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3

――どこともしれぬ場所

 俺の目の前には一つのベッドがあった。

 そしてそこに横たわる佳人(ひと)

 栗色の髪。白皙の肌。そして繊細な顔の造作。それはやつれてもなお、美しかった。

 俺は彼女の手を握りしめ、ただひたすら(アゼリア)に祈る。


「〜〜様?」


 耳に馴染んだその声。彼女の声はか細く、今にも消え入りそうであった。


「目覚めたのか……。身体の調子はどうだ?」

「ふふっ……そうして手を握ってくれているだけでも、幾らかは辛さも安らぐ様です」


 彼女はそう言って、儚げに笑った。

 安らぐ、か。決して“癒える”訳でもなく。

 これは、不治の病。俺などでは、どうにもならない。

 己の無力に身を焦がす思いだ。


「すまない。俺では……」


 彼女の消えゆく命の炎を灯し続ける事など出来ない。


「いいのです。私は十分幸せでしたから……。これから先の、貴方の幸せを祈りましょう」


 これから先の、か。

 けれど、彼女を失った先の人生など、無意味ではないのか……


「〜〜〜!」


 俺は彼女の名を呼んだ。

 幾度も呼んだ名。

 あと幾度も呼べるか分からぬ名。


「〜〜様。もし生まれ変わることがあれば……また貴方にお会いできるでしょうか?」

「ああ。必ず会える。例えどこにいようと、探し出す。だから……」


 だから、もう少しでもいい。生きていてくれ。

 その言葉は、声にならなかった。


「…………」


 そして、彼女の唇が微かに動いた。

 声にならぬ声ではあったが……俺の名を呼んだのだ。

 そして……それを最後に、彼女の手が力なくベッドに落ちた。同時に、その身体から“生気”が失われていく。


「行くな、〜〜! 行かないでくれ!」


 俺は彼女の名を叫び、その手を再び握りしめた。



――朝

「〜〜!」


 ん? なんだ?

 誰かに呼ばれている。

 聞き覚えのない声。いや、ついさっき聞いたような?


「〜〜! 〜〜」


 身体を揺さぶられた。

 なにやら眩しい。

 どうやら朝だ。顔に日光があたっているようだ。


「う〜ん、あとちょっと」


 思わず声をもらす。

 ん?

 背中が痛い。

 硬いところに寝転んでいる様だ。

 床に寝たか? いや、ベッドから落ちたのかもしれない。

 そういえば、ヘンな夢を見た気がするが……そのせいか?

 ……いや、違う。アレは夢じゃない。肩や腕の痛みが、先刻の出来事が現実であることを教えてくれた。

 俺はおそるおそる目を開けた。



 最初に目に入ったのは青空だった。

 どうやら朝になるまで気絶していたらしい。

 空気がややひんやりとしている。

 そうか、ここはあの遺跡の中か。

 視線を下に下ろし……


「なっ!?」


 俺は思わず飛び起きた。

 俺は何者かに囲まれていたのだ。

 それは、鎧に身を包んだものたち。

 銀色の、装飾の施された鎧だ。頭を覆うフルフェイスのヘルメット。板金製の胴。肩や腰は蛇腹状の板が覆っている。そして手甲と足甲をつけている。プレートアーマーってやつだっけ?

 十字軍が使ってたようなのと似ているけど、それよりも軽装だ。

 にしても、なんでこんな格好で?

 いや……あんな怪物がいる場所だ。こういう連中がいても不思議じゃない、かもしれない。

 周囲を見回す。

 今寝ていたのは、石畳の上だ。申し訳程度に板が敷いてある。

 もしかしたら、彼らが俺を助けてくれたのかもしれない。


「俺を助けてくれたんですか?」


 とりあえず、一番豪華な――といってもそんなに大差があるわけじゃないが――鎧を着た相手に声をかけてみる。

 男は面峯をはね上げ、俺を見る。四十歳ぐらいの男だ。口ひげを生やしており、彫りの深い端正な顔立ちだ。多分リーダー格だろう。ん? どっかで見たことある様な、無い様な……


「〜〜〜〜」


 男の返答は、俺には理解できない言語だった。

 英語ではないらしい。ドイツ語やフランス語あたりとも違う気がする。中東や東南アジアの言語でもないっぽいな。正直、聞いたことのない言葉だ。


「〜〜」


 と、その時リーダー格のとなりにいた小柄の騎士が声を上げた。どうやら女性のようだ。

 そういえば、「“光槍”」や俺を揺り起こす声も、女性だった気がする。


「〜〜〜〜」


 リーダーは横を見、何事か返した。

 一つうなずくと、女騎士が前に進み出る。

 そして兜の面峯を跳ね上げた。

 二十才ぐらいの若い女だ。やや彫りの深い整った顔立ちで、色白の肌だ。

 あれ? どこかで会った様な……。いや、気のせいか?

 彼女は俺を見据えて口中で何事かつぶやいた。そして、俺に向かって右手を突き出す。その指先がほのかに光り、何か……仏像がやってる様な手の形――印ってやつだっけ? ――を結んだ。

 どういう原理で光ってるんだ? あれ……


「……“念話”」


 直後、俺の頭の中に声が響く。

 ん? 何が起きたんだ?

 突然のことに混乱し、周囲を見回す。


『あなたは何者ですか?』


 再びの声。


「え? な、何!?」

『“念話”を使って話しかけています。異国の人。あなたはどこから来たのですか? 我々は、転移門がこの場所に開いたことを感知して調査に来ました』


 先刻の女騎士と目があう。どうやら話しかけているのは彼女のようだ。


「転移門? それに……異国? ってことは、ここは日本じゃないのか?」

『ニホン? 知らない地名ですね。もしやあなたは“異界”からやって来たのではないですか?』


 女騎士の声に、かすかな翳りがあった。


「異界、なのかな? 学校の裏山にいたはずなんだけど、気がついたらここで倒れてたんだ」

『貴方一人で、ですか? 他に誰かいませんでした?』

「う〜ん……一人、なのかな? 裏山にいた時は近くにもう一人女の人がいたけど、ここで気付いた時は一人だったな」


 咲川先生はどうなったんだろうか? もしかしたら、先生もここにやって来たのか? 少なくとも彼らは知らないようだが……。


「……」


 彼女の表情が、一瞬険しくなった。

 あっ、先生のことに言及したのはマズかったか?


「〜〜〜〜」

「〜〜〜〜」


 女はリーダーと何やら話している。

 ん? “念話”とやらの影響か、少し話している内容が分かってきた気がする。どうやら俺の処遇に関することらしいが、くわしいところまではわからない。

 その間に俺は連中の姿を観察する。

 奴らは俺を監視しているようだ。多分、逃げることはできない。

 それも当然だろう。“異国”というからには、俺は外国人扱いされているに違いない。怪しいヤツを野放しに出来るわけがない。

 それにしても……鎧を着た連中に囲まれているなんて、どうにも現実感のない光景だな。別世界にいるようだ。

 そういえば、“光槍”に“念話”か……。まるで超能力……いや、魔法だな。

 もしかして、剣と魔法の世界に来てしまったのか?

 ん? そういえば奴らの胸にある模様……どこかで見たような?

 ああ、そうだ。アレに似ている。

 スマホゲームの中に出てきたヤツだ。


「アルセス聖堂騎士団か」


 そんなことを、思わずつぶやいていた。

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