3-EX ローベルトの回想 1
――ラクア村 ワタリ邸
夜の帳が下り、どこからともなく虫の音が聞こえてくる。
月明かりに照らされた離れの中で、私は一人、物思いにふけっていた。
陶器の器に入った酒を小さな酒器に移し、それを煽る。
「……ふぅ」
酒臭い息を吐くと、私は母屋の方に視線を向けた。
その母屋の中では、この世界に転移してきた少年、アキト――勇者イルムザールの転生体――が眠っているはずであった。
その彼は、魂に絡む因縁ゆえかこの世界に舞い戻り、姫巫女と出会ったのだ。そして元の世界への帰還を目指し、旅していた。そのさなか、イルムザール時代からの宿敵とも言える悪魔王ヴォルザニエスと戦って敗れ、姫巫女をさらわれてしまったのだ。
イルムザール様、か。
私とともに戦った勇者ヴァルスラーナの父。そして戦災孤児となった私を拾い、エルズミス大神殿へと連れて行ってくれた恩人だ。
しかし彼は先の魔王戦役の終盤、異界の魔物に立ち向かい、戦死されたのだった。そして、その屍は何者かによって操られ、我々の前に立ちはだかった。
その彼と、まさかこんな形で再開するとは思いもよらなかった。それも、知人の息子として……。
ゴロウ――アキトの父親だ――との出会いは、数年前にさかのぼる。
当時、姫巫女であるエルリアーナ様をアルセス聖堂騎士団から取り戻すため、私はその拠点の一つがあるアルタワールに滞在していた。
聖堂騎士団は、この街にある由緒ある神殿、ネヴィラーム神殿を強引に接収、駐屯地としていたのだ。
私は神殿関係者を通じ、彼女との面会を打診した。
しかし、その対応は取りつく島もなかった。幾度も門前払いをくらい、彼女はおろかその叔父のエヴノとも接触出来ない。そのため無為に時間を過ごしていた。
そんな折、私は妙な“声”を聞いたのだ。
「彼らを助けろ」という声。
今思えばそれは、異界に赴いていたアゼリア様のものだったのかもしれない。
そして、意味もわからず私はセルキア神殿へと赴いた。
神殿の周囲を囲む森。その奥で煙が上がっていた。私は急いでその現場へと向かった。
そこで目にしたものは、まさに地獄であった。
燃え盛る巨大な金属らしき“何か”。
それの破片と思しき金属片が無数に散乱し、ばらばらになり、また黒焦げになった遺体が点在していた。
それらに祈りを捧げているさなか、彼が現れたのだった。
傷だらけの彼は、何処の国のものとも知れぬ言葉を喋り、必死に私に何かを訴えかけていた。
おそらく仲間を救って欲しいということなのだろう。
とりあえず“念話”で話しかけてみることにした。
脳内から聞こえる声に戸惑いを見せたものの、彼は私に仲間の救護を訴えた。
私は彼の案内で、その仲間も元へと赴く。
その先、森の中の開けた場所には、重軽傷を負った人々の姿があった。
私はすぐさまその一人に“大癒”をかける。
柔らかな光が溢れ、傷が癒えていく。
その効果に、彼らは驚きの声を上げる。
彼らは魔法を見たことが無かったらしい。
しかし……同時に私も動揺していた。
“大癒”が思ったほどの効果を上げていなかったからだ。
何と言うべきか……靴の上から痒い所を掻いている様な感覚、かもしれない。
私は怪我人達に“大癒”をかけて回ったが、それでも何人かは間に合わず、息を引き取ってしまった。
肩を落とす私に、それでも彼は感謝の意を伝えてはくれたが……。
何かがおかしい。彼らは一体何者なのか? 彼らの身に、何が起きたのか?
落ち着いたところで、問いかけてみる。
彼らの答えは驚くべきものであった。
彼は自分たちの乗った“ヒコウキ”が悪天候に巻き込まれ、この地に墜落したと言っていた。
空を飛ぶ乗り物、か。
はるか昔、この地には“龍を喰らう巨鳥”がいたという。それを飼い慣らし、各地を飛び回ったと言う英雄の伝説も残されている。
しかし“あれ”は金属の塊。あんなモノが空を飛ぶと言うのか?
