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「カカ……このまま引き千切ってくれる」
身動きの取れぬ俺を見、エヴノの顔にアザゲリの色が浮かぶ。
俺の腰と胸を掴んだヤツの腕に、力がこもる。骨盤と肋骨が締め付けられ、ミシミシと骨が軋んだ。
呼吸ができん。このままじゃ……
とっさにヤツの顎先に掌打を入れる。
「ケカッ⁉︎」
ヤツの上体が揺らぎ、鋏の締め付けが緩む。
うまい具合に脳が揺れたか。この辺の構造は、怪物化しても現状それほど変わっていないらしい。
今だ!
体をひねって脱出。
地面に落下。受け身を取ったものの左肩を痛打し、イヤな音がする。
だが、それにかまっている場合じゃない。横に転がって追撃を回避。
そして身を伏せたままの姿勢で剣を振るってエヴノの右脚のアキレス腱を斬り裂いた。
「ケガァ! ……小僧!」
しかしヤツは倒れながらも、鋏を振り下ろす。
「ぐぅっ!」
上体を起こし、とっさに左腕でガード。
再びイヤな音がした。襲い来る激痛。肘の少し先あたりで、腕が妙な角度に曲がっている。折れたか……。
しかし、これで戦いをやめれば、死あるのみだ。
歯を食いしばり、耐える。
その間にヤツは変態しようとしていた。
翼が変形した方の腕が伸びた。そしてそれを地面に突き立て、新たな脚として三脚状態で立ち上がる。腕脚とでもいうべきか?
ちっ……腕や脚が一本使えなくなったとしても、あっちは六分の一ですむがこっちは四分の1か。これ以上やられたら、もうおしまいだな。
「カカ……やるな、小僧。ここで殺すには惜しいくらいだ」
ヤツが左手で槍を構える。右腕は関節をやられているせいで、武器を使うのには支障があるのかもしれない。とはいえそれが俺にとって有利な条件になるというわけじゃない。
「見逃してくれるってわけにはいかないよな?」
俺は右手で聖剣を青眼に構える。
「そういう訳にはゆかぬな。異界人を全て排除し、この世の秩序を……光と闇の天秤に均衡をもたらすのだ」
一度回り始めた水車を止めようというのか? もう世界は変わり始めているにもかかわらず。
それを知ってアゼリアは異界人排除をやめたのだろう。
「……俺は生き延びる。そして、地球へと帰るんだ」
腰を落とし、ジリと距離を詰める。
「ふん……貴様がこの世界に現れたことで撒き散らされた運命の乱れを元通りに出来れば、見逃してやっても良いがな。さもなくば、貴様はここで死ぬのだ」
できるわけがない。ならば……ヤツを倒してここを押し通るのみ。
「行くぞ!」
聖剣に“力”を込め、突進。
エヴノの繰り出す槍が、左脇腹を捉えた。鋭い痛み。内臓が損傷を受けたかもしれない。だが、ブレザーに穂先は通らない。
痛みをこらえ、それを左腕で無理やり抱え込んだ。
「貴様⁉︎」
エヴノの戸惑う声。
すかさず聖剣を一閃。槍を半ばから断ち斬った。そして、返す刀でヤツの左腕を斬りとばす。
「ケアァー!」
ヤツの叫び。あふれる鮮血。
槍の穂先を遠くへ蹴り飛ばすと、さらに踏み込んで右の腕脚を斬り裂いた。斬り飛ばした箇所から、どす黒い血がほとばしる。元からあった左腕とアキレス腱の傷からは赤い血が流れているのと対照的だ。
残るは鋏と化した右腕と、左の腕脚だ。
だが、俺の気力体力もヤバい。全身が痛み、悲鳴を上げている。もしかしたら、この戦いが終わった後に力尽きて死んでしまうかもしれん。だが、ヤツは倒さねば。
「リャア!」
血混じりの雄叫びと共に、横振りの一撃を叩き込む。
ヤツは右の鋏で聖剣を受けた。だが、聖剣はそのまま腕を斬り裂く。
トドメだ。俺は上段に振りかぶり……
「!」
腹に一撃を喰らい、後ろに倒れる。
しまった。左の腕脚が残っていた。
ヤツは右膝をついて身体を支えている。
互いに満身創痍か。
だが、俺は地面に倒れたままだ。慌てて起き上がろうと左腕をついてしまい、痛みに悶える。
その俺を見下ろし、ヤツは左の腕脚を……
「ケゲェー!?」
ヤツの胸に槍の穂先が突き立っていた。
そして、
「“神雷”!」
まばゆい雷撃が、槍の穂先を撃つ。
呪文か!
「ガァアアァァッ!」
ヤツの絶叫が森にこだました。
「エルリアか⁉︎」
振り向くと、剣を杖にエルリアが立っていた。彼女も出血がひどく、足元もおぼつかない。
「アキト様、ご無事で……」
それだけ言うと、彼女は力尽きるようにくずおれた。
「……すまん」
「カ……カカ……よく……ぞ……」
エヴノは哄笑っていた。かなりのダメージにもかかわらず。
「よくぞここまで我を追い詰めた。だが、これで終わりだ!」
その眼が俺を捉えた。
「けど……死……ぬ……かよ!」
俺は立ち上がると聖剣を構え、一気に踏み込んだ。
ヤツは、俺を叩き潰さんと腕脚を振り上げ……
「デリァー!」
「カカァー!」
俺とエヴノの身体が交錯した。
俺の剣がエヴノの胴体を肩から腰まで斬りおろし、エヴノの腕脚が俺の右肩を痛打していた。
鈍い音。今度は鎖骨あたりが折れたようだ。
しかし、この一撃でヤツは……
エヴノの上体が揺らいだ。
やった、か。
薄れていく意識。
エヴノの身体の切断面から“何か”がこぼれ落ちた。それは、虹色に輝く角錐状の小さな石。色こそ違うが先生からもらったストラップに似たものだ。確かあれは魔導石だとエルリアは言っていた。
それは、精神の力を物理的な力へと変換する鉱物。
魔術の発動体として使用されるものだ。そして、魔族や妖精など、ヒトよりも霊界に近しきモノにとっては必須の物質であるそうだ。
転げ落ちた魔導石らしきものは、やがて大きな輝きを発し、そしてそれが失われると翡翠色に変わっていた。
「私は、何を……」
エヴノの声。
呆然と自分の身体を見下ろしていた。
「そうか、そういう事か。私が愚かであった」
納得した様に呟き、俺に視線を向ける。
「見事だ、勇者よ……。アゼリア様に……選ばれし……も……の。エル……リアを……たの……」
そこまでだった。エヴノの目から光が消え、どうと倒れた。
俺も力尽きて倒れる。もはや、気力のみで身体を動かしていたのだ。
「アキト様……お……え……」
闇に意識が飲まれる直前、微かにエルリアの声が聞こえた。しかし、その後半はほとんど聞き取ることができなかった。




