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ハイカラ勇のリバルvs  作者: 辻村深月
1/4

お見合いの席で

時は明治。

夕刻、宴会用の大広間の上座。

そこで見目麗しい見るからに由緒ある家のお嬢様に腕を掴まれ、高々と手を挙げている自分が居た。


「お父様、だったら私この人にするわっ!」


細い体つきに反してしっかりと張りのある声でお嬢様がそう告げると、広間全体がどよめく。


「私は本気よ。まだ文句があり我こそはと言うお方は、この人と勝負して頂戴。勝てる自信がお有りならね」


お嬢様の鶴の一声でさっきまでのどよめきが嘘のように静まり返る。

そうして後に残ったのは、注がれる殺気混じりの視線と…。


「…えっ……えっ!?」


混乱し木霊する俺の情けない声だけだった。







その日の早朝。

いつも通り俺は狭く細い石畳の階段を登りきり、その先にあるこじんまりとした神社にお参りをしていた。

トセノカネクイノカミ。

俺以外に参拝している人を見かけた事はないが、この古めかしい佇まいからして、個人的な見解だが由緒正しいに違いない。

それに何より、名前が金喰いだ。

これ以上の金運祈願に向いた神様はいないだろう。

そうこの俺、横山勇は超のつく貧乏旅館の跡取り息子だ。

昔はそれなりに裕福だった我が一族だったが、両親、祖父祖母の温厚で面倒見の良い人柄が祟り、僅か2世代で衰退の一途を辿った。

年頃となり何とか収入を少しでも増やそうとしてはいるが、一日中駆けずり回っても如何程にもならない。

つまり俺は今、猛烈に金が欲しい!


「金をクレ金をクレ金をクレ金をクレ金をクレ金をクレ金をクレ金をクレ…」


念仏のように一通りこのように呟くのが、俺の我流だ。

しかし今日は少し違った。


「やって…られるかー!!」


怒りに任せ木の葉ぐらいしか入っていない賽銭箱をひっくり返す。


「もう神様ぐらいしかすがるものが無いってのに、一向に何にも変わらないじゃんよ!何で俺ばっかりこんな苦労しなきゃならねーんだよコンチクショーが!!」


そのまま勢いに任せて大鈴のついた綱を掴むと、俺の力に耐えかねた古い手綱はあっさりと切れた。


「ぐはっ…!」


盛大に社に倒れこんだ俺は、流石にやりすぎたと我に返り、そろりそろりとゆっくりその場から退こうと少しづつ体を外へと動かす。


「失礼いたしました〜…」


小さくそう呟いてお殿から出ようとした時、俺の背後…古びた屏風から後光が差した。


「待たんか…このうつけ者がっ!!」


聴いたことのない反響する声に恐れおののき、思わず腰を抜かした。


「なっ…なんだっ!?」


尻を床につけたまま、これ以上ない程に限界まで後退る。


「我が名はトサノカネクイ、貴様よくも我が領地を踏み荒らしてくれたなっ!!」

「…ひぃ……!」


怒れる声に合わせて後光が揺れる。

俺は身を縮めながら穴だらけの障子に背中を預けガタガタと振動させた。


「貴様にはそれ相応の罰を与える、心して待つが良い!!」


光の中から下されるその神のお告げに、俺は額が地につくくらいに頭を垂れながら苦し紛れに訴えた。


「慎んで罰をお受けします…ですがっ!私めは今日まで毎日、欠かすことなく金運祈願を行って来ました。それもこれも金喰いの異名を持つあなた様だからこそっ!にも関わらず何の助力も頂けずこの扱いはあんまりに御座いますっ!どうかご慈悲を!!」


