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 夕食は、ハーブとスパイスをふんだんに使った鶏肉料理だ。

 懐かしい味だ。何か……こう胸の奥からこみ上げてくるものがある。

 そういえば、ここの名物料理だっけ。かつて(イルムザール)がこの地に招かれた際にも出された料理だった。

 あの当時、神殿にいた人々の姿も思い出される。

 当時の大司祭は、確かローベルトの育ての親だっけか。そういえばエヴノの親父さんもいたっけな。

 そしてもう一人……長い栗色の髪の、儚げな少女の姿が脳裏に浮かぶ。

 ああ……忘れるはずがない。あれは、レイアルーナだ。当時の姫巫女。そして……勇者ヴァルスラーナの母で前世の俺の妻だった。

 ……そうだ。これは、彼女(レイアルーナ)が得意だった料理だ。

 知らないうちに、涙がこぼれていた。


「アキト殿?」


 正面に座るローベルトの声。


「いえ……少し、昔を思い出しただけです」


 そっと涙を拭う。

 記憶に蘇る懐かしい日々。もう、逢う事は叶わない人々。

 ……そうだな。

 その思い出の残るこの地を、ヤツに壊させはしない。



――大神殿裏庭

 夕食後は割り当てられた宿舎の前で軽くトレーニングを行う。

 イルムザールが習得していた武術の練習も行うので、少々準備が必要だ。

 まずは身体に特殊な香油を塗る。

 魔導石の細かい粉末を混ぜ込んだ油だ。皮膚から染み込み、全身の“気”の流動を促進するものだ。

 この世界に存在するモノの中には、少なからず魔導石と同じ成分の物質が含まれている。それらは周囲に存在する“魔素”――いわゆるマナってヤツだ――を引きつけ、魔力の“場”を形成する。そうした“場”は魔力や“気”の集積場として機能する。

 全身を巡る“気”の循環はやがて大地や大気へと拡大し、やがて“世界”へとつながる。その時にこの“場”がその架け橋となるのだ。

 そしてもう一つ。下帯――褌だな――をきっちり締める。動作の基点となる骨盤と安定させ、また丹田への“気”の集中を助けるためだ。

 う〜む……これだけはイヤだったんだけどなぁ。トラウマが蘇るし。とはいえ、……仕方あるまい。多分腰のサポーターでも代用は効くんだろうが、生憎そんな便利なモノはここにはない。



 その上に、用意してもらったシャツと短パンを履いて庭に出る。

 まずは通常のストレッチ。

 前屈。伸脚。股割り。そして肩や肘、手首を入念に伸ばす。

 それを終えると今度は、イルムザールが習得していた武術のトレーニングに入る。

 最初は、素手での型だ。

 武器はあくまでも腕の延長、というのがイルムザールが属する流派の考え方だ。

 掌底。前蹴り。手刀。そして回し蹴り。

 その動きを、今の身体に覚えこませていく。

 幾度か繰り返すうちに全身がほてり、“気”が脈動するのがわかる。イルムザールの霊体と渡彰人の肉体が重なり合い、融和していく。幽体側にある記憶や感覚が、今の肉体に流れ込んでくるようだ。幽体内に記録されていた経験値が今の肉体にダウンロードされているような感じなのだろうか? もしかしたら、幽体と肉体がだんだん馴染んでいるのかもしれない。

 ある程度動きを身体が覚えたところで、それらに今生で学んだ拳法の技も混ぜていく。

 使える技は全部使わねば倒せぬ相手だからな。前世と今世の技を違和感なく連携できるようにしておく必要がある。

 そして次は、剣術だ。

 本来であれば棒術や短剣、槍術なども行う訳だが、現状そんな時間はない。なのでいきなり剣術だ。

 剣を抜き、型の演舞を行う。

 腰を落とした低い姿勢から強襲をかける獅子の型。鋭い踏み込みから敵の急所を一気に抉る猪の型。溜めの姿勢から一気に身を躍らせ、敵の隙を突く大蛇の型……。それらを身体に落とし込んでいく。

 とにかく少しでも、あの当時の勘を取り戻さねば、ヤツを倒せまい。

 ……おそらく資質の面で言えば、今の肉体ではイルムザールに到底及ぶまい。

 失ってはじめて分かった。あれは、まさに神の肉体。

 天空神が己の器にすべく用意したモノ。

 それに比べれて今の肉体は、“勇者”としての最低限の資質を備えているに過ぎない。歴代勇者の中でも、おそらく最低ランクか。

 かつてこちらから地球へ転移した勇者の末裔がいたのだろう。それが、俺の先祖。

 そして彼は、現地人と交わり、いつしかその血は薄れていった。その血に連なるのが、この肉体だ。

 俺の姓、(わたり)は、それが故、なのだろうか? 時空を渡った者、と……。

 ともあれそのごくわずかな血故に、俺の魂が宿り、そしてこの地へと道が開かれたのだろう。

 だからこそ……ヤツを倒せる“力”を持ち得るのかもしれない。

 ヤツもまた、造物主の被造物。

 運命律を操る存在ではあるが、やはりその枷からは逃れられない。

 きっと、そこに付け入る隙があるはずだ。

 かつて俺は運命律によって敗れ、死んだ。しかしこの肉体は、運命律の軛とはほぼ無縁であるだろうからな……。



 俺の隣では、ダニエルが瞑想していた。

 そこから立ち上るオーラは、前世で戦った時とほぼ同じ強さの輝きを見せている。

 あいつの肉体も、前世の魂、そして肉体と馴染みつつあるのだろう。



 それから半刻ほど汗を流していると、ローベルトの部下が呼びに来た。風呂の用意がととのったらしい。

 もう少し続けたかったが、明日に疲労を残すわけにもいくまい。

 一風呂浴びた後は、すぐに寝床に潜り込む。

 さぁ、決戦は明日だ。今日はゆっくり寝て英気を養おう。

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