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「……そろそろ覚悟を決めたらどうだ?」
アルジェダートは仮面の男に大剣を突き付けた。
仮面の男は周囲に視線を走らし……そして絶望に身を震わせる。
既にローブの者達は斬り捨てられ、無残な屍を晒していた。この二人以外に動く者はいない。
「ぐっ……うっ……」
目の前に迫る死。
仮面の男には逃げ道は残されていない。
そして、
「死ぬがよい」
大剣が男の胴を薙いだ。
「ガッ……ハァッ!」
仮面の隙間から血の塊が溢れる。
「この……ままでは……終わらん」
仮面の男は憎々しげな視線をアルジェダートに向け……禍々しい装飾のあるナイフを抜いて己の喉を突いた。
そして男は倒れ伏す。
しかし、無念の最後を遂げたにもかかわらず、ずれた仮面から覗く口元には、笑みが刻まれていた。
「!」
アルジェダートはその亡骸に歩み寄ろうとし……足を止めた。
仮面の男の亡骸から、強烈な魔力が立ち昇ったのだ。
「……!」
アルジェダートは少女の周囲に結界を貼り、剣を構える。
ぴくり、と息絶えたはずの仮面の男の指が動いた。
「これは……」
アルジェダートは独語する。
「バルドスの時と同じか……」
神話の時代、この大陸を恐怖に陥れた神魔王バルドス。かつて天空神アルジェダートと戦い、封じられた異界の魔神。
アルジェダートの眼前で、仮面の男の遺骸が変貌を遂げていく。
骨格が歪み、肉が弾けて増殖していく。いかなる原理かその身体は巨大化し、屈強な体躯となる。
頭部からはねじくれた角。口角からは鋭い牙。背中の肉が弾け、一対の漆黒の翼が飛び出る。
仮面の男だった“それ”は巨体へと変じた肉体を起こした。
その姿は、まさに上位悪魔。
「ギィィガァァ!」
怪物は魔王を見下ろし、咆哮を上げた。
「ふむ……」
一方のアルジェダートは眉一つ動かすことなく怪物を見上げた。
「やはり異界の者に憑依されたか……」
そして魔王は大剣を掲げ、怪物と化した男に向かって地を蹴る。
「ハッ!」
高さ1レイ(約4m)はあるであろう怪物の頭上まで軽やかに跳躍すると、大上段から大剣を振り下ろす。
「ギガッ!?」
鋭い一撃は怪物の頭部を斬り裂いた。
だが、浅い。分厚い皮膚を斬り裂いたものの、頭骨の半ばまでしか斬り込む事は出来なかった。
「恐ろしく骨が硬いか……ならば!」
一旦距離を取る。そして左手で結印。そして大剣を頭上に掲げる。
「……“神雷”!」
直後、天より剣先に向かって極太の雷霆――いや、光の束というべきか――が降り注いだ。そして直後、剣先から光帯が迸って怪物を撃つ。
「ギガァァーッ!」
光の束は怪物を打ち据える。着弾の衝撃だけで皮膚は裂け、肉は爆ぜた。そして強烈な電荷がその肉体を破壊していく。
肉の焼ける臭いとイオン臭が漂う。
しかし、
「むっ!?」
アルジェダートは放電を止めると、すかさずバックステップした。
直後、今まで彼の立っていた場所に、巨大な拳が振り下ろされた。
怪物は雷霆に撃たれてながらもアルジェダートに襲い掛かったのだ。
「力を抑えていては倒しきれぬか……。不本意ではあるが、神殿への被害は目を瞑ろう」
大剣を光に返すと両手で結印を行う。
そしてアルジェダートは滑る様に移動して姫巫女の前に立った。
「ゆくぞ、“結界”……“轟炎”!」
連続して“力ある言葉”を解き放つ。そして、アルジェダートは姫巫女を抱えて空中に逃れた。
怪物の周囲を光の幕が覆い……そして眩い光が溢れる。
それはあたかも地上に現れた恒星。
結界に封じられた熱塊は容赦なく怪物に襲い掛かった。その肉体を構成する原子は灼熱のプラズマへと還元されていく。
そして、爆発。
熱せられた空気が結界を突き破り、荒れ狂う。
衝撃波は容赦なく神殿の建屋を襲い、その屋根を吹き飛ばし、柱を薙ぎ倒す。
そして天井を吹き抜けた熱風は上昇気流となり、上空にキノコ状の雲となって現れた。
その姿は遥か彼方、エルズミスでも容易に見る事が出来たであろう。
アルジェダートはゆっくりと廃墟と化した神殿に降り立った。
怪物のいた場所には黒い焦げ跡が残るのみ。
塵一つ残さず消滅したのだ。
いや……一つだけ残っていた。それは、虹色に輝く、ねじれ双角錐型の石。
「魔導石か……やはり」
アルジェダートは視線に“力”を乗せてそれを睨み据える。
と、魔導石は鈴が転がるような澄んだ音を立て、粉々に砕け散った。
そして一陣の風が吹くと、魔導石の欠片は煌めきを残して飛び散っていった。
それを確認すると、アルジェダートは宙を滑るように神殿の庭園へと移動し、両腕で抱えていた姫巫女をそっと下ろした。
そして一つ指を鳴らす。
と、姫巫女の裸身は白い衣で包まれた。それはあたかも、壁画の女神に似た衣装であった。
「すまぬ。怖い思いをさせてしまったな」
アルジェダートはへたり込んだままの姫巫女の腕を取り、立たせる。
少女は惚けたようにアルジェダートを見つめていたが、我に返った。
「え……わ、私……」
「どうした?」
「た……助けていただいてありがとうございます。魔王ユーリル……いえ、アルジェダート様と呼ぶべきでしょうか……」
姫巫女は赤面しつつ、礼を言う。
「どちらでも構わぬよ。だが、アルジェダートの名は他言しないでもらいたい」
「分かりました。でも……何故私を助けたのですか?」
「何故、か……。使徒或いは神が巫女を救うのに理由は要るまい?」
「は……はい」
「エルズミスまで送っていこう。私に捉まるが良い」
ユーリアルジェダートルは姫巫女に手を差し伸べる。
だが、彼女は首を振った。
「アルジェダート様、私も魔王城へ連れて行って下さい」
「……何故だ?」
流石の魔王も、彼女の言葉には戸惑いを隠せなかった。
「私はエルズミスの姫巫女。天空神アルジェダート様の僕でもあります。神のお側に仕えることを許していただけますか?」
「ふむ……良いだろう。では行くか、エルマーヤよ」
アルジェダートは姫巫女の手を取った。
そして次の瞬間、二人の姿はこの場からかき消えていた。
――その頃
神殿上空に小さなつむじ風が巻き起こった。
そして、煌めく粒子が吹き寄せられていく。
それはアルジェダートに粉砕された、魔導石の欠片。
欠片は輝きを発しながら凝集していき、やがてその光は一つの形をなした。
それは、人の姿であった。
そして光が弾けて現れたのは、仮面をつけた小柄な道化服の男。
「ケキョキョキョ……」
男は廃墟と化した神殿を見下ろし、奇妙な笑い声を上げた。
そして男は一つトンボを切ると、虚空へと溶け込むように消えてしまった。




