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――ネルヴェ遺跡 本丸櫓内 広間
「アキト殿、やりましたか!」
背後からの声。
振り返ると、ローベルトが階段を駆け上がってくるところだった。
「お怪我は?」
「いえ、それほどは」
残心の構えのまま振り向こうとし……。
「……って、アイテテ」
気がつけば、全身あちこちが痛んでいる。攻撃はきちんとガードしたつもりだったが、それでもかなりのダメージを受けてしまっていた。それに、“光輝の太刀”連発など、かなり無茶もやったからな……
「では……“大癒”」
杖から放たれる、優しい光。痛みが軽くなっていく。
「ありがとうございます。大したものですね、癒しの魔法は」
「これも、受ける方の生命力あってこそですよ。生きようという意思が傷を癒す力となるのです」
「なるほど……」
「ゴ……ハ……」
その時、地に伏した巨体が身じろぎした。
「ヴォルザニエス……」
『サスガダナ、いるむざーるヨ。イヤ、イマハ……あきと、カ。アノ ムスメヲ カエサネバナ』
ヴォルザニエスが右手を掲げると、瑠璃色の球体がゆっくりと下降してきた。
そして駆け寄った俺の眼の前の床上に、音もなく着地した。そして、澄んだ音とともに球体は砕け散り、光と化して散る。
その跡には、横たわるエルリアの姿があった。
「エルリア!」
俺は駆け寄り、眠る彼女をそっと抱き起こす。
『……マテ、あきとヨ。スコシヨウスガオカシイ』
「ん? どういうことだ?」
ヴォルザニエスを振り返る。
まさか、罠!? いや、そんなことをするヤツじゃない。
ローベルトに視線をやる。
「ふむ。確かに何か……妙な気配も感じますな」
「妙な気配?」
『何かが潜んでいる様です。エルリアの中に』
エヴノの声。
どうすればいい? とりあえず、どこか……
『勇者殿! 危ない!』
エヴノの声。
直後、ローベルトがエルリアの腕をひねり上げた。
「な、何が? ……!」
ローベルトがひねり上げた方の腕で、エルリアは印を結んでいた。あれは……
「“雷陣”」
広間を駆け巡る稲妻が、俺達を襲った。
「ぐぅっ!?」
「ゴハァ!?」
「ぬぅ……」
不意を突かれ、レジストはできなかった。
さほど大きなダメージではない。しかし身体がしびれ、自由がきかない。ヴォルザニエスやローベルトも同様だ。
「くっ……エルリア、どうした!?」
なんとか身体を起こし、無駄と思いつつも、問うてみる。
エルリア……いや、エルリアの中に宿る“それ”は、俺達を見下ろすとニヤリと嗤った。
「我が名は使徒ファルグス。まさか、我が下僕達を倒すとはな……」
『使徒ファルグス、ですと!? 私に“肉芽”を植え付けたあの女と似た気配を感じます』
エヴノをあの姿にしたのは……
「そうか。貴様はヴァルコーネ! 俺達の屍を弄んだヤツ!」
「そして、アノーラの仇……!」
魔女ヴァレンティーナの弟子、アノーラ。ゲーム中では、ローベルトに惹かれていたようだったが……。
「そう。ヴァルコーネもまた、私の名の一つだ」
「……何故アノーラは死なねばならなかったのだ!?」
ローベルトは震える手で腰の剣に手をかける。だが、相手がエルリアであることを思い出したのか、手を戻した。
「“あれ”は、元から私の“器”として用意されたものだ。この娘がアゼリアの“器”である様に……」
「エルリアも“器”だと!?」
姫巫女とは、まさか……
「ふん、そういえば貴様も元“器”か。アルジェダートのな」
「まさか、勇者も……」
「その通りだ。もっとも、アルジェダートやアゼリアごどきでは一時的な憑依が精一杯だがな。奴らは我の能力を不完全に写したモノに過ぎん」
アゼリアは第二使徒。そして魔王ユーリルでもあるアルジェダートが第一使徒だった。しかし、こいつは……
「そうか、貴様が真の初代使徒……」
あの二人より先に造られた使徒がいたということか。
「ま、そういった所か。とりあえず、貴様を葬る為にこの娘の身体を使わせてもらった。今現在使える我の“器”は、戦いには少々不適なのでな。それに、この娘に宿る“力”はなかなかのものだ。アゼリアには勿体無い」
『ソウカ。ワレニ ソノムスメヲ サラワセタノハ……』
「ふん……勘違いするな。異界の人間など、いつでも屠れる」
「それにしては、ずいぶん回りくどい真似をするんだな」
妙だな。初代使徒という事からして、アゼリアよりも“力”を持っているだろう……多分。そんなヤツなら、こんな面倒なコトせんでも、俺を“消せ”るだろうに。
