2-EX 3
――城塞都市カデス
久々に訪れたこの街は、妙な緊張感に包まれていた。
門には完全武装の兵士が多数詰めている。まるで、戦時の様だ。そして、門から続く長蛇の列。どうやら検問が厳格化されているらしい。
一体何があったというのか?
あの小僧とエルリアーナがこの街に向かったというが、それとは関係あるのだろうか?
……まぁ、よかろう。今の我々には関係のないことだ。
小僧を斬り捨て、エルリアーナと剣を取り戻す。ただそれだけで良い。
……それにしても、忌々しい。
あの小僧は剣だけでなく私の馬まで盗んで行ったのだ。
あの馬は、イルムザール様の愛馬の孫。私自らが仔馬から育てたものだ。それを盗むとは、八つ裂きにしてやらねば気が済まん。
……それよりも、だ。
我々は門前に並ぶ連中を尻目に門へと足を向けた。
何やら並んでいる連中が非難がましい視線を向けてくる。だが、我々には使命があるのだ。
「止まれ」
と、数人の衛兵が我々のまえに立ち塞がる。
「カデスを訪れる目的は何か? 至急の用でなければ列に並んでいただきたい」
世迷いごとを。
とはいえ、元々ここの領主は聖堂騎士団を疎んじていたからな。こういう扱いなのは承知している。
「我々は聖堂騎士団。至急の用があるからわざわざここまで来たのだ。四の五の言わずに通してもらおう」
「ならば、証印を見せていただきたい」
……ふん。最初にそう言えば良いのだ。
「刮目して見よ」
私は懐中からレジューナ様から授かった印章をヤツらの目前に突きつけた。
「⁉︎ これは……アゼリア様の印! 宿る“力”は……まさしく本物! まさか、また……」
衛兵たちは呆然と立ちすくんでいる。
当然だろう。使徒から直接授かったものだ。本来ならばヤツら如きが拝める代物ではない。
……いや、『また』とはどういう意味だ? ああ、そうか。エルリアーナか。ヤツも印章を与えられていたのか。
「依存ないな? では、通らせてもらおう」
我らは連中を尻目に門を潜った。
――街中
門を出て大通りを歩く。
と、一つの建物が目に入った。
看板脇に白い狼の像。白狼亭だ。いつぞやイルムザール様に連れられて行った事があるな。懐かしい。
……おっと。思い出に浸っている場合ではないな。ヤツを探し出さねばならん。先を急ごう。
……ん?
見ると、店の脇の厩舎に見慣れた馬装の馬が繋がれている。
アレは……エルリアーナの馬か。
そしてもう一頭は、私の馬!
小僧、ここにいたか!
私はそこに向かおうと……
「アルセス聖堂騎士団の方ですな?」
追いすがり、声をかけてくる輩どもがいた。
また衛兵か? いや、ヤツらよりも上位の階級の様だが……。私に一体何の用だ?
「少しばかり、待っていただきたい。この街を訪れた理由を伺いたいが、宜しいか?」
「……下がるがいい」
バカなことを。そんなことをしている間に小僧に逃げられたらどうする。
我らは無視して馬の歩を進めようと……
「そこで停止していただく。これは、我が街の領主の命だ」
連中の顔色が変わった。そして、各々の武器を抜く。
「隊長。ここは一旦……」
サムエルの言。
この連中に従えと言うのか?
……まぁ、よかろう。
私は手綱を引いて馬を止めると鞍から降り、連中の前に立つ。
「感謝する。領主の館に……」
「断る」
「ぐゥッ⁉︎」
その顔に拳をくれてやる。
そんな時間はない。あの小僧を逃してしまっては、万死に値する。
「貴様……何を⁉︎」
「隊長⁉︎」
残りの衛兵たち……そしてサムエルたちの動揺の声。
しかし私は構わず歩を進める。
「待て……待てと言っている!」
白狼亭の扉の目前、追いすがってくる衛兵どもが再び私の前に立ち塞がる。
だが、無駄だ。
蹴りを一発。
それでヤツは軽く吹き飛んだ。
そしてそのまま扉に叩きつけられ、そのまま店内に倒れ込む。
「行くぞ」
私は後を追ってきたサムエルに言いおき、店内へと足を踏み入れた。
彼らは躊躇いながらも私の後に従う。
当然のことながら、店内は騒然としていた。
そして扉のすぐ先に、例の衛兵が倒れている。
足掻いてはいるものの、どうやら立ち上がる事ができない様だ。脳震盪でも起こしたかも知れん。ふん、私の邪魔だてなどするからだ。
それよりも、だ。ヤツは何処にいる?
