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全て私が悪いのなら

作者: 琉未


「あんたなんか死ねばいいのに!」


口癖のようにお母さんは言う。


「ごめんなさい」


消えてしまいそうなくらい小さな声で謝る。

涙なんかでない。

もう慣れた、悲しくなんか無い。




でも。




いくら暗示をかけても悲しいものは、悲しくて。


いくら慣れていても傷付くものは、傷付くもので……。





涙が溢れる。





と、同時にお母さんの怒鳴り声が飛んでくる。


「なんで泣くの!?

何、私が悪いって言うわけ!?」


お母さんは私が泣くと更に怒り出す。


あーあ。

だから、泣きたくなかったのに。

だから、暗示をかけたのに。



「違っ……ゴホッ……っ……」


違う、と言おうとしてむせてしまった。


ヤ、バイ。

また、怒鳴られる。


そう思ったのもつかの間。


「言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ!」


咳き込んでいる私を睨んで、お母さんは更に怒り出す。


そして、私に手を上げた。

瞬時に目を瞑る。


バシッ!


部屋に私の背中を叩く音が大きく響き渡る。


「ーーーーーっう」



「死ね、死ね!この役立たず!!!」


悪化する怒鳴り声、罵声。

お母さんの目はもう怒りに満ちていた。

そして、私の髪の毛を引っ張ってくる。

もう、どうしようもなかった。


痛いと悲鳴を上げれば更に怒鳴られ、叩かれる。

抵抗したら、刃物を持ち出してくる。

だから、大人しく堪える。


「ごめ……っ……なさっ……」


泣いているからか、咳き込んでいるからか。

はたまた、どちらもか。


上手く声が出せない。



そんな私を蔑んだ目でお母さんは見て


「あんたなんか、生まなきゃよかった!!」



そう吐き捨てるように叫んで母は何処かへ行った。




何度言われても、何度怒られても慣れない。

いっそ、慣れてしまえば楽なのに。


お母さんは私に“死ね”と言うが家から追い出したりはしない。

叩いたり、蹴ったり、刃物を向けてくるが、痣や傷ができる訳ではない。




だから、虐待ではないハズ。




だって、お母さんは私のこと好きだもん。愛してくれてるもん。

自惚れなんかじゃない。そう言ってくれたもん。

“愛してる”って。“大好き”って。





だから……




私は、お母さんに愛されてるハズ。




お母さんが怒るのは仕方がない。

私が生きているのが悪いから。



私が産まれてしまったからお母さんとお父さんは結婚した。

私が居なかったら、結婚なんてしなかったらしい。

私が居なければお母さんは幸せだったらしい。

私がお母さんの“人生”を狂わせてしまった。


そう、全ては“私”の責任。



「だから、しょうがないの」



誰もいない部屋で小さく呟く。

自分に言い聞かせるようにして。



しばらく放心していると、玄関のドアが開く音がした。



「ただいまー

……ん?なんだ誰もいないのか?」


お父さん、だ。


お父さんは知らない。

私がお母さんに毎日怒られていることを。

……いや、知っているのかもしれない。

でも、お父さんは私に何も言わない。



私がいる部屋の扉まで足音が近くなる。



笑わなきゃ。



そう、自分に言い聞かせ無理矢理笑顔を作る。


と、同時に扉が開く。

危なかったぁ……



かな

……なんだ、いるなら『おかえりなさい』くらい言ってくれよ」


お父さんは、涙で目を腫らした私を見てもいつも通りで――。


……気付いてないのかな?


「ごめんなさい。

おかえりなさい、お父さん」


無邪気な笑顔を作って見せる。

ははっ。

なんだかバカらしい。


「ただいま」


お父さんは微笑んだ。

そして、部屋を出ていく。

お母さんが家に居ないことが解っているハズなのに、お母さんのことは一切触れずに。




私の家は私が物心ついた頃には、既に家庭が冷えきっていた。

家族揃ってご飯を食べることはない。

旅行に行くこともない。

ましてや、お父さんとお母さんが一緒の部屋にいることもない。

幼児でも解るほど仲が良くなかった。



ボーッと頭の中の思い出を探っていた。



すると、ガチャっと扉が再び開く。



「あぁ、そうだ言い忘れてた。

奏。

お父さん達、離婚するから」


今、なんて言った?

