1-EX 3
――とある場所
いつとも、どこともしれないその空間。そこに私はいた。
何故か身体はほとんど動かない。どうやら寝かされている様だ。
視線を巡らすと、ぼんやりとではあるが周囲の様子が目に入る。
目の前にあるのは、豪華なベッドの天蓋。更に見回すと、象嵌細工が施された壁面と、美しい絵が描かれた天井が見える。
まるでここは王宮の様だ。
しかし、こんな場所は見たことがない。一体何処なのだろうか?
「〜〜〜〜」
と、すぐ側で話し声がする。だが、内容は分からない。
何が起きているのだろうか? 私はもどかしい思いを抱きつつ、ただ天井を眺めることしかできない。
と、不意に人影が視界に入った。
いまだ視界はぼんやりとはしている。が、彼は壮年の口ひげを蓄えた人物らしい。
誰なのだろう? 記憶にある人々の姿を思い浮かべ……。
そう思い返しているうちに、映像が鮮明になる。
しかし、私の記憶にはない。一体、誰なのだろうか……。
その身なりからして、おそらく相当身分の高い人物なのだろうというのは想像できる。上位の貴族。あるいは、国王?
彼は私を見下ろすと、口元に笑みを浮かべた。
そして今度は私の向こう側に視線を向け、誰かに話しかけているようだ。
私は、何とか視線を動かしてそちらに目を向ける。どうやら他にもう一人いるようだ。
しばしのち、そのもう一つの人影が私の側に立った。
「〜〜!」
三十代半ばほどの、引き締まった体格の人物。黒妖精の手になる銀の鎧をまとった戦士。
その鋭い双眸と整った顔立ちには、見覚えがある。とはいえ、肖像画のみではあるが……
おそらくこの方は……イルムザール様⁉︎ 亡くなったはずのあの方が、何故⁉︎
彼は戸惑う私を見、やはり口元に笑みを浮かべた。
そして、そっと手を差し伸べ……
――朝
私は名を呼ばれた気がして目を覚ました。
少々首や背中が痛い。
何故だ? ……ああ、石の柱に寄りかかった様な格好で寝てしまった様だな。そのせいか。
……それにしても、ここは?
周囲を見回す。
見知った場所。確かにここは……セルキア神殿、か。
……ああ、そうだ。私は転移門が開いた事を感じ、セルキア神殿に来ていたのだった。そして、ガーゴイルと戦っていた少年を助け……
そういえば、あの少年は⁉︎
……いた。
私の足元で、健やかな寝息を立てていた。
…………。
私はなんとなく彼の寝顔を眺めた。
そういえば、先刻見た夢に、彼が出てきた様な? いや、違う。あの方は……
ん? あの方……誰だ? 思い出せない。
それに、私を呼んだ声。あれは一体誰の声なのか?
夢の中に出てきた誰かなのか? それとも……。
と、彼が顔をしかめた。
「……ーナ! 行かないでくれ!」
そして、彼の声。
寝言か。
誰かを呼んでいるのであろうか?
ここへ飛ばされてくる前の、彼の知り合いかもしれない。
名は聞き逃してしまったが、その響きからして女性のようにも思える。
もしかしたら、親しい相手なのだろうか? まさか、想い人なのか? いや、それどころか……
そう考えた時、少し心の中にもやつくものが生まれた。
それが何かはわからない。だが……
と、その時、遠方よりかすかな音が聞こえた。
「! あれは……」
慌てて立ち上がると、神殿の入り口へと向かった。
と、遠方よりやってくる人馬の列が見えた。
“遠視”の呪文でその姿を確認する。
間違いない。叔父上たちだ。エスティに託した私の書き置きを見てやってきたのだろう。
本来ならば、歓迎すべきことだ。しかし……
叔父上ならば、この少年の存在を許しはしないであろう。
……どうしよう?
少年をどこかに……いや、無理か。そんな時間はない。
ならば……叔父上にありのままを話すしかないのか?
あの時の判断を後悔する羽目になるとは……
そして、結論が出る前に、叔父上たちがこの神殿の拝殿までやってきてしまった。
どう……すべきか。
――しばしのち
神殿の階段を昇り、叔父上たちがやってくる。
「異界門が開いたそうだな」
「はい。女神アゼリア様の“声”が聞こえました」
これは正直に答えるしかない。
「ここに」
少年のところに案内する。
「ふむ。見たことがない服を着ているな。おそらくは異界人だろう。何をしている? さっさと葬るがいい」
叔父上の言。やはり、か。
「しかし先刻、寝言で我々と同じ言葉を喋りました。それに……見てください。どことなく、イルムザール様と似ていませんか? もし彼がイルムザール様の血縁であるのならば……“勇者の一族”である可能性もあります」
「むぅ……確かに。しかし、“勇者の一族”には、かような者は存在しない」
とはいえ、可能性もない訳ではない。
今の勇者であるヴァルスラーナ様は魔王を倒したのちに私の叔母上と共に旅立った。しかし、それから消息不明となっている。もしかしたら、だが……
「ヴァルスラーナ様の御子息かも知れません」
「む……う。その可能性もあるか」
叔父上はしばし考え込む様なそぶりを見せる。
「ふむ……そうだな。とりあえず事情を聴いてみる必要があるか」
「では……」
「うむ。とりあえず、起こすが良い」
「はい」
私は彼の傍らにひざまずき、揺り起こした。




