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「キョキョ……ワレト タタカウツモリカ」
道化服の男はゆっくりと地に降り立った。そして身構えるそぶりもなく俺達を見ている。
余裕綽々か。
「当たり前だ! 造物主なんざどうでもいいが、罪のないエルリアはやらせん!」
一気に距離を詰める。
「“神護”!」
ローベルトの声。
不可視の力場が俺の身体を覆う。
「ありがとうございます。……行くぜ!」
ヤツに向かって跳躍しようとし……
「!」
『ゴアァ!?』
目の前にヴォルザニエスがいた。
「な、何で……」
『ランシンシタカ、あきと!?』
危ういところで踏みとどまり、飛び退る。
お互い“混乱”の呪文をかけられたり、ヤツに操られて、ということもなさそうだ。ふと気づけば、今いる場所は、俺とヴォルザニエスが戦闘開始時にいた場所の中間地点だ。
「アキト殿達は、ヤツに切り掛かった直後に消え、そして今の場所に現れました」
『ヤツは空間を操る様ですな』
ローベルトとエヴノの言。
「なるほどな。どこだ!?」
「キョキョ……」
ホールにヤツの笑い声がこだまする。
見ると、ホールの天蓋付近の窓に腰掛けるヤツの姿があった。
「ふざけやがって……」
魔法攻撃に切り替えるか?
ヴォルザニエス達に目配せし、印を結ぶ。
「“炎弾”!」
炎の弾丸を飛ばして攻撃する魔法だ。
多数の炎の弾丸が現れ、ヤツへと向かう。が……
「チッ!」
途中で軌道が捻じ曲げられ、俺達を襲う。
それを予想していた俺やローベルトはそれらを魔力を込めた剣で斬り払い、ヴォルザニエスは気合で無効化した。
「うわっ!」
……約一名回避をミスったのがいるが。
威力を抑えてあるので、大したダメージはあるまい。だが、身体はエルリアの物だから、傷つけてほしくはないんだがな。
とにかくヤツを叩かねば、エルリアを助けることもできん。
どうする?
前世の戦いをおぼろげながらも思い出す。
……そうだ。
俺達の敗因は、ヤツのトリッキーなテレポートを攻略しきれなかったことだった。
試してみるか。
俺はバックステップし、左手で印を結んだ。術式を少々いじってみる。
その間にヴォルザニエスが前に出てくれる。
「行くぜ……“閃熱”!」
本来なら広範囲に熱線を放つ呪文だ。だがそれを一点に収束し、いわばレーザーのようにして放った。
指先から放たれた灼熱の光条は、過たずヤツを直撃する。
流石に特定方向からの光を歪ませるようなマネはしないか。
「へへ……やったぜ」
思わずガッツポーズ。
「キョキョ……」
しかしヤツは相変わらず笑っている。
大したダメージじゃないのか。バケモノめ。
もう一発……といきたいところだが、何かおかしい。命中した瞬間、ヤツの身体がぼやけて見えた。
どういうことだ?
……次の一手はどうするべきか。
“気”を探り……
ん? なんだ?
妙だ。ヤツからは“気”が感じられない。実体がないのか?
……接触した時点で探っておくべきだったか。
ま、仕方がない。それよりも、ヤツは……
見つけた。
前方やや右奥。
ヤツかどうかはわからないが、ホールの壁際を妙な気配が移動している。
気配の主から見えないよう、さりげなくポケットの中に残っていた石つぶてを取り出す。
そして、極力予備動作を見せず、その辺りに向かって弾き出した。
放たれた礫は……命中。不可視の何かにぶち当たって床を転がった。
やはり防がれたか。だが、これは予想通り。
すぐさま飛び退り、結印。
「全員退避しろ! ……“嵐陣”!」
局地的な暴風が吹き荒れ、真空の刃が舞う。
その嵐の中、空気が揺れてヤツの姿が現れた。同時に窓に腰掛けるヤツの姿がかき消える。
やはり本体はそこにいたか!
