7
――おそらくは半刻(約一時間)後
俺は何とか意識を回復していた。
どうやらエルリアの治癒魔法だけでは危なかったらしい。たまたま街道を通りかかった旅の僧侶がエルリアの“神雷”を見て駆けつけてくれたようだ。
彼は俺の回復を見届けると、去っていった。
もしまた会う機会があれば、改めて礼を言わねば。
俺は立ち上がり、身体を動かしてみる。受けた傷はほとんど消えていた。折れていたはずの右の鎖骨や左下腕の骨もつながっており、支障なく動く。
たいしたものだ。ずいぶん高レベルの僧侶だったらしい。ゲームの裏設定によれば、下位の治癒呪文だと傷を塞ぐだけであり、骨折などは治癒期間が短くするだけの効果しかないとの事だった。それこそ内蔵の損傷や骨折まで瞬時に治すとなると、LV30以上は確実か。
そんな人がたまたま通りすがるとは、どれほどの幸運か。
多分、俺の幸運度は50を超えて……
まぁその辺はゲームなら、だけどな。
もしかしたら、先生の配慮かもしれん。
それはともかく。
「アキト様……良かった」
エルリアは俺の姿を見て、涙を浮かべている。
「いや、エルリアこそ。あの出血で、よく……」
「いえ……私の怪我は自分の治癒呪文で治す事は出来ました。ですが、アキト様の治療には……」
「いいさ。生きのびたんだからさ」
彼女の手には、先刻の角錐状の石が握られていた。
そこで、ふと思い出した。
そうだ、俺はエヴノを……
周囲を見回すが、その遺体は見当たらない。地面のシミがあるだけだ。
「ええ、お……いえ隊長なら、さっきの方が葬ってくれました」
彼女の指差す先を見ると、小さな塚があった。その上には、丸い石。
「そうか……」
俺が倒した相手。俺を殺そうとし、エルリアを傷つけた憎い敵。
だが、なんだこの感覚は?
この身体にまとわりつく感覚……
なにか、精神の奥にわだかまる闇が具現化したようだ。
これは……そうか。人を殺してしまった“業”。これを俺は背負わねばならないのか。
考えてみれば、当然か。あんな姿になっても、元はただの人間だったのだ。
おそらくは家族もいただろう。それを、俺は……
「……っ!」
地面に拳を叩きつける。
「アキト様!?」
エルリアが俺の腕を抱えて制止する。
「俺は……殺してしまった」
両の掌を見る。
見慣れた両の手。しかし今は、見えぬ血に塗れているのだ。
覚悟はしていたはずだ。だが……。
「〜〜〜!」
俺は声にならぬ絶叫を上げ、地面に崩折れた。
「……落ち着きました?」
しばらく後、エルリアの声に、その膝から顔を上げる。
だが、彼女の顔を見ることはできない。ひどい顔をしているのがわかるからだ。
「ここで倒さねば、私達が死んでいました。仕方のないことです」
そっと彼女の手が俺のほおを包む。
「俺は……殺し、殺されることとは無縁に生きてきたんだ。俺のいた国は何十年もずっと平和で、殺人はあまり起きないんだ……」
「平和な国なのですね。羨ましい……。でも、この世界はそうではないのです。些細な事で戦いが起き、人が死ぬ……。そういう場所なのです」
彼女の言葉には、優しさと、俺を諭す強さがあった。
「俺は……背負っていけるのだろうか」
おそらくは、残りの人生六十年ぐらいか。ずっとこのことを背負い続けねばならないのか。
「あなただけではありませんよ。私だって背負っていくのです」
エヴノは彼女にとっては元上司か。だとすれば、俺よりも罪は重いのかもしれない。
「強いな、エルリアは……」
「強くはありませんよ。私だって、こうしなければ耐えられませんから……」
彼女は俺の顔を上に向けさせた。
「え?」
そして彼女の唇が、俺の口を塞いだ。
――しばしのち
「……なぜ?」
俺は服を整えつつ、彼女に問う。
俺の視線を受け、エルリアはマントで前を隠しつつ、気だるげに裸身を起こした。
「慰めとか同情ではないですよ。……ッ!」
そこで彼女は顔をしかめた。
「すまない」
慌てて彼女に駆け寄った。
ずいぶん荒っぽく扱ってしまった。
彼女はその身をもって俺の心を癒してくれたというのに……。
「私だって、誰かに隣にいて欲しいと思う時ぐらい、あります」
彼女はぽつりと呟いた。
俺は何と返せばいいかわからず、黙る。
そして、しばしの沈黙。
「……さ、行きましょう! ぐずぐずしていたら日が暮れてしまいます」
その間俺をじっと見つめていた彼女はやおら立ち上がった。
そして足元の服を身につけ始める。
「す……少し手伝ってもらえますか? 鎧を着るのを……」
「ああ」
俺は彼女の鎧を拾い集め始めた。
――国境の街 アズレル
この街の門をくぐる頃には、既に日が暮れていた。
馬が俺たちが戦った場所の側にとどまっていてくれたのは、不幸中の幸いだった。
もし馬を失っていたら、到着は夜になっていただろう。
大通りを歩きつつ宿を探していると、一人の僧侶に声をかけられた。
俺達の治療をしてくれた旅の僧侶だ。
俺達は改めて礼を言う。
そればかりか、彼は俺達が宿を探していると聞いて、馴染みの宿屋を紹介してくれた。
俺たちの姿をしばし眺め、冗談交じり――多分――で連れ込み宿の方が良いかなどと言っていたが、それはスルーした。
徳の高い僧侶のハズだよな? この人……
――宿屋 聖者の道亭
この宿は元々別の名であったが、かつて勇者と共に戦った大司祭ローベルトが若い頃に常宿としていたこともあり、この名としたそうだ。ゲーム上では「旅人の道亭」であったが、これが元の名前らしい。
幸い部屋に空きがあり、今晩の宿を確保することができた。
部屋に荷物を置くと、食堂に向かう。
夕食は、ビーフンのような麺と煮込み野菜のスープ。そしてメインの鶏料理だ。
麺はヨーグルトにスパイスを効かせた、甘辛いソースにつけて食べる。野菜スープはナスや大根などをハーブやスパイスなどで煮込んだものだ。鶏料理は、下味をつけた骨つきの鶏肉をオーブン窯で焼いたものだ。タンドリーチキンが近いかな?
