2-EX エヴノの回想 1
――森の中
ふと気がつくと、私は小さな塚の上に立っていた。
……はて? 先刻私はあの少年に討たれ、死んだはずだ。何故……
そう思いつつ、空を見上げる。
どうやらあの時からさほど時間は経っていない様だ。日の傾きから察するに、半刻(約一時間)弱ぐらいか?
そして、今度は身体を見下ろすが……。
「!」
姿こそ生前とは変わらない。だが、今の身体は半透明であった。
そうか。
私は確かに死に、そしてこの塚へ葬られたのだ。
しかし、今の有様はどういう事だ?
国を裏切り、女神を罵り、そして勇者と姫巫女に剣を向けた者の末路。それは無間の闇に堕とされ、未来永劫苦しみ続けるはずだ。だが……
「アキト様……良かった」
と、その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
ふとそちらに視線を向ける。私の姪、エルリアーナだ。
身を起こした少年の傍らで、涙を浮かべている。
そうか。あの少年も無事か。
あの傷だ。並の術者の治癒魔法を受けても、おそらく数日は動けまい。エルリアーナは姫巫女だけあって優れた術者であるが、それでもこの短時間で立ち上がれるほどの治癒力は持ってはいまい。
相当優れた術者でなければ……
……ん?
懐かしい“気配”を感じる。
ああ、そうか。この魔力は……“彼”か。
彼ならばあの少年を短時間であそこまで回復させる事も可能であろう。そして、私を葬ってくれたのも。
大司祭ローベルト。彼には散々迷惑をかけたな。まさか死ぬ時までとは思わなかったが。一度礼を言っておくべきなのだが、この有様ではな。
思わず苦笑する。
と、エルリアーナが私を指差す。そして周囲を見回していた少年が私の方を見た。
ん? 見えているのか?
「そうか……」
少年が呟く。
その声には、自責の響きがあった。あの状態だった私を殺しても、自分を責める必要はなかろう。声を掛けようにも、身体は無いか。
そして、少年は地面に拳を叩きつける。
「アキト様!?」
エルリアーナ慌てて制止した。
「俺は……殺してしまった」
その両の掌を見る。
「〜〜〜!」
少年は声にならぬ絶叫を上げ、地面に崩折れた。
と、エルリアーナは少年に寄り添い、肩を抱いた。
少年は、自らを責め、呻く。そしてエルリアーナも、静かに涙を流していた。
エルリアーナ……
私の死を悲しんでくれるのか。私の身勝手な行為で振り回されながら……。
騎士団などに連れ込んだ為か女神の“声”を聞く“力”を失い、そして見知らぬ男のもとに嫁がされる……。
姫巫女の資格を持って生まれなければ。いや……もし私が騎士団に連れ去らねば。
もしかしたら、あの子をここまで苦しませる事はなかったのかもしれぬ。
いや……それどころか、あの子を手にかけようとまでしてしまった。
それが、あの魔導師によって仕向けられえたものだとしても、決して許されるものでは無い……。
――数日前 執務室
私は仕事の手を休め、紅茶を啜った。
ここはアルタワールにある駐屯地――正式名、ネヴィラーム神殿――の執務室。この地の駐屯地の長たる私に与えられた部屋だ。
「ふぅ……」
カップを置くと、一つ息を吐く。
どうにも最近、状況が思わしくない。
騎士団首脳はおそらく私を排除し、エルリアーナを使ってエルズミス大神殿を従属させようとしているのだろう。
大それた話だ。聖堂騎士とはいえ、騎士団ごときが大神殿を従属させるなど、あってはならぬ事だ。
私はガンディール王国を再建し、また大神殿の権威を復活させるためにこの騎士団へと身を投じたのだ。そんな企みなど、許す訳にはいかん。
しかし、そんな私の行為は完全に裏目に出てしまった。騎士団首脳部は、我々を王国乗っ取りの手駒としてしか見ていなかったのだ。
だが、私は王国再建の夢を諦めてはいない。いつかあの連中を見返してやらねば。
とはいえ私単身では、どうにもならん。しかも、本部のある旧王都ヴィラールから遠く離れたアルタワールの駐屯地ではな。
が、一つの手がある。
エルリアーナを王家の血を引く有力貴族に嫁がせ、王国諸侯との連携を図るのだ。そして彼らの力を借りて王国を立て直す。
そのための手は、既に打ってある。
バレンガン領主の嫡子、カルヴァン。王族としては傍流ではあるが、かつての勇者ヴェルザンドの末裔でもある。そして先の戦役での英雄の一人、方伯カルフェンの孫。
血筋の上では文句のつけようがない。
そして武勇に優れた人物だとも聞く。
彼を婿に迎え入れる事が出来れば、王国再建に大きく近づく事ができるであろう。そして、先方からも、色よい返事ももらってある。
私は机の引き出しから一つの封筒を取り出し、眺めた。
これが、その手紙だ。
さて、これからどう話を進めるか。
私はもう一口紅茶を飲むと、思索を始めた。
と、扉がノックされた。
「入れ」
その声に応じ、扉が開く。姿を現したのは、私の側近の一人。二十代後半の、がっちりとした体躯の男だ。今一つ融通か気がないが、真面目で職務に忠実な男である。
「どうした、サルバン」
「隊長、本庁からの使者がやって来られました。どうされますか?」
使者、か。
……こんな時にか。だが、無視をする訳にもいかん。
「そうか。通せ」
「ハッ!」
サルバンはすぐに踵を返した。
「ふむ……」
私は閉じた扉を眺め、しばし考え込んだ。
本部から、だと? いったい何の用だ?