「キョキョ……」
だが、ヤツは強烈な風圧を意に介することなくエルリアに向かっていく。まるで微風の中を進むがごとく。
「チッ……、オイ、アンタもちょっとは働け! ヤツはアンタを狙ってるんだろうが!」
棒立ちのエルリア、いや造物主に吐き捨てる。
すこしばかりでもいいから、その“力”とやらを見せて欲しいものだ。
「ふ……ふん、ならば、“神罰”!」
造物主は掌を天に掲げた。その姿は、見た目がエルリアということもあって神々しい。
そして、天上よりいくつもの光の柱が降り注いだ。
が……
降り注ぐ光の中、ヤツはゆっくりと歩み寄ってくる。
「なっ……きかぬだと!?」
動揺する造物主。
「キョキョ……ソノ“チカラ”ハ キサマノ サダメタ コノセカイノ ウンメイニ カンショウスルモノ。ユエニ イカイヨリキタ ワレニハ キカヌ」
『そういえば、アキト殿にも“神雷”はそれほど効きませんでしたな』
「おそらくは肉体がこの世界と縁が薄いからでしょうな。回復呪文も思いの外効きが悪かったですし。アキト殿の持つ潜在的な魔力のおかげで傷を癒すことは出来ましたが、そうでなければ……」
なるほどな。ローベルトの力をもってしても、事故で瀕死の重傷を負った乗客を助けることができなかったのはそのせいか。かつての俺――イルムザール――がヤツと相対した際、ほとんど魔法攻撃が通用しなかったのもそのためだろう。しかも、今、造物主が使ったのは神性魔法。つまり造物主など神の力を借り、この世界の運命律を操る魔法だ。ヤツにはほとんど効き目がないわけだ。
つまり……ヤツを倒せる魔法を使えるのは、同じく異界から来た存在だけ、ということか。この場にいる者では、俺とダニエル、そして造物主のみ、ということになる。
「ぬぅ……」
一方、ヤツとおっさん二人の言葉に歯噛みしている造物主。とはいえ、ヤツを倒せる可能性が一番高いのはコイツだろうな……
「もっとパッとした技はないのかよ! 押されっぱなしじゃないか!」
とりあえず煽ってみる。なにかヤツを一撃で倒す魔法か技でも持ってりゃいいけど。
「ふ、ふん、見ておれ……“神威”!」
造物主の唱えた呪文は、神性魔法最上級の攻撃魔法。
神の奇跡により相手を消滅させる呪文だ。
って、話を聞いてなかったのかよ⁉︎
待て、と声をかける間も無く、造物主は魔法を放ち……
「キョキョ……キカヌワ」
ヤツを包む光の球体はあっさり霧散し、弾かれる。ま、そんなモンだ。
「な、何故だ!?」
「なぜって……人の話を聞けよ。ヤツはこの世界の運命律には縛られていないのは知ってるんだろ?」
「ウ……ウム。そうであった」
「だから、運命律に干渉する力は使えない。それ以外の力で倒す必要がある。アンタもこの世界の外から来た存在だから、ヤツを倒せるハズだ」
……多分。
「ふん……貴様に言われずとも、ヤツを倒してみせよう」
造物主は印を結ぶ。その掌には膨大な魔力があふれ、淡い光を放っている。
おそらくヤツが放とうとしているのは、火炎系最上級の攻撃呪文。中ボスクラスなら一撃で葬ることが可能だ。それに造物主の持つ膨大な魔力を注ぎ込めば……
これは、いけるかもしれん。
「受けよ……“爆炎”!」
そして、造物主の攻撃呪文が炸裂……しなかった。
「な……何故だ!? 魔力が足りんだと……」
がくりとくずおれる造物主。
「い……いかん、魔力が……」
そうか。憑依した相手の魔力を使って呪文を唱えてたわけだ。エルリアの身体で超高位の呪文連発したらMPが尽きたってわけか。
……エルリアの命は大丈夫か⁉︎
慌てて駆け寄り助け起こした。
「ウ……ム……」
息は、ある。
「キョキョ……」
ちっ……
ヤツが近づいてきた。
「サァ……カンネンスルガイイ」
ヤツが掌を掲げる。
そして凄まじい“力”があふれ……
「いかん!」
俺はヤツに斬りかかる。が、あっさり跳ね飛ばされた。
「くっ……」
すぐさま跳ね起きる。
直後、ヤツの掌から光が迸った。
その間に飛び込もうと、ダッシュ。しかし、間に合わない。
俺はただ呆然と、エルリアの身体が光に包まれるのを見ているしかなかった。




