13
「セイ!」
木剣が宙に弧を描く。
頸部を狙った一閃。実剣であれば、必殺になりうる一撃だ、
しかしそれは、いともたやすく受け流された。
クソッ、まだだ!
右へ流れた上体を立て直し、もう一撃を……
しかし気がつけば手に持った木剣は跳ね飛ばされ、目前に剣尖が突きつけられていた。
「!」
「……なかなかの踏み込み。だが、まだ甘いです!」
ここは、宿の裏庭。
俺はエルリアに剣の稽古をつけてもらっていた。実戦形式での稽古だ。
付け焼き刃でも構わん。せめて自分の身ぐらい守れるようにならねば。
「さあ、今度はこちらから行きますよ」
「わかった」
「では……ヤッ!」
上段からの一撃。
俺は頭上でそれを受ける。そしてすかさず左に流すと手首を返し、踏み込みつつ胴を薙ぐ。
……が、それも軽く受け流される。
上体が泳ぎ、体勢が崩れた。このままじゃ隙だらけだ。
「チッ……」
仕切り直しだ。バックステップして……
と思った瞬間、小手に一撃を食らった。
衝撃に、思わず剣を取り落としてしまう。
「踏み込みの鋭さはなかなかです。あとは、剣に振り回されがちなので、その辺の解消が課題ですね」
彼女の指摘は的確だ。
だとすると、問題は体力か……。踏ん張りが効いてないってことだから、下半身の鍛錬が足りてないんだよな。四股でも踏むか? インナーマッスルを鍛えられるらしいし。
だがどのみち短期間での解決は難しいかもしれん。それなりに運動はできるつもりだったが、いざ生死をかけた戦いとなると、まだまだか。
「さ、今日は疲れたでしょう。このあたりで終わりにしましょうか。大丈夫ですよ。アキト様ならきっと、聖剣にふさわしい使い手になれます」
あの聖剣に、か。
考え込む俺を見て、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。
――二時間ほど前
上位悪魔が飛び去ったのち、俺達はこの街で宿を探すことにした。
幸運なことに、俺達が昼食をとった白狼亭にはまだ若干の空きがあるとのことだった。
俺たちは早速そこで部屋を取ることにした。
そして市場で買い物だ。俺もエルリアも着の身着のままだから、替えが欲しいところだ。特に俺の場合、制服のブレザーは嫌でも目立つ。今まではマントを羽織って隠してきたが、戦いのことを考えると、上から着るものが欲しいところだ。
とりあえず、薄手のコートをエルリアに一着選んでもらった。
「……どう?」
コートを羽織って彼女に見せてみる。
「良かった。やっぱり似合ってますね」
ま、これで市中に紛れることができるだろう。
あとは替えの下着や寝間着を手にいれる。旅の必需品もだ。
下着に関しては、フンドシのようなものを覚悟していたが、地球のものに近いやつが手に入った。フンドシには寒稽古のトラウマが……。真冬の滝行は死ぬかと思った。
爺さんは両親の死から俺を立ち直らせるために座禅や拳法なんかをやらせたんだろうが、荒治療すぎた気がする。ま、そのおかげで今助かっている訳だが……。
市中を散策していて気づいたことだが、時々アラビア数字など、地球の文字を幾つか見かけた。俺が寄った店でも、値段表示はアラビア数字だったのだ。
もしかしたら、過去この世界にやってきた地球からの転生者はあるいは転移者が、この世界にそうしたものをもたらしたのかもしれない。
それによって、この世界にいかほどの変化がもたらされたのだろうか?
造物主はその変化を嫌い、転移者を抹殺していたわけだ。
何故嫌うのか? もし世界の変化を止められなければどうなってしまうのか?
機会があれば咲川先生に聞いてみるべきか。
いや……今はよそう。少なくとも現時点の俺は、ただの異邦人だ。この世界にとどまるならともかく、数日後には地球に帰還してしまう。だからせめて、今を生き延びることだけを考えよう。
その間に、エルリアも自分の服を幾つか買っていた。
「エルリアが買ったの、あとで見せてよ」
今は鎧姿だけど、普段着の彼女はどうなんだろう?
