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ん? また頭の中に……。いったい誰が?
“声”の主を求めて、周囲に視線を走らせる。
『ここだ、勇者殿』
また、あの“声”。今度は、さっきよりも明瞭だ。
……そこか。
声のする方に視線を巡らす。
縁側の奥、座敷の机の上に置いてあった魔導石が光っていた。
「ん? なんだ?」
縁側に上がり、近づいてみる。この魔導石経由で誰かが俺に話しかけているのか?
と、魔導石から発した光がその上方で収束し、一つの姿をとった。10cm弱ほどの人型だ。
見知った顔。それは……
「あんたは……エヴノ!?」
俺たちを追っていた、アルセス聖堂騎士団の隊長だ。エルリアにとっては叔父にあたる。
そして、俺はリコートとアズレルの間の森で戦い、倒した……いや、殺した、か。
そういえばこの魔導石は、彼の体内からこぼれ落ちたものだったな。“縁”の深いものであるがゆえに、死せる彼の意識が宿ったのだろうか?
『左様。どうやらあの後、私の魂はこの中に閉じ込められてしまった様でな』
「そうなのか……」
何やらうなずいている。その仕草からは、俺に対する復讐心などは感じられない。
『ウム。そうだ、一つ言っておかねばならぬ事があるな』
「それは一体?」
何を言い出すのか?
『勇者殿、私の死については気に病む事はない。私はあの時点で、既に死んだも同然であったからな』
「……何故?」
『セルキアから戻った後、あの女術師……ヴァルコーネと言ったか? に“肉芽”を植え付けられた時点で、私自身の命は尽きていたのだ。むしろ、私が礼を言うべきだな。感謝する。勇者よ』
「そ、そうか……」
ならよかった……のだろうか? 罪の重さは変わらん気がするが。
『最も、既に勇者殿は乗り越えておられる様だがな』
と、そこでエヴノは意味ありげにニヤリと笑う。
「ゔ……」
あの事か⁉︎ あの事を言ってるのかっ⁉︎
『しかと見届けたぞ、勇者殿。我が姪と“結ばれた”姿をな!』
エヴノは高らかに笑った。
能天気に笑いやがって、このおっさんは……。魔導石を砕いてやろうか。
「つかさ、アンタが最初っからそういうキャラなら問題は起きなかった気がするんだがな……」
『残念ながら、あの頃は私も荒んでいたのでな。何せ騎士だった頃は常に生き馬の目を抜くような中で生きてきた故、そうならざるを得なかった』
「そ、そうか……」
ま、わからんでもないが……
そういえば、いくらか思い出したことがある。俺がイルムザールだった頃、少年だったエヴノと出会っていたな。その頃は明朗快活な少年だったか。
その後、一時期従者を務めていた事もある。魔王戦役の時なども、ともに大陸中を旅したな。そして、剣術もみっちり教え込んだ。
前世における最後の弟子の一人か。それが故に、彼を倒した後の精神的ショックも大きかったのかもしれん。
『ああ、懐かしい思い出です。あの頃は、本当に楽しかった……。あんな日々が永遠に続けばと思っておりました。おっと……こうしている場合ではないですな。勇者殿、あの魔将ヴォルザニエスについてだが、気付いた事がある』
「気づいた事?」
『ウム。彼奴の力の源は……私と同じだ』
「まさか、魔導石」
『左様。術者が同じであるからな。よって、魔導石を切り離せば、彼奴は倒せるはずだ』
「切り離せば、か」
光輝の太刀をたたき込み、おそらくは心臓付近にあるであろう魔導石を破壊、あるいはえぐり出す……か。
できるのか?
