表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/113

2

――そして、現在

 廃墟の中を、何度も蹴つまずき、転びそうになりながら俺はもひたすら走る。

 そして、何とか奴を引き離した……はずだった。

 が、気がつけばヤツは目の前。

 絶体絶命だ。

 これはきっと夢だ。たとえ今殺されたとしても、きっと学校の裏山かどこかで目が覚める……などという考えは捨てるべきだろうな。

 そうであれば、すでに目覚めているはずだ。

 気がつけば、ほおにかすかな痛みがある。柱か何かにぶつかりそうになったときに付いた傷だろう。そっと手をやると、鉄のにおいがする、ぬるりとした液体が指に付いた。

 血だ。

 やはりこれは、現実だ。紛れもない……。

 このままであれば、間違いなく俺は死ぬ。いや、殺される。

 俺は……まだこんなところで死にたくない。

 死ぬわけには、いかない。

 ならば、せめて抵抗しよう。

 とはいえ、……どうする?

 ヤツと対峙しつつ、必死に思考を巡らせる。

 現状、武器になるものは鞄ぐらいしかないか。教科書やノートが入っているのでそれなりに重量はあるが、相手は石像だ。

 ……ダメだな。

 だが、このまま殺されるのはごめんだ。何か手はないか? 何か……。

 血のついた手を、きつく握りしめる。

 間違い無く、絶望的な状況だ。

 だが、不思議と絶望感はない。代わりに、心の奥底からふつふつと湧き上がってくるものがあった。

 怒りと、そして闘志。

 それらが、マグマのように俺の心の奥底で渦巻いていた。

 俺の中に、これほどのモノがあったのかと自分でも驚くほどの……。


『ここで死んでいいのか? こんな相手に殺されていいのか? 俺は……だったのだ。まだ、ここで死ぬわけにはいかない』


 心の奥で、誰かが囁いた。

 その時、やけに明瞭に心臓の鼓動が聞こえた。

 同時に身体の奥、ヘソの下あたりに灼熱の熱を帯びた“何か”があらわれた。

 何だ、これは?

 ……分からない。だが、とてつもない“力”を感じた。

 それは、おそらく今俺が欲しているもの。

 ……いける、か?

 分からない。だが、一か八だ。

 体当たりでヤツを転ばす。その隙に逃げるしかない。

 上背は俺と同じか少々小さいぐらい。重さは俺の二倍から三倍ぐらいか? だが、考えているヒマは……ない。

 ヤツが両腕の爪を振りかざして襲いかかってきたのだ。

 クソッ……

 覚悟を決めるどころじゃない。

 その一撃は、頭をすくめて必死に回避。

 そして、


「うりゃー!」


 同時に俺は地を蹴り、突っ込んだ。

 体を丸め、肩からヤツの胸元へ体当たりをかける。

カウンター、になればいいが……。


「ぐおっ!?」


 鈍い衝撃。

 俺は軽く弾き飛ばされる。

 だが、体当たりした肩以外には痛みはない。ヤツの爪は、上手いぐあいに回避できたようだ。

 すぐさま立ち上がり、視線を巡らす。

 ヤツは⁉︎

 その姿を確認。数メートル先で倒れ、あがいている。

 ……俺がやった、のか?

 あんな石の塊を遠くまで弾き飛ばすなんて、とてもじゃないが出来るわけがない。今までの俺ならば、だが。

 ……この“力”は何だ?

 身体の奥底から一瞬湧き出た“力”。まるで吹き上げるマグマのような……。

 火事場のなんとやら、みたいなものか?

 ……どうする? この“力”に頼ってヤツとやり合うか? それとも逃げるべきか。

 とまどう俺の前で、ヤツが身を起こした。

 ……しまった!

 痛恨のタイムロス。

 すぐに逃げるか追撃をかけるかすべきだった。

 仕方ない。

 俺はヤツと戦う覚悟を決めた。

 もう逃げることはできないだろう。

 生き延びる道は、コイツを倒す事だけだ。鞄を地面に放り出す。

 そして……


「ハッ!」


 先手必勝。

 立ち上がったばかりのヤツに掌底を一発。


「チッ……」


 しかし、軽く跳ね返される。

 あの“力”は発揮されない。

 さっきのあれは偶然か? しかし、確かにあれは俺自身の奥底から湧き出たもの。

 どうすればいい? どうすればまたあの“力”を引き出せる?

 焦りながらも、ヤツの大振りな一撃を掌で跳ね上げて回避。

 小学生の頃、爺さんからみっちり仕込まれた拳法の動きは、まだ身体が覚えていたようだ。


「フン!」


 前蹴りをヤツの腹に当て、反動で距離をとる。

 だが、


「何⁉︎」


 ヤツの腕が大きく前に振られ、ラリアートのように俺をなぎ倒した。

 そうだった。ヤツは上背の割に腕が長かった……。

 慌ててヘッドスプリングで立ち上がり……そこまでだった。


「!」


 ヤツの腕が、俺を捉えた。


「クッ……離しやがれ!」


 脚でヤツの体を蹴り上げる。が、当然のごとく効果はない。

 身体を捩って逃れようにも、万力のごとき力で押さえつけられてしまっている。

 掴まれた肩や上腕に爪が食い込み、骨がきしみを上げる。


「ッ!」


 ヤツの、大きく裂けた口が開いた。

 鋭い牙が、月光に輝く。

 これで、終わりか……

 俺はただそれを見つめるしかなかった。



 しかし、その時。


「“光槍”!」


 どこかで声がした。

 ……“光槍”⁉︎

 その声は、微かに脳裏にも響いた。そして、何故かその“言葉”にも覚えがあった。

 確か、これは……

 記憶を掘り起こそうとする間もあらばこそ、


「!」


 俺をつかんだガーゴイルの背中に、輝く棒状の“何か”が突き立った。

 光の矢? いや……槍だ!

 直後、ヤツの動きが止まった。

 そして着弾箇所を中心に、その身体に無数のヒビが入る。


『…………!』


 声なき断末魔。

 そしてヤツの上半身は、微塵に砕け散った。


「助かっ……た」


 俺は安堵の声を漏らし、そして意識が闇に飲まれていくのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