俺の必死さに少し推されたらしい神様は、少しその後光を和らげるが、一時後に再び激しくその光を増した。


「何がご慈悲をだこの大うつけが!!我は金運を司る神ではなく、縁結びの神だ!!そもそも我が名は“金を喰らう”ではなく“金の杭”と書く、勘違いも甚だしい!!」

「えっ……ええええ!?」


知らなかった事とはいえ、衝撃の事実に俺の目玉は飛び出しそうになる。

その声に回りのモノも驚いたらしくカーカー鳴いているカラスを始めに動物達の気配が、この小さな神社から遠退いていく。


「なっ…何も存じ上げずっ!度重なるご無礼お許し頂きたくっ!」


今度は見事に頭を地に打ちつけて頭を垂れる。

そんな俺の様子を見てやっと怒りが治まってきたらしい神様の後光が揺れた。


「まぁ、其方の言い分も分からんではない。今日まで通い詰めたその熱心さは評価して然るべきだ。しかしだからと言ってこの所業は許されるものでもない…」


そう言って金杭ノ神は暫く沈黙した。

控えめに顔を上げ片目でチラリと、意味もなく後光の先を伺う。


「あい分かった…」


やたら響く声がしたと同時に、何事もなかったかのように頭を下げる。


「貴様にはそれ相応の罰と、その身を守る神託を授けよう。必ずや我が言の葉が、其方の力となるとだろう」

「…身に余る光栄です!!」


正直なんの事だかサッパリだったが、長い物には巻かれるのが一番と思い、この場は下手に刺激せずやり過ごすと心に決めた。


「善しも悪しも我が力の全てを、身をもって思い知るがいい」


まるで嵐のように後光が消え去ると、俺は腰を抜かしたまま小刻みに緊張の意図を解いた。

後に残されたのは俺のせいで荒れ果てた神社と俺自身と、いつの間にか手首についていた、黄金に光る杭の様なアザのみだった。





そしてその日の夕刻。

今朝の事が頭から離れず、俺は今日一日まったく仕事に打ち込めずにいた。


「ちょっと若旦那。一体どうなされました?皆様子がおかしいと心配しておりますよ」

「いや、俺は大丈夫だよ。みんなには気にしないように言っておいてくれ」

「そうですか?」


中居や板前達にも心配をかけていたらしい。

俺はどうかしていたようだ。

祟りが怖くて商売ができるものか。

人生働いてナンボだ!


「今日はすまなかったね。それは俺が持って行こう、その数を運ぶのは女の手に余るだろう?」

「えっ…ですが宜しいのですか?聞けば鶴の間には今、由緒ある家柄の方が揃っていると他のお客様が騒がれていましたよ。若旦那が女の…中居の仕事をしていては悪い噂が立ちませんか?」


新米の中居の娘が心配そうに見上げている。

俺は一つ首を捻り考えてから、彼女を安心させるように笑顔を作った。


「問題ないよ、むしろ直々に手厚くもてなしてやるさ」


咄嗟に出た一言に、新米の彼女は安堵した表情を見せた。

そうだ、何も問題ない。

もともと潰れかけているのだ、むしろこれを好機と考えて勝負しなければ。

この俺の肩には当旅館の存亡と、ここで働く者たちの人生がかかっている。

祟りだの何だのに構っている暇はないのだ!


「失礼します、お待たせ致しました」


気合いを入れてウチの旅館には珍しい、金持ちの上客連中の虎穴に満面の笑みで潜り込む。

だが大広間の戸を開いて見ると、かなり大きめな声で言ったにも関わらず、まるで皆んな俺に気づいていなかった。

そんな事には気を向けていられないが正しいだろうか。

上客達は俺の予想とはかなり異なり、常に何やら言い争いをしているように見受けられた。


「華宮殿!話が違うではありませんか!!」

「僕はお嬢さんと一対一で話が出来ると思い、出向いたのですよ!?」


どうやらその言い争いの中心は、上座にいるさすが金持ちと言える風格のある御仁と…金や仕事しか頭にない俺でも目を引かれる美しいお嬢様だった。


「皆様方、そう仰らずに今暫くお付き合い願いたい」


この珍妙な席の立役者らしい華宮の旦那様がそう言うと、一瞬その場は静まったが再び言い争う声が飛び交う。

何とも醜い争いだ。

こうして見ると、金持ち連中も俺たちとあまり変わらないな。


「はい、失礼しますよ〜はい〜」


最早彼らにとって空気とかしている俺は、茶碗やら箸やらが飛び交い出したあらゆる障害物を掻い潜り淡々と仕事をこなす。

まったく、ウチの唯一の座敷の大広間で好き勝手しやがって…後でガッポリ請求してやる。


「お父様、この様な席は不要です。不愉快でしかありません」


お嬢様がそう言い捨てると、場の空気が一気に凍った。

なる程、こんだけの男に見初められるわけだ。

俺も思わず手を止めそうになる程に、お嬢様には凄みがあった。

キツイ言葉もあまり不快に感じない。

確実に彼女はその容姿以上に何か人を惹きつける物を持っていると、俺は直感した。


「友恵…お前の言いたい事は分かった。だが父の想いも汲んでは貰えないだろうか。私はお前が心配なのだ。今日という今日は白黒はっきりつけて貰いたい。ただ一人で良いのだ。今この場に居る若者から、この人ならばと思える者を選んでおくれ」


しんと静まり返った広間の動向を、手を動かしながら固唾を呑んで見守る。

まったく、一体全部で何人花婿候補がいるのやら。


「…お父様、その言葉に嘘はありませんね?」


間を置いて友恵お嬢様がそう言うと、華宮殿はそれを肯定するように慌てて頷いた。


「勿論だとも!我が人生に掛けて、嘘偽りはないと断言する。今この場に居る若者からただ一人で良い。この人ならばと思える者を選べ!」


そこでハッと我に返った。

俺としたことが、上座の上客の茶が無くなっているのに気づかないとは!

慌てて…しかし粗相の無いようゆっくり確実に上座に近づき、一礼した。


「失礼致しました」


茶を注ぐのを拒まれなかったためそう告げると、真っ白く細い手がどこにそんな力が有るのかと思う程にガッシリと俺の手首を掴んだ。

そして、整った形の良い口から俺の運命を変える一言が飛び出した。


「お父様、だったら私この人にするわっ!」


高く掲げられた腕と、それに注がれる視線が、もう俺も彼女も…後戻りができないことを物語っていた。

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