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『知っているのですか!?』
俺の言葉に、女騎士が驚いたように俺を見る。
えっ⁉︎ 当たりなのか?
……って、ちょっと待て。ここはゲームの世界⁉︎ そんな馬鹿な。
混乱する俺。だが、鎧を着た連中も何やら動揺しているようだ。
いきなり“異国”からきた人間が自分たちのことを知っていたからか?
何が起きているんだ?
とりあえず、情報を整理してみよう。
アルセス聖堂騎士団。現在の本拠はガンティール王国南西部にあるアルゼイル自治領。団長はカルス・エゼキエルとかいう名前だった……はずだ。
『ガンディール王国は既に滅びました。隊長も、今は変わっています』
女の声。
え? “声”が漏れてた⁉︎ ……というか、あの国が滅びたのか?
リーマス共和国と大陸を二分した強国が……。
『そうです。リーマスも滅びました……。いや、自壊したというべきかもしれません』
それは知っている。ゲーム序盤のイベントだ。
俺のやっていたスマホのゲーム……。それは、『アストラン大陸戦記』という名のゲームだ。アストランという異世界の大陸を舞台にした、ファンタジーRPG。少々レトロなコンピューターRPG風で、勇者が仲間とともに魔王に挑むという筋書きだ。フリーのアプリなので内容はまぁそれなりだが、熱心なファンもいるらしい。
ちなみに俺もその一人だ。
友人――高柳など――には、「なんでそんなつまらんゲームにハマれるんだ?」などと言われるが、好きなものは好きなのだ。ほっといてくれと言いたいところだ。
いや、それは俺だけではない。ネット上でも同じ状態らしい。
攻略wikiを立ち上げた暇じ……いや、熱心なファンもいる一方、ステマだ自演だなどけなされることも少なくない。まぁ、冷静に内容だけを見れば凡百のフリーゲームなのだが、なぜか心ひかれるのだ。
……おっと、脱線した。
確かゲーム内では、リーマス共和国は大陸へと侵攻を開始した魔王軍に対抗しようとして軍を編成しようとし……しかし意見をまとめきれずに国家の分裂を招いたのだ。一方、ガンディールはすぐに魔王を打つべく軍を編成し、周辺諸国とともに魔王軍と対峙した。やがてガンディールに“勇者”が現れ、やがては魔王を討つわけだが、まさかそんな国が滅んでいようとは……。
『げーむ? よく分からないな。ともかく、あなたが私達の事やこの世界の情勢を知っていることは理解できる。しかし……それが、異界人でないことを保証するものではない』
女の口調――というべきなのか?――が、変わった。勤めて冷静さを装っているのも見て取れた。
口調、といえば、先刻「ガンディール王国」と言った際の彼女の口調には悲しみの色があった。もしかしたら、彼女はそこ出身なのかもしれない。
そういえば……
思い出した。
ゲームの中だと、異世界人は排斥の対象だ。そういえば、選択ルートで異世界人が勇者の仲間になるシナリオがあったな。その中でも、異界人は常に命をねらわれていた。そうした異界人狩りを行っていたのは、アルセス聖堂騎士団。
つまり、俺も……
『……やはり、貴方は異界人だったか』
女の声。
かすかな悲しみと……殺気。
隣のリーダーと視線をかわし、うなづいた。
「! やはり、俺を……」
身構える。
『すまないとは思っている。だが……この世界を壊す存在は、排除せねばならない』
「おいおい……」
確かあのゲームの中だと、そんなに意味なかったような……。むしろ騎士団内の地位争いのために、No.2のフィルズ・ロスタミだっけ? とやらが利用していた気がする。
実際のところは魔女狩りみたいなもので、ただの集団ヒステリーなんじゃないかなぁ……。
『口を慎め、少年』
げっ……聞こえてた!? でも、おねーさんのこと言ったワケじゃないんだよな。
とはいえ、言ったところで見逃してもらえそうにはない。
さりげなく周りを見回す。逃げられそうには……ないな。
『ここは聖域だ。血で汚す訳にはいかない。だから……』
女騎士が両の掌で印を結ぶ。
そしてその印に“力”が収束していくのがわかる。
にしても、殺したらどのみち血が流れるだろうに。というか、メイスは刃物じゃないから聖職者は持ってもオッケーってアレか?
もうどうでもいいか。それにしても……これで、死ぬのか。
その時、ふいに影がかかる。
ん? 空が……
青空の中央に雲が現れた。そしてそれはどんどん大きくなっていく。
これを、彼女が? 恐るべき“力”だな。あの若さで……
視線を戻そうとし……ふと女の向こう、寝殿の奥に目が止まる。
壁に刻まれた絵。
黒髪の、美しい女神だ。
その顔に、見覚えがある。
それも、最近。
そう。あれはまさしく……
「咲川先生!?」
思わず叫んでいた。
『サキカワ……? また訳の分からない事を。あれは造物主の第一使徒、アゼル様だ。……そろそろ覚悟は決めたか?』
「……決めてなくてもやるんだろ?」
投げやりに返す。
それにしても、アゼル、か……。別名アゼリア。ゲームだと造物主第二使徒。大陸に古くからある土着の信仰では、地母神としての神格を持つ女神アゼリアだったっけ? 新興のアルセス教派では、各地の神を造物主の使徒として取り込んでいるという設定だった。その彼女の像によく似た風貌を持った咲川先生があの裏山にいて、どこかへと消えていった。
それは、偶然なのか?
まさか、とは思うが……。
『すまんな。ゆくぞ……“神雷”!』
俺の思惟を断ち切る声。
女騎士は悲しそうな顔で“力ある言葉”を放つ。そして、頭上の雲から稲妻がほとばしった。
「!」
直撃。
強烈な衝撃。心臓が悲鳴を上げ、全身の筋肉が硬直する。血が沸騰し、体内の細胞一つ一つが灼き尽くされていく。
「ぐ……うぅ……」
『死ぬ……の……か……』
途切れ行く意識の中でぼんやりと思った。
『ま……だだ……。また……こんな……所で……』
また、俺の心の中で誰かがささやく。
『死……ね……る……か!』
心臓の音が響く。あの時と同じだ。ヘソの下に灼熱の“力”の塊が生まれた。
「お……おぉ……」
“力”が脈動し、手足に力が戻り始める。
「ふ……ざ……ける……な!」
硬直した筋肉を無理やり動かし、拳を握る。
『そんな!?』
女騎士の声。
この凄まじい威力。普通ならば、とうの昔に被術者は絶命しているはずなのだろう。
だが、俺はまだ死ねない。
やらねばならぬことがある。それは何かはまだ分からないが……
しかし、どうする?
……!
俺の中にいる“誰か”の“衝動”が、俺を突き動かす。
背を丸め、胸の前で両の腕を交差させる。と、“力”が全身を駆け巡り脈動するのがわかる。全身を打つ稲妻はその“力”に阻まれて体の奥まで侵入できない。
これならば……行ける!
「ハァッ!」
己に気合いを入れつつ、両の腕を脇の辺りへと振り下ろす。
と、俺の体表にとどまっていた稲妻が振り払われる。
そして更に、俺の体内から追い払われた稲妻は荒れ狂い、俺の周囲の男達に襲い掛かって行った……。