6
――広間
その中央で、ヴォルザニエスは昂然と立ち、俺を待っていた。
「来たぞ、ヴォルザニエス。我が宿敵よ。因縁のこの場所で、決着を付けようではないか」
ヤツと相対したためか、俺の中のイルムザールが再び頭をもたげた。
『ホウ……ヒトリデクルトハ イイドキョウダナ』
「エルリアーナは無事か?」
『ブジダ。ワレヲ ダレダトオモッテイル? ……アレヲミヨ』
ヴォルザニエスは広間の中央、ドーム状になった天蓋を指差す。
そこには瑠璃色に輝く球体が浮遊していた。その中に、膝を抱くような姿勢で眠る人影が見える。栗色の髪の女騎士。
『どうやら眠らされているだけの様ですな』
「エルリアーナ……無事のようだな」
エヴノが安堵した様な声を上げる。
誇り高き魔将。それは今でも変わらないか。
「ならば、良い。さぁ……十数年越しの決着をつけよう」
『ソウダナ。 デハ ユクゾ!』
ヴォルザニエスが構えを取る。
俺も聖剣を抜き、正眼に構えた。
そして訪れる静寂。
調身、調息、調心……
体を脱力し“気”を循環させ、収束させていく。“練気”というヤツだ。
“気”を練るにつれ、感覚も鋭くなっていく。ヴォルザニエスの身体に流れる魔力や“気”も感じられる。
ん? “気”だと? アイツはゾンビのようなモノではないらしいな。死者であれば、“気”は感じないハズだ。
……と、ヤツの“気”が動いた。
きたか。
わずかにタイムラグがあり、ヤツが動く。
拳を振り上げ、一気に距離を詰めてくる。
「ゴハァッ!」
ヤツの拳が床面に巨大な穴を穿った。
俺は飛び退きつつポケットに左手を突っ込み、あらかじめ拾っておいた小石を数個つかみ出す。そして、指に“気”を込めて次々に弾き出した。
「ゴァアッ⁉︎ ……ナンダ⁉︎」
数発が命中し、ヤツは戸惑ったような声を上げる。
“指弾”だ。
以前、小説かなにかで知った技だ。当時熱心に練習してみたものの習得には至らなかったが、いくらかでも“気”を操ることができる今なら、なんとか戦力にはなるようだな。
それでも牽制程度にしかならんが。
とはいえ、一つでも使える技が増えれば戦術も広がる。
……これも使ってみるか。
イルムザールの記憶が表層に浮かび上がってくるたびに、少しずつであるが感覚を思い出しつつあるもの。そしてエヴノのサポートで使用が可能になったもの。
それは……
「行くぞ……“炎弾”!」
“力ある言葉”。そして俺の指先から炎の弾丸が射出される。
炎の弾丸は宙を走り、ヴォルザニエスに襲いかかる。
だが、
「ゴハッ!」
気合一発でかき消されてしまう。
『ドウイウツモリダ? ワレヲ バカニシテイルノカ?』
「肩慣らしは必要だろう? 何せ十数年ぶりの魔法なのだからな」
とりあえずこれは様子見だ。
俺自身が魔法を使用可能かどうかということと、MPがどれくらいあるかの確認ができた。
転生前ほどではないにせよ、どうやらそれなりに魔力は持っているようだな。
さて、次は……いや、その前にヤツが動いた。
『魔法か! アキト殿!』
エヴノの警告。
ヴォルザニエスの眼前に魔法陣が浮かぶ。
あれも火炎攻攻撃呪文。それもかなり強力なヤツだ。
ならば……
すかさず俺も印を結ぶ。
『“猛炎”!』
「“光槍”!」
呪文の発動はヤツのほうが先だ。だが、弾速はこちらのほうが勝る。
双方の呪文は俺達二人のほぼ中央でぶつかり合った。
爆発。
光が弾け、熱風が俺の身体を煽る。
すかさずダッシュだ。
“観え”る“気”を頼りに炎を突っ切り、ヤツの側面に……マズい! ヤツの魔力が増大し、幾つかの魔力塊が現れた。
直後、揺らぐ空気越しに多数の光弾が飛来するのが見える。
「チッ……」
すぐさま“光弾”を放ってきたか。それなら……
「“空壁”!」
俺の周囲に風の結界を張った。
“光弾”の大半は、結界に阻まれてあらぬ方向へと飛び去り、消滅した。そして残りは剣で斬り払う。
そしてさらに跳躍してヤツの懐に飛び込んだ。
「セイッ!」
横薙ぎの一閃。
太ももに一撃。“気”を乗せた一撃は分厚い皮膚を切り裂き、肉をえぐる。
明らかに攻撃力が強化されているな。昨日の比じゃない。
「ゴ……ハアッ!?」
『キサマ……ソノ“ちから”ハ ナンダ? キノウノ キサマトハ チガウ……』
「『男子三日会わざれば刮目して見よ』……これは、地球のことわざ」
日々努力に励むものは、三日も会わなければ見違えるほど成長しているということだが、昨日一日でも、それなりにレベルアップはできたようだな。
「ゴハッ!」
空を切り裂く拳打が俺を襲う。
「クッ!」
“気”を収束した剣でガード。
それでも衝撃を殺しきれず、後方へ飛ばされた。
だが、ダメージは大きくない。
すぐに体勢を立て直す。
しかし、休む間もなくヤツもまた拳を振りかざし、踏み込んできた。
攻撃をかわしつつ、ヤツの“気”と魔力の流れを追う。魔導石のありかを探るためだ。
頭部……違う。胸部……わからん。曖昧だ。腹部・腰部……気の流れはある程度集中しているが、魔力に関してはさほど。手足は……動きが激しいので探りにくいが、おそらくはない。
『私の場合は心臓のあたりでしたな』
エヴノの言。
やはり、胸部か? ……ん?
