2-EX 4
――しばし、のち
「バカ、な……」
私は、衛兵に押さえ込まれたまま呆然と呟いた。
この私が、敗れた? しかも、あの小僧に……? しかも、聖剣にまで拒まれた、だと……
ああ……私はどうすれば良いのか? もはや、主人にも見捨てられてしまうのか……?
私はただ呆然と小僧たちが去って行った扉の残骸を見つめるしかなかった。
――その後
私たちは衛兵によって引き立てられ、その詰所へと連行される。
「…………」
「……隊長」
同様に拘束されたサルバンの言。
もはや私には答える気力もない。
「サルバン様……俺たちどうなるんですかね……」
「ああ……こんなことなら付いて来なけりゃ良かった」
バラハとヒラムの歎声も聞こえる。
「馬鹿者! 聖騎士ともあろうものが……」
サルバンが彼らを叱責。
一方の私といえば、それに応じる気力もない。私の腕とともに、あの小僧に砕かれてしまった様だ。
最早、私には彼らを率いる価値も資格もないのかもしれん……。
――さらに、そののち
我々は、衛兵詰所の中にある拘置房に放り込まれる羽目になってしまった。
バラハとヒラムは一般用の雑居房に放り込まれた様だ。
私とサルバンは奥にある房に、二人で入ることとなった。
おそらく私とサルバンが統率者だからということなのだろう。
……と、何やら通路が騒がしい。
誰かがやってきた様だな。他にも何かやらかし、ここに放り込まれる輩がいるのか? 随分と忙しそうだな。
ふん……どのみち私には関係ないことだ。
しかし、その足音は私たちの房の前で止まる。
何だ? ……私に用があるのか?
私は顔を上げ……
「貴様は……」
髭面の、ヒグマのような大男だ。だが、その割には身なりは良い。カデス領主の関係者ではあるのだろう。とはいえこんな男に覚えはない。
しかし、だ。この胸の家紋には見覚えがあった。
まさか、この男は……
「シェカール、か」
「うむ」
信じられぬ。……私の記憶の中では、細身の伊達男だったはずだが。しかしよく見れば、確かに顔には面影がある。
時の経過というものは……時に残酷であるのかもしれぬな。
「エヴノよ。貴様に問いたい」
「……何だ?」
「貴様は今、一体何をしている? 貴様ほどの男が」
「何を、とは……?」
「聖堂騎士団に与し、あまつさえ、姫巫女を連れ出し聖剣を持ち出した……。そして、今回の狼藉。貴様ほどの男に一体何があったと言うのか?」
「…………」
そうか。
此奴らは知らないのだな。
第十三使徒であるヴァルコーネ様が降臨なされたことを。
「どうした? 私如きに答える舌は持たぬか?」
「……天命」
「何?」
「私は神意を受けた。ただ、それだけだ」
「馬鹿な!」
シェカールは吐き捨てた。
「天命など、あるものか! 貴様の腰の聖剣はどうした⁉︎ 姫巫女に去られ、聖剣からも拒まれた貴様にな!」
「……私は」
もはや語ることはない。
私にとってはもはやどうでも良いことだ。
しかし、
「このままでは、終われぬ」
誰にともなく、呟く。
「……もう、良い。しばらくそこで頭を冷やしていろ。私は、勇者様と姫巫女様を迎えねばならん。沙汰は、その後だ」
そしてシェカールは去って行った。
「……エルリアーナ」
我が姪。そして、ガンディール王国再興の希望。
最早それは、我が手にはない。
痛めた腕が、ズキリと痛んだ。
私に残されたものは……モノ、ハ。
『……目覚めよ』
突然脳裏に響く、“誰か”の“声”。
「誰、だ」
「……隊長?」
サルバンの声。
『今こそ我が使命を果たせ』
その声は私の心の中に染み入ってくるようであった。
同時に、激しい衝動に襲われる。
「う……」
頭が、割れるようだ。身体中が熱い。
「隊長⁉︎ どうされましたか! 隊長‼︎」
「ぐぅ……」
背中から、何かが飛び出た様な感覚。
「隊長……その、腕は」
怯えの混じる、サルバンの声。
ふと見ると、私の背中から“腕”の様なモノが一対飛び出ている。
服や鎧を貫通し、生えた“それ”。
まるで、甲殻類の様な外皮に覆われている。
これは……そうか!
