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 赤い液体が俺の喉を潤す。

 ……ちょっと渋い。

 少し眉間にしわを寄せ、グラスをテーブルに置いた。少しおいて襲ってくる酩酊感。


「お口に合いませんでした?」


 エルリアが問うてくる。


「いや……普段酒なんか飲まないからね」


 俺が飲んでいるのは食前酒の葡萄酒。

 エルリアが気を利かせて注文したものだ。

 それなりに美味いものらしいが、高校生には酒の味なんかわからない。……というか、わかってしまうのはマズい。

 未成年飲酒は、日本では当然法律違反である。

 が、ここは異世界だから、日本の法律が及ぶ場所ではないしな。郷に入れば郷に従え、だ。異世界で日本の倫理観を振りかざして厚意を無にするような野暮なマネはするまい。


「お酒、弱いのですか?」


 口元を拭う俺に、心配そうに彼女は問う。


「いや……わかんないよ。ほとんど飲んだことないからね。親父や爺さんは強かったらしいけど」


 家族のことに話がいたり、ふと心が揺らぐ。

 ……そうだ、ばあちゃんは今どうしているかな?

 いきなり俺がいなくなったと聞いて、心配しているだろうな。

 どうやら時間の流れはこちらと向こうでほぼ同じらしい。だから、俺がいなくなってもう1日近く経っていることになる。


「……アキト様、ご家族の事を思い出させてしまいましたか?」


 彼女は心配げに俺の顔を覗き込んだ。


「大丈夫だよ、大丈夫」


 とは言ったものの……俺の家族か。

 両親は海外出張の際、航空機事故にあって行方不明だ。同じ便に乗っていた俺の親友――義兄弟といってもいい――も。

 雷雲に突入した直後、レーダーから消失したと聞いている。飛行機の残骸すら見つかっていないそうな。おそらくは太平洋の海底に機体ごと沈んでしまったのだろう、

 そうして両親を失った俺は、母方の祖父母に育てられえた。数年前には祖父も他界し、それからは、ばあちゃんと二人で暮らしていた。

 そして高校進学の際、俺は今の高校から勧誘を受けた。学費の大半を出してくれるという話だった。

 今の高校の理事の一人に、俺の父親が勤めていた会社の社長がいるのだ。両親の死に対する補償としてなのだろう。

 そうして入学した今の学校で咲川先生と出会ったわけだが……これも縁なのだろうか?

 ……今考えても仕方がないか。とりあえず、腹を満たすのが先決だ。

 俺は運ばれてくる料理に目を奪われ、思考を中断した。



 昼食のメニューは、香辛料の効いた羊肉入りのシチューとナンのようなパン。オムレツのような卵料理などだった。

 小学校に上がる前は両親の仕事の都合で海外を転々としていたが、トルコあたりで食べた料理に近い気がする。何か懐かしい。

 もしかしたら、大通りにケバブみたいな料理の屋台もあるのかもしれない。あれば食べてみたいが……今は腹一杯だ。

 そういえば、昔父さんが言っていた。『旅先の人と分かりあいたければ、現地のモノを食い、現地の酒を飲んで語り合え』、と。

 その地の人は、その地のモノを食べ、飲んで育ってきたんだ。その血肉と言ってもいいだろう。

 彼らと同じものを食べ、そして飲む。

 そうすれば、きっと自分もこの地に馴染むことが出来るのかもしれない。



「ふぅ……美味しかった」


 俺はスプーンを置き、大きく息を吐いた。

 ……危うくげっぷしそうになるが、それはなんとかこらえた。

 この世界でも、げっぷがマナー違反にの可能性が少なくないだろう。

 特に今は美人と同席中だ。それはマズい。

 ……そもそも、こちらの世界のテーブルマナー通りに食べれていたかすら怪しいが。

 食事後、この地域名産というエールを飲みながら、彼女からこの地域の情勢を聞いておいた。

 どうやらこのあたりはガンディール王国の旧臣たちが治めているらしい。ガンディール王国旧領のうち東五分の三がアルセス聖堂騎士団によって建国されたアルセス法王国となり、その残りが諸侯により統治される独立領となっているとのことだ。

 聖地エルズミス周辺は、まだ大神殿が治めているらしい。だが姫巫女や大司祭の不在とアルセス聖堂騎士団の圧力により、その勢力は削られる一方であるとのことだ。



 さてと。

 俺は飲み終えたエールのグラスを置いた。

 ……一丁前の酔っ払いになりつつあるな。あまり習慣になるとマズイか。


「ところで、これからなのですが……」


 同じようにグラスを置いて、エルリアが切り出した。

 彼女の顔もアルコールのせいでほんのり上気し、色っぽい。

 おっと、いかんいかん。見とれてる場合じゃないな。


「目的地は、エルズミスだよね。あとどれぐらいの距離があるのかな?」

「そうですね……20ランぐらいでしょうか」


 20ラン……この世界の度量衡がどれくらいかわからんと、話にならんか。

 とりあえず、この世界の距離や単位について聞いておくことにした。どうやら1ランとは地球上での約4kmに相当するらしい。つまり、ここから80kmほどということか。ちなみにあの神殿からここまでは約7ラン。つまり28kmほどだった。

