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「ここにいたか、小僧」
宿に乱入して来たアルセス聖堂騎士団員たち。
その一人が、俺を見て忌々しげにつぶやき、面峯を撥ね上げる。
その顔は……、そうだ。あの時のリーダーだ。
そして、背後に引き連れるのはエルリアの元同僚達。俺を殺そうとした連中だ。
その視線は、俺の隣にいるエルリアにも注がれる。
彼女の肩が、びくりと震えた。
「ふん……裏切り者が。最早貴様に価値はない」
憎々しげな声。
エルリアは、巫女の力を利用するために騎士団の中で生かされていたのだろう。
それにしても、おかしい。
あの時、この男は俺を殺そうとしていたものの、こんな憎悪に満ちた“気”を振りまくことはなかった。エルリアに対する態度も、イヤな上司という感じだった。
しかし今は、聖堂騎士に似つかわしくない、暗黒のオーラをまとっている。
その雰囲気に気圧されたか、店員や客達は壁際に逃れ、息をひそめて事態の推移を見守っている。
「エルリア……」
俺は彼女に目配せした。
「お……いえ、エヴノ隊長、こ……ここにいては店に迷惑がかかります。表に出ま……」
やや震える声で彼女が言いかけた瞬間、
「逃げろ!」
俺は叫んだ。
ヤツがエルリアに向かって突進したのだ。
「ヒッ!」
エルリアは怯えの残る声をあげつつ、最初の一太刀をかろうじて受け流す。それに次ぐ一太刀も後ろに飛んでかわすが、胸甲に一撃を喰らった。
女神によって強化された鎧があるから大丈夫だろう。
だが、傍観している場合じゃない。俺も剣を抜いた。
「小僧……その剣を盗んだ罪は重いぞ。その首、撥ねて晒し者にしてくれる」
エヴノと呼ばれた男の、地の底から響くような声。
「コレはあの方からいただいた剣だ! もうアンタとは関係ない」
剣を構えると、刀身がかすかな燐光を発し、先生によって刻まれた文様が浮かび上がる。
「聖剣だ……」
「まさか、また勇者様がこの店に!?」
客達が口々に呟く。
……ちょっと待て。低レベル勇者モドキにあまり期待されても困るんだが。
そして彼らの視線はエルリアの胸元にも注がれる。
「あれはアゼリア様の印……。まさか、姫巫女様!?」
こっちも正体を言い当てられている。
……マズい。逃げられそうな雰囲気じゃなくなった。
「ふん……だからどうしたというのだ? 我らは選ばれし聖堂騎士。そんな紋章など、我らの前では無価値だ」
エヴノは不敵な笑みを浮かべる。
たいした自信だ。
俺達を殺してしまえば、あとはどうにでもなると思っているのか。
気がつけば、聖堂騎士は四人になっていた。
かなり不利な状況だ。だが、エルリアだけは護らねば。
彼女は本来何のゆかりもない異界人である俺のために一緒に旅をしてくれている。
だから、せめて……。
俺は彼女に並んだ。
「アキト様!?」
彼女に目でうなずくと、剣を構えた。
「ただでやられるつもりはないぜ」
「ほざけ、小僧!」
エヴノの鋭い斬撃。
かろうじて頭上で受ける。そしてそれを左へ流すと、小手を狙って剣を振るう。
「ふん……踏み込みが足りんな」
あっさりと避けられた。だが、踏み込めば相手の思う壺だ。
しかし、このままでは決め手に欠ける。どうしたものか……
落ち着け。呼吸を整えるんだ。
そう自分に言い聞かせ、拳法の呼吸法を行う。
その時、ヘソの下あたりに灼熱の塊が生まれた。
そうだ。この感覚だ。
ガーゴイルを跳ね飛ばし、エルリアの“神雷”を跳ね返した“力”の胎動。
使いこなすんだ。
ヘソ下に意識を集中し、その塊を動かす。
呼吸に合わせて上下に移動。さらに股間、尾てい骨を通して脊椎へと塊を動かし、最後に脳天まで上昇させた。
「……!」
次の瞬間、何かが“開いた”。
「……おぉ!」
叫びざま、突進。無造作に振り下ろした剣の一撃をヤツに叩きつける。
「ぬぅ!?」
エヴノは剣で受け止めたものの身体をふらつかせ、後退した。
他の騎士に、動揺が広がる。
今だ。
「ハッ!」
刀身下部を狙って横に一閃。
響く金属音。
「ぐぅっ!?」
ヤツが呻いた。
その手の刀身が斬り飛ばされ、宙に舞う。
それは空中できらめきつつ何度か回転すると、床に突き立った。
「バカ……な……」
エヴノは柄だけになった己の剣を見て、絶句している。心も折れてくれてたらいいんだけど。
「いかん!」
それを見て、残りの三人が俺に斬りかかってきた。
クソッ!