それをエールを飲みつつ食べる。
とても美味い、はずだが……どういう訳か味気なく感じる。
いや……単純にさっきのことを引きずっているだけだな。
……飲んで忘れよう。
一通り食べ終えると、カウンター奥の棚にあった酒を注文。サトウキビの酒らしい。ラム酒だっけ?
それをもらうと、席に戻る。
「アキト様……」
エルリアの視線が痛い。
「大丈夫さ。いろんな酒を味わってみたいからね」
そう言って、俺はラム酒をあおる。
甘い。そして香りもなかなかだ。そしてしばらくして襲ってくる、強烈な酩酊感。
もう一口。
身体が熱くなる。そして多幸感。これならイヤなことも忘れられそうだ。しばらくは。
さらに、もう一口……
と、エルリアがグラスを持つ手を押さえた。
「アキト様、それぐらいにしたほうが……」
「すまん、もう少し……」
「ダメです!」
彼女は俺の手からグラスを奪い取る。そして一気に飲み干した。
「お……おい」
彼女はふらつき、咳き込んでいる。大丈夫か? そういえば、エルリアもかなりエールを飲んでた気が……。
「治癒魔法で酔いは醒せるから大丈夫です! でも、心は魔法では治せません。さぁ、私が癒してあげます!」
俺の心配をよそに彼女は宣言すると、俺をぐいぐいと引っ張っていく。
食堂中の目が俺達に集まった。
勘弁してくれ。視線が痛い……。
――部屋
彼女は俺をベッドの上に突き飛ばした。
「うおっ、何を……」
抗弁しようとする俺に、彼女が覆いかぶさる。
「アキト様。何故そんなに自分を責めるのです?」
「それは……」
俺は彼女の視線に耐えられず、目を逸らした。
「エヴノを殺し、エルリアを……」
「私は別に構いませんよ。いずれ、意に沿わぬ婚姻を強いられる身でしたから」
「しかし、エヴノは……」
「あの人は、腐っても聖堂騎士です。歪んでしまったとはいえ、名誉ある戦いで死ぬことは不本意な事ではありません」
「名誉ある……?」
「勇者との戦いですよ。女神の祝福を受けたアキト様と戦い、討たれた。アキト様の世界でどうだったかは知りませんが、この世界では不名誉な事ではありません。騎士とはそうした覚悟を持っているはずですから」
「そう、なのか……」
地球でも、一昔前の中世の武士や騎士はそうだったか。変に思い悩むということは、ある意味死体を蹴るようなものかもしれない。
「……受け入れるしかない、か」
「そうですよ。姫巫女の私が良いって言っているのです! アキト様に罪はありません」
「お、おい……」
自信満々の顔で俺を見下ろす。
……目が据わってるな。相当アルコール回ってるんじゃないか?
「その目は信用してませんね⁉︎」
「い、イヤソンナコトハ」
あ……あれ? 俺、絡まれてる?
「よろしい! それでは、今から私がアキト様を癒して差し上げましょう!」
彼女はワンピースを脱ぎ捨て、シャツも脱いで形の良い胸を露出させる。思わず目が釘付けになる。
「ふふ……アキト様は私の胸がずいぶんお気に入りのようですね。先刻も……」
「止めて。思い出させないでくれ……」
あの時は彼女の胸に顔を埋め……。
かなりの赤面モノである。
「じゃあ、全部忘れてください。私と一緒に……」
彼女の顔が俺に近づいてくる。
俺も彼女を抱きとめようとし……
エルリアの動きが止まった。
「うっぷ……」
彼女は口元を抑える。
……へ?
いや待て。ちょっとこの状態でって、あの〜〜
「うっ……」
「ぬ゛あ゛ぁーーっ⁉︎」