いや……やるんだ。
そして、エルリアを助ける。
それが今の俺の存在意義だ。
俺は目の前で拳を握った。
それを見てエヴノはうなずく。
『勇者殿。私が宿るこの魔導石を持って行くがいい。きっと力になるはずだ。これは……かつてイルムザール殿が当時の姫巫女より与えられた剣に付いていたもの。そして……操られたイルムザール殿の“核”でもあったと聞いている』
俺の剣に、か……。
かつての俺の愛剣、“クルトエルカ”に付与された宝玉。それが造物主の手によって取り出され、屍となった俺自身の体内に植え付けられていたのか。
造物主め、なんてことをしやがる。
とはいえ……これは俺にとって馴染み深い石。もしかしたら、“気”を操る助けになるかもしれんな。
『うむ。これは……ヴァルスラーナ殿が帰還された際に、私が受け取ったのだ……。いずれエルリアーナが嫁に行くときに持たせるつもりであったのだがな』
そうだったのか。
とはいえ、剣とともにこの石が俺の手に戻ってきたのも運命のなせる技なのだろうか?
あるいは、アゼリア様の意図なのかもしれんか。
ヤツを倒してこの世界の歪みを正すために俺は呼ばれたのか?
……まぁ、いいさ。
今は操られてやろうじゃないか、この糸に。
「……よし」
俺は決意を固めた。
『……行くのだな、勇者殿』
「ああ。場所ならわかっている。俺とヤツが決着つけるなら、あそこしかない」
前世で俺とヤツが戦った場所。そして共に戦い、二度討ち死にした場所。
ネルヴェ遺跡だ。ヤツはそこで俺を待っている。
さて、行こう。リベンジだ。
……と、思ったところでスマホが鳴った。
あ〜、そういえばすっかり忘れてたよ。定期連絡の事。
噂をすればなんとやら?
俺は肩をすくめてスマホを手にとった。
『もしもし、渡くん?』
「はい、おはようございます」
相変わらずの先生の声。しかし……
『おはよう。ところで、あの子の気配がおかしいのだけれど……』
「エルリアは……」
俺はことの詳細を話した。
『そう……。ごめんなさい。貴方達を助けてあげたいけど、すぐには動けないの。造物主に見つかれば、貴方達はただでは済まないしね』
「そう、ですか……」
だが、俺は彼女を助けると決めたのだ。
「今から助けに行きます」
『えっ……大丈夫なの?』
「大丈夫かわからないけど……助けない訳にはいかないでしょう?」
『そう……。なら、止めないわ。もう気付いているでしょうけど、貴方は先代勇者イルムザールの転生。その“力”を覚醒させることができれば、現状のヴォルザニエスには勝てるかもしれないわ』
現状の、か……
まあいい。聞くべきことがある。
ヤツを蘇らせたと思しき存在だ。
「ヴァルコーネとは何者なんです? 死霊術士の類だろうということはわかるのですが……」
『ヴァルコーネ、ね。彼女に関しては、あまり情報はないわ。おそらくは精神体のみでも生存できる存在、ということぐらいね』
「SFでよくある精神生命体、ってことですか?」
『そうかもしれないわね。ただし、精神体のみでは物質界に介入することが難しいので、必要に応じてなんらかの肉体に“受肉”する必要があるみたいね』
「つまり、肉体を破壊されても生き続けることが出来るわけですね?」
『おそらくはね』
ふむ。……そういえば、だ。
「このあいだ話したエヴノっておっさんいたじゃないですか」
『え? 私!?』
突然自分の名前が出たので、魔導石の上に浮かぶエヴノは戸惑っている。だが、今は無視だ。
「いま、魔導石の中に魂が取り込まれた状態みたいなんですよ」
『そうなの?』
「いま、手元にありますけど……」
『ちょっと、それをストラップについてる石とくっつけてみて』
「わかりました。……ごめん」
『え゛!? ……勇者殿?』
俺はエヴノ入りの魔導石をストラップの石と接触させる。
『お……おお……アゼリア様の声が!』
エヴノの歓喜の声が聞こえる。
どうやらアゼリアからの指示を聞いているようだが……
しばしのち、通話が切れてしまったようだ。
「えぇ⁉︎ またかよ……」
聞きたいこともあったんだけどな……。
肩を落とす俺に、エヴノが胸を張る。
『アゼリア様から勇者殿の戦いを助けるよう、勅命を賜りました。さぁ、行きましょう!』
う〜ん……おっさんのサポートか。ま、贅沢は言うまい。