はるか一万年前、いやそれよりも昔の話か。
かつて存在したトゥランティア帝国以前に存在したと言う古代文明時代に、“空飛ぶ船”が存在したとする話も聞いた事があるな。
眉唾かと思っていたが……。
“あれ”もそういうモノなのかもしれん。
果たして彼らは、“あれ”に乗って、どこから来たのだろうか?
そう問う私に、彼は“ニホン”からと答えた。
“ニホン”?
私は勇者ヴァルスラーナとともに各地方を回ったが、そんな国は聞いた事がない。
そして幾度かのやり取りの結果、彼らは“チキュウ”と呼ばれる異界からやって来た事が判明した。
“大地”と“球体”を表す言葉からなる名であるらしい。
球状の大地、か。想像もつかんな。
この世界は平面の円盤状で、円盤を満たす海の中にこの大地が浮かんでいるというのが我々の定説だ。特に“遠視”の呪文を使った時に、それはよく実感できる。
もし球体であれば、遥か彼方のモノは、地面の下に隠れてしまう事になるだろう。
ふむ。まさに異なる世界と言うべきか。
それにしても、異界人、か……
この世界において、異界人は混沌をもたらすものとして排除の対象とされている。
私はかつて異界人と共に戦った事があるので、彼らに対して敵意はない。しかし、そうでない者達もいるのだ。
それが、アルセス聖堂騎士団である。
彼らはすべての異界人を殺し、地上からその痕跡を抹殺しろと主張している。
それは本来、神々及びその代理人である勇者と姫巫女にしか許されぬ行為。
しかし彼らは、“真なる造物主”の勅命と称し、そうした行為を行なっているのだ。
“真なる造物主”、か。
大地母神アゼリア様。そして天空神アルジェダート様。この二柱により作られたのが、この世界であると伝えられて来た。
しかし彼らは、その二柱は“真なる造物主”の使徒であるという。
そうした主張をする宗派は、一千年前の第十時魔王戦役に前後して現れ、次第に勢力を拡大しつつあった。
とはいえ、エルズミス大神殿の権威もあり、少なくともこの度の魔王戦役の前までは、異端宗派の一つに過ぎなかった訳ではあるが。
しかし魔王戦役後の混乱に乗じてガンディール王国を乗っ取り、大神殿の人事にまで口を挟もうとしている。
あの連中を押さえる力は、もはや私や大神殿にはない。
……! いかん。
このままぐずぐずしていては、あの連中がやってくるかもしれん。
この神殿に“何か”が起きた時、駐屯地にその事を知らせる仕掛けが設置されているらしい。
すぐに彼らを移動せせねば。
しかし彼らは、それを躊躇った。
せめて死者を弔ってやりたいと。
チラとゴロウの妻と思しき女性に目をやった。
彼女は、黒焦げとなって息絶えた幼い子を抱え、涙を流している。
誰もが悲嘆に暮れ、涙を流していた。
せめてもの別れを惜しみたい。
その思いは痛いほど分かる。
それならば……
私は魔法で地面に穴を穿った。
そしてそこに遺体を集めて入れ、すぐに埋めもどす。
それを終えると、すぐさまその場から我々は立ち去った。
アルセス聖堂騎士団の連中がやって来たのは、そのすぐ直後であった……。
私は幻術などを使って彼らを追い返し、そして改めて死者の弔いを行なった。そしてかろうじて焼け残った彼らの荷物をまとめさせ、移動を開始した。
そして歩くこと四半刻。
おそらく事故の音や煙を見て来たのだろうか? 森の奥から数人の男がやって来るのが見えた。
ゴロウ達の間に緊張が走る。
しかし、彼らは私の知り合いだ。
彼らが住むのは、この先にある小さな集落。
彼らは、ガンディール王国の難民。
転移者の子孫達もいる。
“渡り人”と呼ばれる彼らは、騎士団の追跡を逃れてこの地にやって来たのだ。
この森は、セルキア神殿の聖域。神殿関係者しか立ち入る事を許されない場所だ。
現状、聖堂騎士団ですら立ち入ることはない。
あくまでも現状は、だが……
この先に安全な場所があると知って安心したのだろう。ゴロウ達はその場にへたり込んだ。