「!」
おっと。
蹴りが飛んでくる。
それをギリギリのところで横っ飛び回避。
……危なかった。迷ってるヒマはなさそうだな。
ならば!
一気に跳躍。大上段から剣を振り下ろす。
だがそれは、ヤツの左腕の肘にある刃物状突起で受け止められた。そしてヤツは右の拳を固く握り……
しかし、
「ゴハッ!?」
俺の脚の方が先だ。
ヤツの胸の中央やや左、心臓の真上に俺の“気”を乗せた突き蹴りがヒットしている。その衝撃は分厚い筋肉と頑強な胸骨を突き抜け心臓を直撃した。
顔面への攻撃を意識させつつ胴を狙う。拳法で習ったセオリーの応用だ。
「ゴ……ハ……ガァッ!」
一瞬動きを止めたものの、空中の俺を狙いヤツの拳がうなる。
だが、遅い。
「“衝弾”!」
足先からの衝撃波。
今度の狙いは鳩尾。胃と腹部神経が標的だ。
……悪魔でもその辺の物はあるよな? 多分……
ついでのその衝撃波のあおりで後方へと飛び退り、拳に空を切らせた。
「ゴフッ! ガッ! ゴハァ……」
ヤツは血を吐き、咳き込みながらも俺を睨み据え、構えをとった。
……与えたダメージは大きくない、か。魔導石にダメージを与えられた気配もないしな。
やはり光輝の太刀で胴体を切り裂く必要があるか。
そのためには、攻撃が確実にヒットする状況を作らねば。
連続攻撃から必殺技に繋ぐか、それともカウンター狙いか。
どちらにせよ、仕掛けるしかないか。
「“閃熱”!」
俺の掌から強烈な熱線と光が発せられる。この広間に光が溢れ、一瞬視界が奪われた。
『メクラマシノツモリカ!』
ヤツの声には耳を貸さず、すかさずダッシュ。そして“指弾”を放っていく。
これなら魔力を消費しないため、こちらの所在はバレることはない。それを適当にバラまき、足音をごまかす。一瞬でいい。ヤツの虚をつくことができれば。
そして、ヤツの側面。
『ヌゥ!?』
ヤツに気づかれた。だが、俺にとっては十分な隙だ。
「“衝弾”!」
掌から放たれる衝撃波。
「ゴハアッ!?」
命中。
そして、再び結印。
その間に“気”を練っておく。
「もう一撃! 喰らうがいい……“衝弾”!」
衝撃波が放たれると同時に、ヤツは息を大きく吸い込む。
ブレスか! だが、同じ攻撃は喰わん!
“気”を解放。そして糸のように収束。
直後、ヴォルザニエスは口から灼熱の炎を吐き出した。衝撃波はいともたやすくかき消され、俺に向かった炎が押し寄せる。
だが、こちらはすでに“気”を練り終えていた。
「リャァーッ!」
踏み込み、そして“力”を収束した剣を大上段から振り下ろす。
“光輝の太刀『改』”。最大出力。
“気”の爆発的な放出で全てを吹き飛ばす従来の“光輝の太刀”と異なり、収束した“気”の刃で敵を斬り裂く技だ。
刀身から発した光の刃が炎塊を真っ二つに斬り裂く。そしてヤツの体躯に達して深い傷を穿った。物理的な傷だけではない。肉体に重なり合う形で存在する精神体――“幽体”と呼ばれる――にまでダメージを与えたのだ。
幽体は“気”や魔力と密接なつながりがあり、また生命の維持に欠かせないものだ。もし幽体が傷つけば、肉体の生命活動にも支障をきたすことになる。
そしてヴォルザニエスなどの魔族は、肉体と幽体の境界がつながりが深い。幽体への傷は、すぐさま肉体に影響を及ぼす。つまり、相当な深傷を負わせることが出来た訳だ。
「ゴハァッ!?」
『バカナ……コンナ“チカラ”ナド イゼンハ……』
ヤツはよろめきつつ後退する。その“声”には動揺の色があった。
かつて、イルムザールの頃には成し得なかった、“気”のコントロール。無論、付け焼き刃の荒削りな技に過ぎないが、効果はあったようだ。
そう。これは……
「俺が今生で手に入れた力だ」
もう一丁!
再び剣に“気”を収束。そして一気に振り抜く。
横一文字に放たれた光の刃は、再び奴の身体に深い傷を刻んだ。
「ゴ……ハ……」
その身体を朱に染め、ヤツがくずおれた。
「俺の……勝ちだな」
それを見届けると、俺もまた膝をつく。
『お見事!』
エヴノは歓喜の声を上げた。
やはり“気”の消耗が激しいな。まだまだ改善の余地は多い。それに、この身体もまだ鍛えなければな。
だがとにかく今は、この勝利をかみしめたい。
俺の眼前で、ヤツから転がり落ちた魔導石が虹色の輝きを放っていた。




