17
俺は地を蹴り……
『マッテクレ』
その直後掌を突き出し、ヤツがそう宣うた。
「え? おっ、おう……」
それを聞き、俺は慌てて立ち止まる。
だが、警戒は怠らない。罠ではない……とは思うが、念のためだ。
なるほど、人語を解するのか。
いや……“念話”のおかげかもしれんか。
にしても、一体どういうことやら……。まぁ、争いを避けられるのならそれに越したことはないが。
「……どういうつもりだ?」
『ワレラハ ソヤツラガ イウヨナ ヤバンナ モノデハ ナイ。センコクハ アクマデモ イカクダ』
俺の問いに答える声に、何やらイラついた思念が混ざる。
そりゃ、ああも言われたらな。その気持ちはわからんでもない。前世の俺も、色々と……
『騙されちゃいけないっす! そいつらは無法の輩! 手のつけられない戦闘狂です!』
ふ〜む? つまりはオークみたいな連中か? アイツらの頭の中はほとんど戦いのことしかないからな。
つか、多数の相手に囲まれてる状況でそれを口にするのもどうかと思うが。
『ダマルガイイ 邪妖精メ! チカニ ツイホウサレシ ヤミノ ケンゾクドモガ!』
ん? 彼らの認識のよれば、エルヴィンはオークやダークエルフ的な何かなのか? オークとは明らかに違うし、ダークエルフとかの類はアストランにはいなかったがな。いや……上位魔族がそれに相当するのかも知れんが。
にしても、俺の知る彼らの姿とズレがある様だな。
その辺は、一度話し合って……って、
『何だと! このウスノロが!』
『チビドモガ。ワレラニ カテルト オモウカ』
『我らの勇者なら、貴様らなどがかなう相手ではないわ!』
おおう……
思案している間に売り言葉に買い言葉である。
さっきはあんなに怯えていたのに、今や虎の威を借るナントヤラか。
つかさ、レライよ。あいつらとやりあうつもりなんか?
……という事は、そういう事態になれば“虎”である俺がやらざるを得んのか。やれやれ。
「……とりあえず、話を進めよう。今ここで言い合うのは時間の無駄だ」
『ウム。ソウダナ。ココハ ワレラノ セイチ。ヨソモノガ タチイルコトハ ユルサレン』
「……そうだったか」
やはりここは聖地の類だったか。確かにいくらかの“神気”は感じるな。風前の灯火と言えるほど、微かなものではあるが。
「無論、非礼は詫びよう。もし許されるのならば、速やかにここを立ち去るつもりだ」
『ユルスカ ユルサレナイカハ オレガ キメル コトデハナイ。メガミガ キメルノダ』
「女神が? ……どういうことだ?」
何らかの占いか、あるいは“神降ろし”の類でもやるのだろうか?
『……ワレラノ オキテニ ノットリ、イチタイ イチノ ケットウヲ オコナウ。ワレラノ セイチニ タチイッタ モノハ メガミノ サバキヲ ウケネバ ナラン』
「……なるほどな。相分かった」
ふーむ、決闘か。一対一で戦い、女神の恩寵を受けた勝者となる、と。
『女神の裁き? それならば、アキト様がおわすこちらに理がある!』
「……メンドくなるから、とりあえず今は黙っててくれ」
『はい……』
横から口を出すレライを引っ込める。
「で、決闘に際しての決め事はあるのか?」
『ウム。イッサイノ ブキハ モタズ マジナイモ ツカワズ タダ スデデ ノミ タタカウ。キゼツ スルカ マイッタヲ スルコトデ ショウブガ ツク』
「なるほど。禁止事項などはあるか?」
『カミツキ メツブシ コカン ヘノ コウゲキ イガイナラ ナニヲ ヤッテモ ヨイ』
「うむ。分かった」
KOかギブアップでの決着。そして、最低限の禁止事項。
パンクラチオンか、はたまたバーリ・トゥードか。
まぁ、よかろう。
そういえば、前世でも何度かこの手の戦いをやったな。辺境の蛮族の若長なんかともな。
コイツも似たような立場だろう。
「では、決まりだな。すぐに試合か?」
『ウム。カツテハ シンセイナル トキガ アッタノダ。シカシ、イマハ ソノ トキガ トマッテ シマッテイル』
「……そうか」
おそらくはそうした儀礼に定められた時間があったのだろう。しかし、時間が止まった今となっては、な。
『イマカラ オレガ メガミニ ササゲル マイヲ オドル。ソレガ オワレバ シアイ カイシダ』
「ああ。では俺は準備にかかる」
『ソウカ。オレノ ナハ ディゴサ』
「俺は、彰人。よろしく頼む」
『アア』
そしてディゴサは、仲間の方へと戻った。
「とりあえず、下がるぞ」
俺もレライたちとともに、反対側の広場の隅に下がる。
そしてそこで棍と荷物を下ろした。
「ちょっと荷物を頼んだ」
「はい! ここで我々は、アキト様の勇姿を拝見させていただきます!」
ほとんど崇拝しているような口ぶりだ。
「……あんまり期待すんなよ」
そう言い置き、思わず肩をすくめる。
『ええっ⁉︎ 何言ってるんですか! アキト様はあの災厄の獣を軽々と倒した猛者じゃないですか! あんなの指先一つで倒せるでしょう?』
「あのな……」
お前らは一体俺を何だと思ってるんだ。あ……一応女神の使徒か。
まぁ、しかたあるまい。期待を裏切らないよう、頑張るか。
……さて、と。準備にかかろう。
とはいえ、元々動きやすい格好をしてきているから、着替える必要はない。
精々ウェストポーチを外すぐらいか? あいにくバンテージの類は持ってきてないしな。あとは、靴の紐を結び直しておこう。
……おっと、向こうが何やら賑やかだ。
銅鑼のようなものを叩く音。歌。そして手拍子。足で地を踏みならす音。
そしてディゴサがなにやら踊り始めた。
踊りつつも、呪文か祝詞のようなものをつぶやいている。その中には“エルセリア”という単語も混ざっているようだ。つまりは、この世界の女神に捧げる舞いということか。
おそらくはムエタイでいうワイクルの様なものか。いや、アレは師への例を示すものだっけ?
まぁどちらにせよあの舞は、ウォーミングアップ効果もあるのだろう。
さて、俺もウォーミングアップしておくか。
ヤツにとっては神に捧げる戦いだ。しょっぱい真似はできん。
まずは肘を回して肩甲骨周りをほぐしていく。
内回り、そして外回り。
それを数セット続けると、肩甲骨周りがじんわりと温かくなってきた。
……いい感じだ。
ついでは股関節。
股を開いて腰を落として膝に手を当て、背骨をねじって肩入れを行う。マウンド上で時々ピッチャーがやってるアレだな。
腰から腹、背中がほぐれていく感覚。
さらにはアキレス腱などを伸ばしておく。
そうすることしばし。
どうやらヤツは儀礼の舞踊を終えた様だ。
さて、行かねばな。
「……ッシ!」
軽く両の頰を張って一つ気合いを入れると、広場の中央に向かう。
ディゴサも額の汗を拭うと、俺に向かい合った。
俺とヤツの視線が交わり……
そして、銅鑼が打ち鳴らされた。
さて……試合開始だ。