騒ぐ客どもの中には……いないか。
まだ室内なのか? 店員に訊問すべきだろうか?
そう思いながら、ふと店の奥に目をやる。
そこには、若い男女が身を寄せ合っていた。
エルリアーナと……忘れるはずもない。忌々しい顔がそこにあった。
「ここにいたか、小僧」
小僧は無言で私を睨み返した。
そして私は、隣に佇むエルリアーナに視線を向けた。
その肩が、わずかに震える。そしてに小僧に身を寄せた。
私への怯えの混じる視線と、小僧への信頼感。
…………。
なんとも言えぬ苛つきを感じる。
「ふん……裏切り者が。最早貴様に価値はない」
思わずそんな言葉が私の口をついて出た。
何故そんな言葉が出たのか分からない。私にとっては可愛い姪。そして、かつての主君の娘だ。少なくとも、幸せになることを願っていたはずだ。それが、どうしてこんな……。
頭の片隅で、思い悩む。
が、既に私の意識はドス黒い“何か”によって塗りつぶされようとしていた。
いや、私の身体自体が、か。黒い“何か”が身体中から滲み出ているようだ。
そのせいか、店員や客達が壁際に逃れてしまっている。
その中で、あの小僧だけが私を睨みつけていた。
「エルリア……」
小僧がチラとエルリアーナを見る。
「お……いえ、エヴノ隊長、こ……ここにいては店に迷惑がかかります。表に出ま……」
エルリアーナが微かに震える声で、私に告げる。
同時に、私の中で殺意が一気に膨れ上がった。
私は剣に手をかけると、一気に踏み込む。
「逃げろ!」
気付いた小僧が叫んだ。
「ヒッ!」
エルリアーナはかろうじて私の初太刀を凌ぐ。
だが、甘い。
すぐさまもう一撃。
それは、胸部に命中。
だが、浅いか。マントを斬り裂くが、胸甲に弾かれてしまった様だ。
いや、それでもエルリアーナがまとう軽量の鎧なら斬り裂けるだけの威力はあったはずだ。
しかし何故……
と、斬り裂かれたマントの下の胸甲が露わになった。
そこにあるのは、我が騎士団の紋があるはずだ。だが……
「!」
現れたのは、金に輝くアゼリアの神紋。
姫巫女に与えられる紋の一つ。
そうか。城門の衛兵たちが言っていたのはこれか。やはりアゼリア様が降臨なされていたのか。
心の奥底で安堵する。
が、小僧の姿が視界に入り、また憎悪で心が曇る。
ヤツは剣を抜き、構える。
と、刀身がかすかな燐光を発し、刻まれた文様が浮かび上がった。
あれは……まさしく聖剣クルトエルカ。私の剣。そしてイルムザール様の剣。
イルムザール様の意思を継ぐべく、私が大神殿より持ち出したものだ。何処の馬の骨とも分からぬ小僧が使って良いものではない。
しかし、ヤツの手にある剣は、勇者のみが扱える“真の姿”となっていた。祝福を受けし姿、か。
だが、それを持つ事を許されるのは貴様ではない。天空神アルジェダートの末裔たる真の勇者だけだ。そして真の勇者が現れるまでは、その剣は私が守らねばならぬのだ。
「小僧……その剣を盗んだ罪は重いぞ。その首、撥ねて晒し者にしてくれる」
私は小僧を睨みつけた。此奴は斬らねばならない。我が命に代えても。
「コレはあの方からいただいた剣だ! もうアンタとは関係ない」
しかしヤツは動じず、生意気にも戦う構えを見せた。
「聖剣だ……」
「まさか、また勇者様がこの店に⁉︎」
客供の声。
ふん……惑わされおって。あの素人丸出しの構えも分からぬか。
「あれはアゼリア様の印……。まさか、姫巫女様⁉︎」
それは紛れも無い事実だ。
しかし、彼奴は騎士団から離脱してしまった。最早……
「ふん……だからどうしたというのだ? 我らは選ばれし聖堂騎士。そんな紋章など、我らの前では無価値だ」
例え何者であれ、主人の命じた者は、斬る。
例えそれが、女神アゼリアに認められし“勇者”であってもだ……。




