10
「エルリアァー!」
光の中、俺は必死に消えゆく彼女に手を伸ばす。
が、届かない。
そして光が霧散し、そのあとに残されたものは……
「あ……あ……」
石化した彼女の姿だった。
なんてことだ……
無力感に、膝を折る。
と、その時、背後に気配を感じた。
ヤツだ。
よくも、エルリアを。
せめて、ヤツと刺し違えてでも……
剣を握る手に、力をこめる。
だが、ヤツはそれ以上何かをしようとしなかった。
「キョキョ、ニゲタカ……」
と、ヤツが嗤った。
「逃げた、だと?」
『あの直前、何かがエルリアの身体から飛び去るのを感じました。おそらく造物主でしょうな』
憤りに満ちた、エヴノの思念。
造物主は彼の姪の身体を乗っ取った挙句、あっさりと捨てて逃げたのだ。
だが今は目の前にいるヤツを……
「モハヤ ソノムスメノ カラダニ ヨウハナイ」
ヤツがパチンと指を鳴らすと、エルリアの石化が解け、彼女は床にくずおれた。
すぐさま駆け寄り、助け起こす。彼女は気を失ったままだ。
「キョキョ……ニゲテモムダダ。えるずみすノ チカニアル “アレ”ヲ ハカイスレバ ヤツモ デテコザルヲ エヌダロウナ」
ヤツは虚空を見上げ、再び笑った。しかしその声には、凄まじい怒りと狂気の色を感じる。
「エルズミス……か。そういえば、大神殿の地下迷宮の奥には不自然な空間があったか」
ゲーム中、地下世界に至る迷宮の最下層部のマップは中央部に空白の部分があった。そこに何かあるんじゃないかと思って散々探し回っていたが……。
もっとも、ヤツがその場所について言及しているという確証があるわけじゃないが。
「ソウダ。ソコハ コノセカイヲ こんとろーるスル バショダ。ゼンカイハ アヤツニ ジャマサレタガナ……」
「“アヤツ”?」
おそらくは造物主ではあるまい。ローベルトの反応からして、勇者パーティーはこいつと接触したことはないだろう。と、なると……
「あの剣士か!」
「キョキョ……ソウダ。アノ ケンシニハ フカクヲ トッタ。ダガ コンドコソ ジャマハ ハイラン」
そこまで言うと、ヤツの身体がふわりと宙に浮かんだ。
「ま……待て!」
呼びかける。
だがヤツは意に介することなく上昇していき、そして宙に消えた。
あとには呆然とする俺達と、気を失ったままのエルリアが残された。
――数十分後
「エルリア……」
腕の中の彼女に呼びかける。
彼女は、未だ目を覚まさなった。既に、彼女の中に造物主はいないにも関わらず。
まさか……
最悪の状況が頭をかすめる。
が……それだけはない、と信じたかった。
「……どうなんです?」
彼女の容体を診ていたローベルトに問う。
「ふむ……極限まで魔力を消耗してしまっていますな。そのせいで昏睡状態になっている様ですが……やってみましょう」
ローベルトはエルリアの手を取り、魔力を込める。そして彼の手から、エルリアの方へと淡い光が流れ始めた。
だが……
「むぅ……魔力をある程度送り込みましたが、どうもおかしい」
「おかしい?」
「ええ。精神の働きが、ほとんど感じられないのです」
『まさか、と思うのですが……“神降ろし”と同じ状態なのでしょうか……』
エヴノが問う。
神降ろし。それは、自らが信仰する神を己の中に降臨させる儀式だ。
かつて、勇者ヴァルスラーナに姫巫女が聖剣を与えた際も、この儀式が行われた。その時行われたのは、一時的に神の意識を憑依させ、神託を下したり奇跡を起こしたりというモノである。
しかし、秘儀とされる高次の儀式となると、完全に神と同調し、神自身となってしまう。そうなると、儀式後の神が抜け出した肉体は精神が破滅し、廃人同然となるという。
まさか……いや、やはりか。
最悪だ……。
『フム……。シカシ、ヤツト コノムスメノ ドウチョウリツハ タカクナカッタ。イチジテキナ モノダロウガ……』
ヴォルザニエスの言。
多少の希望はある、か。
「……いずれ先生、いやアゼリア様もこの地にやってくるだろう。多分、エルリアを治してくれるはずだ」
確証はない。
だが、今の俺にはそう信じるしかなかった。
それよりも……
「ヤツを止めねばならない」
“アレ”とやらを破壊した場合、この世界にいかなる災厄が降りかかるかわからない。それどころか、地球にまで影響を及ぼす可能性がある。
なぜならこの世界は、地球と“重なって”いるのだ。この世界が崩壊し、その余波が地球に押し寄せたら……
『ヤツニ トッテハ コノセカイナド ドウナロウガ カマワンノダロウナ』
『私としても、造物主はどうあれこの世界が滅びるのは忍びない。協力いたしますぞ』
ヴォルザニエスとエヴノもうなずく。
「やれやれ、厄介な事になったものですな」
それを見てローベルトは、台詞とは裏腹に少し嬉しそうに笑った。




