6
――アルマーナ 北門
昼食後、俺たちは店を出、街の北側にある門に向かった。
手続きを済ませ、門を出る。
そして、門を出たところで、衛兵が倒れた男を取り囲んでいる場面に出くわした。
「何かあったんだろうか?」
厄介ごとでなければいいが。
「私、見てきます」
「あ、ちょっと……」
エルリアが行ってしまった。
――しばしのち
「どうやら旅人が行き倒れになっているようです」
「行き倒れですか」
戻ってきたエルリアの言葉を聞いて、ローベルトが進み出る。
そういえばこの人大司祭だっけか。行き倒れを見捨てる訳が無いな。
俺もその後をついていった。
ローベルトの姿を見、衛兵達が道を開けた。
そして、彼らの足元。そこにいたのは、茶色い髪の男だった。
しかし……酷い有様だ。
全身血まみれで、服はほぼボロキレのようになっていた。一見死んでいるようにも見えるほどだ。
「大丈夫ですか?」
ローベルトは服が汚れるのをいとわず、男を助け起こした。
地球人でいえば西洋人と東洋人の混血といった風体の、わりと整った顔立ちの若い男だ。俺とほぼ同世代か?
「あ……ああ……」
男はうめき声を上げるのみ。その顔には恐怖の影。誰かに追われていたのか?
「この方は、一体どうされたのです?」
「我々にも分かりません」
「分からない? 何故?」
「いつの間にかここに現れたんです。気が付いた時には、既にここで倒れていました。まるで忽然と現れたかの様に……」
忽然と現れた? いくら姫巫女と大司祭不在だからといって、こいつを見逃すほど規律は緩んでいまい。
それにしても、いったい何が……ん?
何かおかしい。
服の裂目の下にも血がべっとりと付いているものの、傷口らしきものは見当たら無い。
「彼の身体に出血はあります?」
「ん? そりゃ、あるでしょう……おや?」
ローベルトも気づいたようだ。この男の身体には、傷らしきものはない。
「……まさか、返り血か?」
誰かと戦い……そしてなんらかの理由でここに転移してきたのか?
「……誰かに治癒魔法でもかけてもらったんでしょうかね。微かではあるが、傷跡の様なものは見えます」
ローベルトの言。
ふむ、思い過ごしか。しかし、彼の身にいったい何があったというのか?
本人に聞いてみ無いとわからんか。
しかしこの男、どこかで見たことあるような……。
――四半刻後
俺達はひとまず男を門脇にある植え込みの陰に寝かせ、意識の回復を待った。
「ん……」
微かな声。
「目を覚ました様ですな」
ローベルトは男を覗き込んだ。
「大丈夫ですか?」
「うっ……ここは?」
「アルマーナの北門の外です。何があったんですか?」
「僕は……」
男は周りを見回す。
「わからない。なにかずっと……」
彼は頭をかきむしる。
「焦らないで。ゆっくりと思い出して下さい。貴方を襲った敵は、ここにはいません」
エルリアは男の傍にひざまずき、微笑みを浮かべて優しく声をかける。その姿は、慈愛に満ちた聖女といってもいいだろう。
だが……俺と同世代の男にあの笑顔が向けられるのは、少々複雑な気分だ。
見苦しい嫉妬だな。
俺が悶々としている間に、男は平静さを取り戻したようだ。
「ありがとうございます。僕は……」
笑みを浮かべ、礼を言う。
その顔は、誰かに似ていた。そうだ。アイツがそのまま成長すれば、こんな顔になっていたはず。
「ダニエル……」
「!」
俺がつぶやいた名に、男が顔を上げた。俺と目があう。
「……アキト?」
まさか、死んだはずのアイツが何故ここに? ってことは、もしかしたら同時に事故にあった俺の両親もこの世界にいるのか?