「これがレジューナ様から戴いた“力”だ」
「れ……レジューナ、様が⁉︎ ……バカな! これは外法の“力”。
「違うな。レジューナ様は、使徒。レジューナ様こそが、造物主の神意。そして私は……レェジューナ様の使徒となった」
「そん、な……」
サルバンは壁際まで下がり、恐怖に満ちた目で私を見ている。
……神意を解さぬ愚か者が。
いや、レジューナ様の寵を受けていないのだから仕方があるまい。
さて、と。私はレジューナ様から授かった使命を遂行せねば。
「ギィ……」
と、新たな“腕”が鳴いた。
そうか。腹が減っているのか。使命を果たすには、“力”が必要か。
ならば、仕方がない。
「サルバン。我が糧になれ」
「えっ……隊長⁉︎」
「ケハァ……」
「あ……アア……」
新たな“腕”の両掌に、“口”が現れた。そしてそれはサルバンに牙を剥き……そして視界が真っ赤に染まった。
グチャグチャと咀嚼音が狭い独房に響く。
“腕”がサルバンを貪っているのだ。
そして、私の中に“力”が漲ってくるのが分かる。
「サルバンよ……よく私に仕えてくれた。これからも、私の“腕”として……」
『……違う』
突然、胸を締め付けられた様な感覚。
「……?」
私の中の“誰か”――あるいは、私自身かもしれぬ――が叫んでいた。
確かに……何かがおかしい。我が忠実なる部下にして友であるサルバンを喰らってしまうなど……。
こんなはずではなかった。何かが狂っている。何か……ナニカ……ナニ・カ。
『……何を迷うことがある? 我が忠実なる僕よ』
心の中、別の“声”が響いた。
これはレジューナ!
……否。レジューナ様!
「今こそ……我が使命を果たす時!」
レジューナ様に与えられた“腕”は、既にサルバンを貪り終えていた。
ならば、次だ。
私はその“腕”を拘置房の格子扉に欠けた。
そしてそれは、まるで飴細工の如く軽々とねじ曲がる。
と、そこに数人の足音が響いた。
「何だ⁉︎ 何の声だ⁉︎」
衛兵どもか。サルバンの断末魔の声を聞いてやって来たのか。ご苦労なことだ。
しかし、私には使命がある。こんな場所にいる場合ではない。
いや……その前にやることがある。
「貴様⁉︎ その姿は……」
「扉が破られた⁉︎」
「馬鹿な⁉︎ 化物か……」
衛兵たちの顔が恐怖で歪む。
そして流れ込んでくる“力”。
……ああ、美味だ。こやつらの“恐怖”は。
ついでに、もう少し“喰わせて”もらおう。
私の“腕”が衛兵たちに襲いかかった。
――詰所の一室
「……ふむ。これか。返してもらうぞ」
衛兵どもを貪り終えた私は、自らの剣を発見、回収した。ついでに連中の持っていた槍も失敬する。
……どうやら詰所の外が騒がしいな。おそらく逃げた衛兵が増援を読んだのだろう。
相手をしてやってもいいが、今は使命が先だ。
ならば……
私が念じると、“腕”は翼へと変化を始めた。そして見る間に力強い翼となった。
……よし。行くか。
翼を広げ、大きく羽ばたく。
私の身体は詰所の天井を突き破り、大空に舞っていた。
「カカ……カカカッ!」
さぁ……裏切り者はどこだ。かならずや、この手で始末してくれる。