「……そろそろ貴様には消えてもらおう。我が完全なる世界に、異物は不要だ。例え貴様の魂がイルムザールのものであってもな」
「そう簡単にやられるかよ! 貴様をエルリアの身体から追い出した上で叩き潰してやる!」
痺れが治まってきた。これならなんとか戦えそうだ。
「私も戦いますぞ。アノーラの苦しみと悲しみ、こ奴に思い知らせてくれます」
「ゴハ……」
『いるむざーるヨ。マタ トモニ タタカオウ』
ヴォルザニエスも身体を起こした。
「……頼みます」
ローベルトに視線や向ける。彼は一つうなずくと、ヴォルザニエスに“大癒”をかけた。
「フン……生かしておいた恩を忘れたのか? ヴォルザニエスよ」
『ショウシ。いるむざーるヲ タオスタメノ コマトシテ アツカッタ キサマガ ナニヲイウ』
「ふむ、我に逆らうというのか。愚かな……」
エルリアの顔に浮かぶ笑みは、普段の彼女の姿とはかけ離れた高慢なものであった。
「貴様……エルリアを汚すな!」
剣を構え……
しかし、どうしたものか。
エルリアを傷つけずにヤツを倒すには……
『アノムスメノカラダハ ヤツトノ ドウチョウリツハ タカクナイ。アルテイドノ だめーじヲ アタエレバ ヒキハガスコトガ デキル』
「なるほどな」
ある程度、か。でもエルリアを傷つけねばならないか……
『勇者殿。おそらくは肉体よりも幽体への攻撃の方が有効でしょう』
そうか。ならば……
「“減命”!」
いわゆるエナジードレインってヤツだ。これならエルリアに危害を加えずに無力化出来る……はずだ。
「ぐぅ……」
ヤツが苦悶の声を上げた。
ローベルトも追撃をかけようと印を結び……しかし、途中で別のものに切り替えた。
何故? と、問う間も無く……
『いかん! アレは……』
エヴノの声。エルリアから立ち上る膨大な魔力。それは、俺にも覚えがあった。
「“神罰”!」
上空から降り注ぐ、極太の光の柱。エヴノのものよりも破壊力は上であろう。
しかし、
「“神護”!」
ローベルトの呪文が間一髪で間に合った。
俺達の身体を覆う、輝く力場が光の柱を阻んだ。
直撃は免れたものの、それでもまばゆい光は俺達の身体を灼く。
「くぅっ!」
だがそれでも、耐える。耐えなければならない。
くずおれる膝。
だが、一つ地に拳を叩きつけて気合を入れ、跳ぶ。
「ハァーッ!」
大上段から剣を叩きつけた。
「ぬぅ!?」
ヤツの剣が、かろうじてその一撃を受け止める。
だが、それは想定内。
いや……受け止めてもらわねば困るんだがな。
「まさか、躊躇う事無く斬りかかって来るとは……」
戸惑いの声を上げるエルリア、いやファルグス。
さっきも使った手だが……本命はコレだ!
着地後、すぐさま左の掌に“気”を集中。狙うは鳩尾。そしてその奥にある神経叢。そこに“気”をぶち当て、身体の機能を奪う。
そうすれば、ヤツを追い出せる……ハズだ。多分。
「セイ!」
掌を彼女の腹に叩きつけた。
「ぬぐっ⁉︎」
手応えは……あった。
“気”の衝撃が鎧を浸透し、エルリアの体内へと突き徹って行く感覚。
ヤツは身体をくの字に折り曲げ苦悶の呻きをあげている。胃の中のモノを吐き、涙を流していた。
……しまった。思ったより威力が小さい。鎧でかなり減衰してしまったのか。
気絶させる事が出来なかったせいで、エルリアにも苦痛を与えてしまったか。
「すまん、エルリア。……出てきやがれ!」
「ぐっ……ガハッ……お……の……れ……!」
地面に這いつくばりながらも、俺を睨みつけてくる。
……やめてくれ。エルリアの身体でそんなブザマな真似をするのは。
「一旦封印し、大神殿にて分離の儀式を行ってみるのも一つの手かもしれません。おそらくは数日以内にアゼリア様もまた降臨されるでしょうし」
ローベルトの言。
「そうですね。“封魔”と“凍時”、“結界”あたりをかければいいのかな?」
「……させぬ!」
ヤツが跳ね起きた。
まだそんな体力が残っていたのか。……いや、あの鎧の防御力だな。おそらくは、魔力や“気”に対する防御効果もあるのだろう。
「貴様らなどに囚われる我ではない!」
……多分先生のおかげなんだけどな。
ヤツは印を結び……
「時空の彼方に消し去ってくれよう!」
その上方の空間が震えた。渦巻くように背後の景色が歪み、そしてその中央に虹色に輝く“穴”が現れた。
「チッ!」
あれが時空の裂け目なのか?
しかし、時空の彼方、か。妙なモノを呼び込まねばいいんだがな……
などと考えている間に、その“穴”から“何か”が飛び出した。




