2-EX 2
――おそらくは数刻後
「……!」
何者かの声。
そして、頭の中にかかっていたもやが腫れていく感覚。
ふと気がつくと、私はレジューナの前に立っていた。
「なっ⁉︎ 何が……」
思わず間抜けな言葉を口走ってしまう。
一体何が起きているのだ? 私は先刻、セルキア神殿で異界人の小僧と対峙し、ヤツを始末するべく“神罰”を放ったはずだ。それが何故……。
夢でも見ているのであろうか? それに、この場所は一体⁉︎
今いる場所は、窓もない部屋だ。
長さ、幅ともに1レン(約4m)を少し超えたぐらいの大きさである。
壁際には棚と書架が並んでいた。そして中央には、大きな机。
魔導師の研究室といった風の部屋か。昔、イルムザール様に連れられて訪ねたことのある、魔女ヴァレンティーナの部屋もこんな風であったな。
……といっても、あっちはもっと乱雑ではあったがな。そういえばあの時は、イルムザール様と一緒に部屋を片付ける羽目になったか。
ああ、懐かしい。あの頃は……
「ふふ……お目覚めかね?」
私を現実に引き戻すレジューナの声。
……そうか。やはりこの有様は夢ではないのか。
「うむ。それにしても、ここは一体? それに、私は、確か……」
「異界人を討伐に向かったのだろう?」
「ああ、そうだ。しかし、私は何故ここに?」
思い出せない。あの後、一体何が起きたというのだ?
「やはり、覚えていないか。君達は、異界人を討とうとしたが、その時に邪魔が入ったのさ」
「……邪魔、だと?」
我らの邪魔をする者……。一体何者なのだ?
「そう……邪魔者は、女神アゼリア。いや君達にとっては使徒アゼルか」
「バカな……彼の方が、何故……」
女神アゼリア。大地母神にして、運命の女神。そして、姫巫女の守護者。
魔王戦役以来、ほとんど姿を現さなかったあの方が、だと⁉︎ しかも、異界人を守るとは……?
「アゼリアは変わってしまったのさ。地に堕ち、穢れてしまった。もはやアレは、かつての使徒アゼリアではない」
ヤツがまとう雰囲気が変わった。
何というか……怒りや焦燥などがないまぜになった様な……
それに、だ。女神に対して“アレ”、か。随分と不穏当な発言ではある。
しかし、今此奴から感じる魔力はかつて対峙した上位魔族に匹敵……いや、上回るほどのものだ。それどころか、この清浄なる“力”。あるいは、此奴は……
「レジューナ、殿? あなたは、一体……」
「ふふ……気付いた様だね」
表情を強張らせた私を見、仮面の下でレジューナが笑う。
「私のもう一つの名はヴァルコーネ。造物主の第十三使徒さ。我が主人の命を受け、この地に降臨したのだ」
「そっ、それは……まさか!」
造物主の使徒だと!? それに、第十三使徒?
我らの教義では、“使徒”と称される存在は十二柱だったはず。いや、十三番目の使徒に言及した文献もあったそうだが……
いや、それよりもだ。
「レジューナ様。いや……ヴァルコーネ様。不肖なる信徒である私をお許しください」
思わずその前に跪いていた。
レジューナから感じるのは、まさしく“神気”。まごうことなき我が主の使徒。
「ふふ……面をあげなさい。あなたを許す事など、何もない。それと、レジューナで良い。使徒の名はあまり口にして欲しくないな」
「ハッ」
私はその言に従い、顔をあげた。
我が主人レジューナの目が、私を見つめる。
「それよりも……また貴方に命じる。異界人を討つのだ」
「はい! それはもちろん……」
名誉挽回の機会を与えられるのならば、喜んでヤツを討ちに行くつもりだ。今度こそ、確実に仕留めてみせる。
「そして、姫巫女も奪還せよ。姫巫女はアゼリアにたぶらかされ、あの異界人とともにエルズミスへと向かった様だ」
「エルリアーナが……」
我が姪。
私にとって、最後の切り札。そして王国再興の希望。
それが、何処の馬の骨ともわからぬ男とともに……。
腹の底が煮え繰り返る。
「そして、“聖剣クルトエルカ”の奪還もだ」
「!」
何だと⁉︎
私は慌てて腰に手をやった。
……無い。
私の、剣が……。
あの剣、聖剣クルトエルカはかつて私が仕えた、勇者イルムザール様が使っていたものだ。イルムザール様の死後、長らく大神殿の宝物殿で眠っていたそれを私は持ち出し、使っていた。
無論、勇者ではない私には、この剣に眠る“真の力”は引き出す事ができない。ゆえに、今はただの剣である。それでも私は、イルムザール様の意志を継ぐため、そして新たな“勇者”にこの剣を託すため、この剣を持ち出したのだ。
その剣を……その剣を無くしてしまったと言うのか⁉︎ 私としたことが……
「そう。今クルトエルカは異界人の手にある。アゼリアが君から奪う様に命じた様だ。それを取り戻して来てほしい。もし成功すれば……その剣を、改めて君に授けよう」
「……ハッ!」
望むところだ。必ずやあの男を血祭りに上げ、エルリアーナと聖剣を取り戻してくれる。
……私の心中に沸いた、ドス黒い“何か”。それは次第に私の心を塗り込めていく。
わずかに感じた疑念すらも飲み尽くして……
「ふふ……いい顔だね」
そんな私を見、レジューナはほくそ笑んだ。
「では……今、君に“力”を与えよう。立つがいい」
「はい」
私はレジューナの言に従い立ち上がる。
そしてレジューナは私に歩み寄った。
そして仮面を外した。
現れたのは、若い女の顔。
「その顔は……」
確かにこの女に見覚えがあった。はっきりとは思い出せないが、どこかで会っていたはずだ。そう、あれは……あれは確、か。
私は記憶を探ろうとした。だが、その時、レジューナの瞳が妖しく光る。
……!
