すと静かに瞳を閉じた。
あまりにあっけない最後だ。
魔王軍第一軍の准魔将。千年前の戦いにおいても、勇者率いる軍相手に幾度も立ち塞がった猛者。そして今回の魔王戦役でも、私と激戦を繰り返した、宿敵。
それを……
私は彼奴を睨み据えた。
彼奴は我らの戦いの最中、忽然と現れた魔物だ。
そして、『ヤツノニオイガスル』などと言って、我々に襲いかかって来たのだった。
やむなく私とヴォルザニエスは休戦し、彼奴との戦いに挑む事になった。
しかし彼奴はとてつもなく強かった。
一見華奢な身体に見えて、ヴォルザニエスの巨体を軽く吹き飛ばすパワー。そして私の剣を易々とかわすスピード。そして何より強大な魔力と幻術で、我らを翻弄したのだ。
部下たちはいとも容易く駆逐され、かろうじて対抗できたのは、我ら二人。
そして今、魔王軍の中でも一目置かれた魔将の一人であるヴォルザニエスをいともたやすく打ち倒したのだ。
……おそらく私に勝ち目はないだろう。
しかし此奴を放置しておくわけにはいかぬ。刺し違えてでも倒さねば。
腰を落とし、呼吸を整えて精神を集中。
次第に身体の奥底から、魔力とは違う“力”が湧き出してくる。
これは遥か昔、ある剣士が編み出したという“練気術”だ。
この“力”を剣に乗せ、その剣圧で敵を粉砕するのが我が奥義。対ヴォルザニエスの切り札として温存しておいたものだ。まさか、それをヤツの弔い合戦で使う事になろうとはな。
「キョキョ……」
彼奴が反応した。
ゆったりとした動作で私の方に向き直る。余裕綽々か。
あの魔法が私を捉えるのが先か、それともこの剣が彼奴を切り裂くのが先か。
「ゆくぞ!」
自らを鼓舞し、地を蹴った。
「キョ……」
それに反応してか、彼奴は右腕を私の方に向ける。
「!」
すぐさま地を蹴り方向転換。そして側面から彼奴に斬りかかった。
「喰らえ!」
手応えは、あった。
剣は彼奴の左肩口から胸の半ばまで食い込む。
しかし、硬い。巌のような肉体なのか。
だが、“力”を“通した”この剣ならば、切り裂くことも、容易だ。そのまま更に斬り込み、“気”を解放する。
我が奥義、光輝の太刀。
爆発的に解放された“気”はヤツを粉砕し、破片が飛び散……何だと⁉︎
これは……違う!
飛び散ったのは、石の破片。おそらくはこの部屋にあった彫像だろうか。
いつの間に入れ替えたのだ?
いや、そんな事を考えている暇はない。
ヤツは……
すぐさま飛びのき、剣を構えて精神を集中、耳を澄ませる。
僅かでもいい。彼奴の気配を感じ取る事ができれば……
その時だった。
「キョキョ……」
「!」
耳元で笑い声。
何時の間に⁉︎
反射的に飛びのき、剣を振るう。
その一撃は彼奴を捉え……しかし、宙を切る。
また、幻術か。
広間全体を攻撃に巻き込む攻撃魔法でいぶりだすか?
そう考えた直後、
「!」
私の目前、何もない虚空から突如、彼奴の手が現れ伸びてくる。そしてそれは、斬り払う間も無く私の左胸に触れ……
「キョキョ……“死言”」
奴が放ったのは、死の呪文。
触れた箇所から冷たい“何か”が流れ込み、私の心臓を締め付け、凍りつかせるようだ。
「くっ……」
せめて、一撃。
しかし、もう腕は動かない。踏みしめる脚も萎えていくようだ。体温が失われ、心臓の鼓動も次第に小さくなっていく。先刻まで湧き上がっていた“力”は枯れ果て、もう私の身体を満たす事は無い。
口惜しいが、これまでか……
剣が手から滑り落ち、がくりと膝が折れる。
感覚が次第に失われ、意識が遠のいていく。
そうか……これが、死か。
霞む視界の中、栗色の髪の優しげな女の顔が浮かぶ。
亡き妻の顔だ。
『レイアルーナ……また、逢えるか……』
脳裏でつぶやき……そして暗闇が訪れた。