俺は呆然と立ち尽くした。
――オリーブの樹亭
俺達はダニエルを伴い、再び食堂に戻っていた。
ダニエルには俺の服の予備を与え、着替えさせてある。
「……生きていたんだな。何があったんだ?」
俺はダニエルに問うた。
「正直言って、何があったかわからない。飛行機に乗っていたら、突然エンジンが停止したとかいうアナウンスが流れたんだ。その直後に大きな衝撃があって、機体が裂け始めた。そして乗客が空中に吸い出され……」
「俺の父さんや母さんは?」
「ごめん。わからないんだ。気が付いたら一人っきりでこの世界の神殿っぽい廃墟の側で倒れてたんだ」
神殿っぽい廃墟……つまり、セルキア神殿か。
なるほどな。十年近く前の大爆発は、飛行機があの辺りに落下したために起きたのか。
「いいさ。正直、みんな死んだものだと思ってた。ダニエルだけでも助かってよかったよ」
落胆を隠し、つとめて平静を装う。
「そういえば、あの神殿のそばでこんなモノを拾ったんだけどな」
俺はポケットから黒焦げのボルトを取り出した。
「もしかしてあの辺りをもっと調べたら、飛行機の残骸があったかもしれないな」
「……かもしれないね。僕はすぐにそこから逃げ出したから、今どうなってるのかわからないけど……」
「何かあったのか?」
「ああ。実は、騎士みたいな連中に追いかけられてね。無我夢中で逃げたんだ。今でも夢に見るよ」
そうか、アルセス聖堂騎士団だな。
横目で見ると、エルリアが蒼い顔をしていた。
「ご……ごめんなさい!」
俺達に向かって頭を下げるエルリア。
「もしかしたら、私達の仲間がダニエルさんを追い回し、アキト様のご両親を……」
「いえ、あなたに追いかけらた訳でもないですし……」
「そうだぜ。エルリアが謝ることじゃないだろう」
「はい……」
ダニエルと俺に言われてエルリアは引き下がった。その顔は、心なしかほっとしている。
「そういえば、どのへんだっけ? 確かツバルだかキリバスだかへ向かってたんだよな?」
「うん。当時僕の祖父はあの辺りで仕事してたんだ。で、アキトのご両親もそこに行くことになったから、僕も一緒に連れて行ってもらったんだ」
「なるほどな……どうやらこの世界は、ちょうどそのあたりに“重なって”いるらしいな」
時差からすると、日本よりも三時間ほど早い場所。そして赤道近く……
そこを飛行機が突っ切り、“何か”が起きた……
「そうか、グレムリン」
魔物が現れるはずがない神殿周囲に現れたのは、飛行機の残骸があのあたりにあったからか。
機械やコンピュータに異常を起こさせる妖精。そして精密機器の塊である航空機。なんらかの理由で時空の境界が曖昧になり、向こうからこちらに墜落してきたのか?
「どういう事です?」
困惑した顔でローベルトが問う。
当然か。話に置いてきぼりだもんな。とりあえず俺の元いた世界のことを含め、かいつまんで話そう。
……どこまで理解してもらえるか分からんけど。
「なるほど……正直理解しがたい事ばかりですが」
首をひねるローベルト。ま、仕方があるまい。異世界の話をすぐ理解しろというのも無茶な話だ。
……俺の説明もアレだろうしな。
「ああ、そうだ。時折現れる“影の鳥”は、その『ヒコウキ』とやらかもしれませんね」
影の鳥。
リコートからアズレルへ向かう途中で見た、巨大な翼ある影だ。
どうやらここは、地球上と紙一重の空間にある様だ。
「ところで、今までどうやって生きてきたんだ?」
十代にも満たない少年がこの世界で一人で生き抜くのは不可能に近い。ましてや、異界人として狩る者達もいるのだ。
「よく……分からないんだ。記憶が混乱してて。誰かに追われたり、食べ物を分けてもらったり……」
……どういう事だ?
もしかしたら墜落の衝撃で脳に障害を負ってしまったのか?
何かがおかしい。
「アキト様?」
エルリアの声で我に返った。
そうだ。先生に見てもらえば何かわかるかもしれないか。
「エルリア、ローベルトさん……。ダニエルを大神殿まで連れて行ってもよいでしょうか?」
俺の問いに、二人はうなずいてくれた。




