1-EX 2
――街道
私は馬を駆り、駐屯地のあるアルタワールを出てガルンダール街道を北へと向かう。
アルタワール北門の衛兵は、騎士団の兵士が勤めている。なので、無理を言って門を開けてもらった。
ここから転移門が開いたと思われるセルキア神殿までは2ラン(約8km)少々。
馬ならば六分刻(約20分)程もあれば着く。
時折この街道にはゴブリンなども出没するのだが、予めかけておいた魔除けの呪文が効いたのか、幸いそういったモノには出会わずに済んだ。
ゴブリンごとき私の敵ではないが……そんな輩に一々煩わせられたくはない。
そうして私は、セルキア神殿への参道へとたどりついた。
――セルキア神殿
それは巨大な石造りの建造物である。角錐状の基壇の上にそびえ立つ拝殿。十数年前の戦役で上部は損壊してはいるものの、未だその威容は健在だ。
私の目には、神殿は何も変わらぬように見えた。しかし、その上空には雷雲のごとき黒い雲がかかっているのが見て取れる。
聞いたことがある。あのような雲は、転移門が開いた時に見られるものだという。
やはり、何かが異界よりこの地に転移してきているのだろうか?
しかし、それがいかなる存在であれ抹殺せねばならない。騎士団においては、私はそう教えられてきた。
抹殺、か……
魔物相手ならともかく、対人戦闘の経験がほとんど無い私に出来るのか?
いや、やらねばならない。そうでなければ、私達は……
私の叔父であるエヴノは、今騎士団の中では微妙な立場にある。
騎士団首脳は叔父の排除を考えていると噂されていた。それを知った叔父は、ひたすら功を挙げよう焦っている。
“功”……。
そう。異界人討伐も、その一つだ。
この世界の調和を乱す、異界人。それを排除するのが、我々騎士団の役目。
もし今回、異界人を討伐することができれば、叔父上の地位は安堵されるかもしれない。
そしてなにより……私を呼んだあの“声”。
もはや神の“声”を聴くことのできぬ私の脳裏に響いた呼び声。
私を哀れんだアゼリア様が、姫巫女としての資格を問う、最後の試練を授けてくれたのかもしれない。
だからこそ……
私は馬を手近な木に繋ぐと、神殿へと向かった。
巨大な石造りの神殿は、山の様に聳えている。
角錐状の基壇と、その上部にある拝殿。
拝殿は魔王戦役の際、何者かによって破壊されてしまった。しかし、いまだその“神気”は失われてはいない。
つまりこの神殿は、まだ“生きて”いるのだ。
私はその正面、拝殿へと登る階段へと向かう。
神域と俗界を隔てる門である二本の柱の間を抜け、石畳の道が階段へと続く。
と、早速そこで異常を発見した。
「! これは……」
階段の直下に大きな穴が空いていたのだ。
暫く前にここを訪れた時は、無かったはずだ。
一体何が起きているのだろうか?
私は階段を駆け上がった。
――神殿内部
階段を上がると、そこは拝殿だ。
“何か”がこの場所に現れたと言う話だ。その周囲を伺う。
「……ン?」
何やらかすかな声が聞こえた。そして二人分の足音も。
何者だ? 転移してきた者なのだろうか?
それにしては妙だ。一方がもう片方を追っているようにも聞こえる。そして、追う方の足音は、やけに重かった。
私は足音を忍ばせ、その方へ向かった。
そして月明かりの下、浮かび上がる二つの影。
一つは翼のある魔物の石像。これは、この神殿の番人。異界よりの侵入者を排除するよう、我が騎士団によって配置された物だ。
そしてもう一つは、ガーゴイルに追い詰められている男性らしき影。ガーゴイルが動き出しているということは、やはり転移者なのだろうか。
追い詰められているのは、やや細身で中背の少年らしい。
……!
その姿を見た瞬間、かすかな懐かしさを感じた。
何故だろう? あの少年の顔すらほとんど分からぬのに。
私が戸惑いに心を乱した直後、ガーゴイルが動いた。
両腕の爪を振りかざし、少年に掴みかかった。
万事休す。……のはずだ。
しかし少年は、意を決した様にガーゴイルを睨み据え、体当たりを敢行したのだ。
無茶だ! 少年が殺されてしまう!
思わず顔を覆い……
直後、鈍い衝撃音。
えっ……一体何が⁉︎
彼らがぶつかり合った場所から1ラン(4メートル)ほどの場所に“何か”が跳ね飛ばされ、転がった。
「……! まさかッ⁉︎」
眼下に倒れているのはガーゴイルであった。
まさか……あの少年がやったのであろうか? 重さ9シュレン(約216kg)ほどはありそうなガーゴイルを吹き飛ばす……
人間業ではない。出来るとすれば、“勇者”と呼ばれる者達であろうか。
まさか……あの少年が勇者なのであろうか? 異界人が?