「ふふっ……少し恥ずかしいです」
彼女の照れ笑いも良いものだ。
宿に帰った俺達は、しばし剣の稽古で汗を流した。
まだ身体に残っていたアルコールは、彼女の解毒魔法で除去してもらった。便利なものだな。
たっぷり汗をかいた後は、熱い風呂にでも入ってリラックス……と思ったが、あいにくこの宿にあるのは、小さな桶だ。そこにぬるい湯を入れて軽く体をすすぐだけだ。
ま、贅沢は言うまい。
とはいえ二日ぶりの入浴だ。さっぱりした。
部屋に帰るとベッドに腰掛けスマホを起動させる。
『アストラン大陸戦記』を起動。設定をおさらいだ。
特に上位悪魔のデータを見ておく必要がある。
「……何ですか、それ?」
やや遅れて部屋に帰ってきたエルリアが、興味深げに覗き込んだ。
彼女の髪の匂いが鼻をくすぐる。ふと見ると、服の胸元から深い谷間が見えた。気付かれないように視線を逸らす。
「……魔力は感じないのに、絵が動くのですね」
どうやら画面に夢中で、俺の視線には気付かなかったようだ。
「俺の世界にある道具だよ。俺がいたところでは、魔法がない代わりにこういうモノが発達しているんだ」
「想像つきません。一度見てみたいですね」
彼女は瞳を煌めかす。
果たして今の日本は、彼女の目にどう映るだろうか?
いや……今重要なのはそれじゃない。
「その服、すごく似合うよ」
赤紫の花の刺繍が入った白いワンピースだ。引き締まってはいるが女性らしい曲線も併せ持つ彼女の身体を優しく包んでいる。
「あ……ありがとうございます」
真っ赤な顔でうつむく。
鎧姿の凛とした彼女もいいが、こういう町娘みたいな姿も可愛らしくていい。でも一番似合うのは、その出自にふさわしいドレス姿なのかもしれない。
帰る前に、一度拝んでおきたいものだ。
「そうだ。窓際に座ってよ」
ふと思い立ち、彼女に声をかける。そして椅子を窓際に置いた。
「? わかりました」
彼女は一つうなずくと、椅子に腰かける。そしてカメラアプリ起動。
「こっち向いて……笑って」
「は……はい。こうですか?」
ややぎこちないが、はにかんだような笑み。
すかさずシャッター。と、かすかなシャッター音がなる。
「……? なんの音です?」
彼女はいぶかしげに俺を見た。
「これだよ」
スマホの画面に今撮った写真を表示し、彼女に見せた。
「わ……私!? 絵なんですか? それにしても、まるで見たままの様な姿です。どうやって、こんな……」
「写真ってものだよ。こうやって、人や物の姿を写し取ることができるんだ」
「そう……なのですか? 姿と一緒に、魂とかも抜き取ったりとかは……」
……江戸時代の人か。
いや、当たり前か。ここは魔法が存在する世界。そういった魔法が存在していても不思議じゃない。
「大丈夫さ。この機械には魔法の力なんてないしね」
「そうですか……。確かに魔力は全く感じませんでしたが」
まだちょっと疑わしげだ。
「俺だって、何回も写真撮られてもこの通りだよ」
「何回も……。じゃあ、大丈夫なのですね!」
ようやく納得してくれたようだ。
「そのシャシン、見れますか?」
……そうくるか。
でも、自分撮りしたのなんてほとんどないぞ。
とりあえず、PCから転送した家族揃った写真を見せる。
「小さい頃の写真だけどね。これが俺、でこっちが両親。これが俺の祖父母だよ」
「この方は?」
エルリアは俺と肩を組む、茶髪の少年を指差した。
「俺の親友さ」
この少年ダニエルは、俺の親父の親友の息子だ。彼の両親が亡くなってからしばらくはウチで暮らしていたが、両親の出張ついでに祖父母宅へと向かうはずだった。しかし、あの事故で……
「親友ですか……羨ましいです」
そうか。
彼女の境遇を考えると、そうした存在を作るのは難しかっただろう。
「アキト様をこの方達の元に帰さなければなりませんね。さぞ心配されていることでしょう」
「うん……ばあちゃんはね。でも他は皆……死んでるんだ」
「! も、申し訳ありません!」
彼女は顔を引きつらせ、俺に謝る。
「いいよ。昔のことだし」
つとめて笑顔でそう返すが、彼女の顔は晴れない。
……なんとも、重い雰囲気だ。
仕方ない。とりあえず気分転換に、スマホの写真アプリを開いて見せることにした。