いやまさか、な……
私は机の上にあった封筒を、引き出しの中へと仕舞った。
――しばし後
サルバンは一人の男――おそらくは、だが――を連れて戻ってきた。
フード付きのローブをまとい、顔には仮面を着けている。
体格は私よりも背が低く、そして華奢な様にも見える。
騎士、というよりも魔導師といった風体だな。一体何者だ?
「遠路はるばるようこそ。私がこの駐屯地の長を預かるエヴノだ」
席を立ち、ヤツを迎える。
「ふふ……よろしく、エヴノ隊長。私は騎士団顧問レジューナ。本庁より団長の命を受け、こちらへ参った」
ヤツの声。
男とも女ともつかぬ、中性的な声だ。
そしてその名。どこか聞いたことがある。
にしても……騎士団顧問だと⁉︎ かつてはともかく、現時点で顧問がいるとは初耳だ。一体いつの間に?
「ああ。こちらこそよろしく頼む。ところで、ここには何の目的で来られたのか?」
問うてみる。
思い当たるフシも無いではないからな。
「ああ。この駐屯地の視察にね。なにぶん、ここは本部の目が届かないので、一度状況を見てきてほしいとのことだ」
「なるほど。ここはセルキア神殿を監視する要所。我らはそのことを肝に銘じ、任務に就いている」
セルキア神殿。
そこは、時折異界の門が開く場所。異界人排除をその任務の一つとする我らアルセス聖堂騎士団は、故にこの地に駐屯地を構える必要があったのだ。
そのために、かなり強引な手を使ったと伝え聞いているが……
「ああ、それはよくわかったよ。この駐屯地の騎士達の練度は、それなりに高い様だしね」
「うむ、そうであろう。その辺りに抜かりはない」
評価してくれるのは、ありがたいものだ。出来れば余計な事をせずに帰ってほしいものだがな……。
「それと、もう一つ」
そんな私の思いを知ってか知らずか、ヤツは仮面の下でニヤリと笑った様だ。
「……何か?」
「君の姪、姫巫女エルリアーナ殿のことさ」
「……!」
どういうつもりだ?
私は平静を装おうとし……しかし表情が一瞬こわばるのを感じた。
「ああ。もうそろそろ相手を見つけてもいいのではないかという話さ。本部でも、幾つか縁談が持ち上がっていてね」
「それは……本人に聞いてみなければ、何とも」
私の計画がバレたのか? いや……そう思うのは早計か。エルリアーナは年頃の娘だ。器量も良い。
「ふふ……そうだな。だが、考えておいてもらいたい。悪い話ではないはずだ」
「……そうか」
「ああ、そういえばもう一つあったな」
「まだ、何か?」
「君をリシュートに転任させようという話も出ているよ。南方はまだまだわれ話の力の及ばぬ場所。魔族の残党もまだまだ沢山残っているという話だしな。君の力が必要とされてるのさ」
「そう、か……」
アルタワール南方にある交易都市リシュート。
そこにも我らの駐屯地は存在する。
しかしそこは、神殿の一角を間借りするだけの、小規模なものだ。
ていのいい左遷、という事か。
「まだそれは、決定事項じゃないさ。……君の活躍に期待しているよ」
そう言い残すと、レジューナは執務室を後にした。
サルバンが慌てて後を追ったが……その姿は駐屯地のどこにも確認できなかった。駐屯地から出て行く姿も目撃されていない。全ての門に門番がいたにもかかわらず、だ。
まるで、先刻この部屋にいたのがまるで嘘の様に、その姿は消え去っていたのだ。
一体何だというのだ……
私は得体の知れない不安と焦燥に駆られた。
それにしても……『期待』か。
フン。言いたい事を言ってくれるな。
何者かはわからんが……いつか鼻をあかしてくれよう。
――翌日(昨日) 朝
侍者の声に目を覚ました私は、一つの紙切れを手渡された。どうやらエルリアの侍女からのものらしい。
ふむ……
二つ折りの紙だ。表には、エルリアの名。至急の用との事だ。
開いてみる。と、中に何やら書いてあるな。
これは!?
エルリアーナの書き置きだ。セルキア神殿の転移門が開いた可能性があるとの事だ。昨晩のうちに一人で調査に向かったという。
「ほう……」
朗報だ。
私はツイている。こんな時に異世界人討伐の機会が得られるとはな。
我々がここで異世界人を討伐すれば、私の左遷話も立ち消えになるかも知れん。エルリアーナの実力なら異世界人一人ぐらいどうにでもなるはずだ。
「エルリアーナはどうした?」
「いえ……まだ帰って来られていないようです」
「ふむ……」
まだ帰ってきていないのか。
もしかしたら、複数人の転移者がいたのか?
これは……確認しておいたほうがいいな。
「よし、すぐに出立する。準備を急げ!」
私はサルバンをはじめとする十名ほどの騎士を引き連れ、神殿へと向かった。そこに待ち受けている運命を知らずに……