確かに体当たりする直前、少年の身体から大きな“力”が立ち上るのを感じた。しかし、ごくわずかな時間であったために、何かの間違いと思ったのだが……
その場で倒れ伏していた少年はすぐさま立ち上がった。しかし、追撃するでもなく、己の掌に目を落とした。
一体何を? 戸惑っている様にも見えるが……。
そうする間に、ガーゴイルは身を起こしていた。
それに気付いた少年は持っていた鞄のような物を投げ捨てると、ガーゴイルに向き直る。
戦うつもりなのであろうか? あの“力”を使って。
私は固唾を飲んで、その成り行きを見守る事にした。
少年は掌底を繰り出し、ガーゴイルに攻撃を仕掛ける。
無謀だ。しかし、先刻の“力”があれば……
だが、跳ね返される。
彼は続く攻撃をいなすと蹴りを放ち、その反動で距離をとる。素手での格闘には、それなりに手慣れていると見える。
とはいえ、それでは不十分だ。ガーゴイルの長い腕で、なぎ倒された。
が、少年はすぐさま立ち上がり、身構える。闘志は衰えていないようだ。
しかし、そこまでだった。
ガーゴイルの腕が少年を捉えた。
少年は必死に相手の腹を蹴り上げたが、ビクともしない。
そして、ガーゴイルは口を開け、少年を噛み砕かんと迫る。
万事休す、だ。あの少年はここで死ぬ。
それを見届けた後は神殿を穢した血を片付け、騎士団に戻って『異界からの転移者は死んだ』と報告すればいい。
その、はずだ。
だが……
気がついた時、私は“印”を結んでいた。
そして、
「“光槍”!」
私の手から放たれた光の槍は、ガーゴイルの胸の中央を撃ち抜いていた。
そして 命中箇所から放射状に無数のヒビが走り、やがてガーゴイルの身体は砕け散っていった。
解放された少年は、その残骸の中に倒れこむ。
私は胸をなでおろし……
「あ……」
すぐに我に返る。
やってしまた。
何故見殺しにするつもりだった少年を助けようと思ったのか、私には分からない。やはり、あの“懐かしさ”のせいなのであろうか?
自問しつつ、ガーゴイルの残骸の中で倒れる少年に近付く。
すぐ側まで寄っても、少年は動かない。どうやら気絶している様だ。
これは、好機かもしれない。
今のうちに“神雷”の呪文で少年を始末してしまえば……
印を結ぼうとし、思い直す。
いや、まだ早い。せめて、異界人か確認してからでないと。しかし……ガーゴイルが反応したのだ。異界人であるに決まっている。
頭の中で、自問自答する。
どうすればいいか、分からない。私の心は、千々に乱れていた。
だが、先刻感じた懐かしさの正体だけでも確かめておきたい。
“幻光”の呪文を唱えて明かりを確保する。
その光に照らし出されたのは、黒髪の少年だ。見たことのない、変わった服を着ている。この地に住むいかなる民族のものとも違う様だ。無論、私が知る内では、だが。
やはり、異界人なのか。
いや……始末するにしても、せめて顔くらいは見ておこう。
側にひざまずき、少年の顔を覗き組む。
細面で眉目の整った、東方系と思しき顔立ちだ。私よりも幾らか年下であろうか?
しかしそれは、私にとって些細な問題であった。
「……!」
心臓が高鳴るのを感じた。
似ている……あの方に。それは、かつての英雄イルムザール様だ。
まさか、と思う。
でも彼は、異界人ではないのか? 他人の空似なのであろうか? あるいはイルムザール様と血縁のある人物が、この世界の何処かから転移してきただけなのか? だとすれば、私にとって従兄弟の可能性もあるわけか……
分からない。
だが、彼を見殺しにしなくてよかった。
それだけは確かだ。
だからせめて、一度彼と言葉を交わしたい。
待ってみよう。彼が目覚めるのを。
神殿の瓦礫の中から、かつては祭壇の一部であったであろう板を見つけて床に敷き、彼をそこに寝かせた。
そして、
「“治癒”」
肩の傷を癒すべく、呪文を唱える。
しかし……
「えっ……」
効果が薄い。血は止まったものの、私の呪文では傷口は完全には塞がらなかった。
どういう事なのであろうか? 私が彼に注いだ魔力は、傷を塞ぐのに十分な量であったはずだ。それに、ここは“神気”に満ちた場所。ここに居るだけでも傷が癒えていくはずなのに……。
異常なのは、それだけではなかった。
私の中に、ある変化が現れたのだ。
何かが“繋がった”ような感覚があった。それと同時に一瞬、ヘソの少し下あたりに、熱を持った“塊”が生じた気がした。
その正体は分からない。
だが、分かった事もある。
私とこの少年が今この場所で出会ったのは、きっと偶然ではない、ということだ。あるいは、アゼリア様の配慮なのであろうか?
少年の寝顔を眺めつつ、私はそう考えていた。