 このペースで行けば、二日後にはエルズミスに到着するであろう。

 食休みしたら、また次の街目指して出発だ。



 と、その時。


「!」


 音にならぬ衝撃波が俺の脳を揺さぶる。

 それと同時に店の外で悲鳴が上がった。それをきっかけにざわめきが広がる。怒号が飛び交い、歎声が上がる。そして逃げまどうような足音。

 それを聞きつけ、先刻までくつろいでいた衛兵が店を飛び出していった。

 ただならぬ事態に、店の中は騒然となった。


「何があったのでしょうね?」

「……喧嘩かな?」


 野次馬に行こうかとも思ったが、モメ事に巻き込まれるのはごめんだ。とりあえず、収まるまではここにいよう。

 そう思った時だった。


『……!』


 今度は声にならぬ、“声”。


「“呼んでいる”、だと!?」


 俺は思わず立ち上がった。


「アキト様!?」


 エルリアは困惑した声を上げるが、すぐに何かを察したようだ。荷物をまとめると会計を済ませた。

 俺は彼女に礼を言うと、一足早く店を出た。



 店の前の大通りには多数の人々が集まり、一点を見つめていた。

 その先にあるのは城壁。

 そしてその上には……


「……!」


 俺は絶句した。

 赤い魔物が城壁の上に降り立ってこちらを眺め下ろしていたのだ。

 その姿は、最初に俺が戦ったガーゴイルとよく似ていた。頭部には一対のねじくれた角。爛々と輝く眼。口角からはみ出た牙。筋骨隆々たる四肢。その肢端には鋭い鉤爪が光る。また肘や膝、踵には刃物状の突起が突き出ていた。返り血を浴びたかの様に朱に染まる皮膚は、鎧のごとき鱗で覆われてたいる。その背には、闇色の翼。多分身長は3mを超えるであろう。見るからに強力な魔物だ。


「あれ、何なんです? この街は大丈夫なんですか?」


 俺は群衆に混じって魔物を見上げていた先刻の衛兵に話しかけた。


「あ……ああ。あれは、多分上位悪魔だ。魔王戦役以来、姿を見せていなかったそうだが、まさか……」


 衛兵は震える声で答えた。

 ……どうしたものか。あの“声”の主はヤツなのだろうか?


「あ……アキト様!」


 エルリアが小走りでやってきて、俺の腕をつかんだ。


「逃げるべきかな?」


 彼女にささやく。


「だ……大丈夫だと思います。この街の周囲には結界が張ってあるので魔物の進入は阻止できます。無論、魔王直属の強大な魔族には意味がありませんが……」


 なるほど、ゲーム通りか。そういえば、魔王ユーリルは強大な結界が張ってある大神殿の真ん中に出現したそうだが……それはヤツが規格外なのだろう。

 それにしても、午後の予定をどうするべきか。うかつに城門を出てしまったら、あの魔物に襲われる可能性がある。しかもLv40超えのモンスター、上位悪魔(グレーターデーモン)だ。Lv20そこらのエルリアとLv1か2の俺では、対抗できるわけがない。

 グレムリンの次がアレとか、悪夢もいいところだ。ゲームバランスもあったもんじゃ……って、ゲームじゃないか。

 とりあえず、エルリアと相談して……


『ソコニ、イタカ』

「……!」


 脳裏に響く“声”。

 俺は魔物を振り仰ぐ。

 ヤツが俺を凝視している……ようにも見えた。


『い……むざ……ヨ、18ネンゴシノケッチャクヲ ツケヨウデハナイカ』

「……何のことだ!?」


 思わず独語。


「……どうしたのです?」


 エルリアが小首をかしげた。


「まさか……何も聞こえなかったのか?」

「ええ。私には、何も……。他の方も、そんな様子はありませんでしたし」


 まさか、ヤツの狙いは、俺?

 ……もしや前世の俺は、ヤツと戦って命を失ったのか?

 それに、イムザという名。それが、俺の前世の名か。

 再び俺はヤツを見……その直後、ヤツは悠然と飛び立っていった。そして街の上空を一巡りすると、北西方向へと飛び去っていった。

 あの先にあるのは、エルズミス。俺達の目的地のある方角だ。偶然……ではあるまい。


「とりあえず、今日はここで宿をとりましょう。急いで次の街に行ってあの魔物と遭遇したくないですしね」


 エルリアが魔物の飛び去った方を見つめて嘆息した。


「そうだな。時間的に余裕はある……はずだ」


 そう応じたものの……俺はヤツとの戦いを予感していた。

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