その目を見た瞬間、私の身体は金縛りにあった様に動けなくなる。いや、思考もだ。まるでまた脳内に靄がかかったかの様だ。
思考が散漫になり、ただ棒の様に立ち尽くす。
「ふふ……さぁ、これから施術を行う。さぁ、ついて来てくれ」
「は……い」
私はレジューナの命ずるがまま、歩き出した。
――のち
私は薄明の中、我に帰った。
ここは……。
見慣れた室内。私の私室だ。
窓の外を見る。
どうやら朝の様だな。
う……む? 一体今まで何を?
…………。
ああ、そうだ。
異界人討伐に行き、そして……我が主人レジューナ様に“力”をいただいたのだった。
そしてこの“力”を使い、やらねばならないことがある。
私はベッド脇に立てかけてあった剣を手に取る。
私が聖剣を入手する以前から使っていたものだ。
聖剣クルトエルカとは比べ物にならないとはいえ品質の良い品である。
それを腰に下げると、部屋を出た。
「エヴノ様⁉︎ いつお戻りに?」
扉の前で控えていた従騎士のレナンが慌てて居住まいを正した。
どうやら私がこの部屋に戻っているのを気づいていなかったようだ。
私自身、この部屋に戻るまでの記憶がない。それまで一体何があったのか? 頭の片隅を疑問が過ぎる。
が、今はそんなことを考えている場合ではない。
「サルバンを呼べ」
「は……はい!」
レナンは一瞬呆然としたものの、慌てて廊下を走って行く。
その背中を見送ると、私は執務室へと向かった。
――しばしのち
「こちらでしたか、隊長」
サルバンが姿を現した。その徒には二人の騎士が付き従っている。
「セルキア神殿から戻って以来、隊長の姿が見えないので心配しておりました。顧問殿は『用事があるので今は外出している』とおっしゃっておられましたが……」
「ふむ。そうか」
まぁ、大したことではあるまい。
それよりも、重要なことがある。
「聖剣クルトエルカが賊に奪われた。そして、姫巫女エルリアーナもだ」
「そんな、まさか……。神殿で雷撃を浴びてからここに戻ってくるまでの記憶が曖昧でしたが、そんな事になっていたとは……」
サルバンの説明によれば、彼らもまた気がついたときにはこの砦の中にいたと言う。そして、彼らの前にいたのはレジューナ様。どうやら我々は、催眠をかけられた状態でこの駐屯地まで帰ってきたらしい。
忌まわしいことだ。
地に堕ちた使徒アゼリア、か。
我が誇りを奪った連中をこのまま放置するわけにはいかん。
だからこそ……
「行くぞ」
「えっ? 隊長⁉︎」
「何をしている!? あの小僧を殺しに行くぞ!」
「しかし、今ほとんどの騎士たちが……」
「何⁉︎」
サルバンの言によれば、神殿に赴いた騎士たちは、現状ほとんど動けない状態であるらしい。あの雷撃を受けた時のダメージによるものだそうな。
その中でもまともに動けるのはサルバンとサムエル程度だ。
ふむ……
残る未熟な騎士たちを連れていくべきか?
いや、レジューナ様からいただいた“力”がある。
「ならば、私一人が行くだけだ」
私は馬の準備を命じようと……
「分かりました。私も行きます。バラハ、ヒラム! 同行しろ。サムエル、後は頼んだ」
バラハとヒラムは騎士になったばかりの若手だ。とはいえ、騎士に任じられるだけの腕はある。そしてサムエルはこの駐屯地でも屈指の腕前だ。
これならば問題はあるまい。
そうして我ら四人はあの小僧を討つために駐屯地を発った。