「アキト様!」
だがすかさずエルリアが割り込んでくれる。
二対三だ。
俺は真っ先に斬りかかってきたヤツの剣を受け流すと、上段へ斬撃をかけるフェイントからローキックを叩き込んだ。そしてふらついたところを……
「ハッ!」
脇腹に、“力”を乗せた横蹴りを叩き込んでやった。
直撃。
ヤツは壁際まで吹き飛ばされ、気を失う。
奇襲成功。相手が聖剣だけしか注意を払っていなかったから上手くいったようなものだ。俺の拳法なんて、初心者に毛が生えたようなモノだからな。
その間にエルリアはもう一人の剣を跳ね飛ばして無力化していた。
やはり彼女はこの三人に比べてレベルが高いらしい。
残るは一人だ。
しかしヤツは、俺達二人に剣を向けられるとあっさり投降した。
多少は抵抗されるかと思ったが、あっけないものだ。
ま、これ以上暴れられても店に迷惑がかかるだけだしね。
「とりあえず、隊長を連れてとっとと帰りな。あと、この店への補償は忘れるなよ?」
剣を突きつけられた騎士はこくこくとうなずき、エヴノに声をかけようと近づいた。
しかし、
「この役立たずどもが!」
突如我に返ったエヴノに殴り飛ばされる。
無防備な状態でまともに顎に一撃を喰らったため、その騎士は昏倒してしまった。
残った一人が慌てて助け起こす。
あ〜あ、アンタを守ろうとした部下なのに。アレな上司に仕える身はツラいね。社会人になってもあんな風にはなりたくないモノだ。
っと、いらんことを考えてる場合じゃない。エヴノの目が俺を捉えた。
まるで獲物を見つけた猛獣の目だ。理性を失っている。
「キィサマァァァ!」
咆哮を上げての突進。
「ぅおい! いい加減にしろよ!」
斬り捨てようとし……ためらってしまう。人を殺す、いや傷つけるという覚悟は、俺にはまだできていない。エルリアにやらせるのも筋が違うだろうな。
それが、隙となった。
ヤツは俺に組み付き、剣を奪おうとする。
「このっ!」
なんとか振り払おうとするが、体格が違う。170cm程の俺と、180cm近くあるこのおっさんでは、勝負にならない。
ならば……
隙をついて右腕を取り、脇に抱え込んで関節を極めた。いわゆる脇固めだ。
「ぐっ!? うぅっ!」
エヴノは力任せに振りほどこうとしている。ヤバい。このままだと振りほどかれてしまう。
「こン……のぉ……!」
なんとか体重を、そして“力”を乗せて腕を締め上げた。
「ぬぐぅぅぅぉおぉ!」
ヤツは悲鳴とも憤怒ともつかぬ咆哮をあげる。
直後。
ヤツの腕からイヤな音がした。
一瞬の忘我。
やってしまった。靭帯ぐらいは切ってしまったかもしれない。
だが、これは正当防衛だ。
情けないが、俺は自分自身にそう言い聞かせるしかなかった。
「アキト様!」
エルリアの声。
気がつけば、無意識に高速を緩めてしまっていた。
そのスキをついて、エヴノは俺の持つ剣に左手を伸ばし……
ヤバい! 奪い取られる!
だが、その時……
光が弾けた。
エヴノは呻きをあげて転げ回っている。
見ると、左手から煙が上がっていた。
何が起きた!? ヤツは剣に拒まれたのか?
聖剣は、俺の手の中で静かに輝いていた。