ヤダ。理解したくない。


「……え?」


声が上手く出せなくて少しかすれてしまった。


「そんなに驚くことはないだろ?

……まぁ、お前はお母さんとこの家で暮すから安心しなさい。」



お父さんは笑って、軽く言ったが私には理解しがたい話だった。

確かに、最近喧嘩が多いなとは思っていたが……



でもまさか離婚、するなんて――



理解できなくて呆然としている私に、追い討ちをかけるようにお父さんは言葉を続ける。



「やっと、お前とあいつから解放されるよ」


今、なんて……?

一瞬耳を疑った。


「……へっ?」


確かめるように、問う。


「うんざりしてたんだ。

俺に助けを求めるような目で見てくるお前に。

本当、お前を産むんじゃなかったな。

あ、そこだけはあいつと意見が合うんだな。

まぁいい、あいつにお前を押し付けられるんだから」


涙なんか出なかった。

本当に辛いときに、悲しいときに。

涙は出ないって本当だったんだな。


しかも、妙に冷静だ。

なんだか、怖い。



ねぇ、お父さん。なんで楽しそうなの?



「おとう、さん」


もう、笑顔なんて作れていない。

今、私の目は虚ろなんだろうな。


「なんだ?」


お父さんは冷たい目をした。


「私、要らない、の?」


縋るように聞いていた。


お父さんはゆっくり口角を上げ、背筋がゾクッとするような笑顔を私に向ける。


「……いいや。

きっと、必要だよ。

お前はあいつのストレス発散道具だからな。

お母さん、お前のこと誉めていたよ。


『抵抗しないし、泣くのを我慢しようと頑張ってる姿が馬鹿らしくてスッキリする』ってさ。


お陰で、あいつがお前の親権を持つって言ってくれたしな。

ま、俺にはお前の何処が使えるのか解らないけどな。


俺はお前のこと要らないな。


役立たずで、出来損ない。いるだけでイライラする。目障りだ」



「……っ……!!」



私は、お父さんを押し退け素足のまま外へ飛び出た。

すれ違いざまに見えたお父さんの横顔は笑顔だった。




目的もなく、冬の夜道を走り続けた。




どれくらいくらい走り続けただろうか。

寒さや、冷たさ、感覚が麻痺してなにも感じなくなってきた。



「奏!?」



私の名前を呼ぶ声がする。


誰だろ。聞き覚えのある声だな。

なんでだかどうでもよくて、興味がなかった。


ちゃんと見えてる。聞こえてる。

でも、独り取り残されたような。

独りなにか違うものを見ているような不思議な感じ。


頭が働かない。


走るのをやめて止まる。そして、声がした方を見る。



「お、かあ……さ、ん?」


振り向けば、まるで汚いものを見るような目で私を見るお母さんがいた。


目で『汚い』と言っている。



「どうしたの!?そんな格好で!!

あなた、靴履いて無いじゃない!?

みっともない!」




ミットモナイ?




「……ねぇ、おかあさん」


その声は、まるで幼児がオモチャをねだるときのような甘い声で。


私、こんな声出せるんだな。

なんて思わず感心してしまった。


「なに!?」


お母さんは周りの人にこんなみっともない子を自分の子供だと思われたくないようで、イライラしていた。



「わたしっていらない子?」


こんなことを聞いても意味など無いことくらい解ってる。


だって、聞かなくても答えは解ってるから。

でもね、少し、期待してるの。


『必要よ。貴方は大切な私の子だもの。』

って言って微笑んでくれるのを。


“大好き”って。“愛してる”って言って、私を強く、優しく抱き締めてくれるのを。



こんなことあり得ないのに。

でもね、期待してるの。


馬鹿でしょう?

哀れでしょう?


こんな期待なんてしたって無駄。叶わない。


そんなこと、解ってる。


ねぇ。

いっそ、期待なんて出来ないくらいドン底まで突き落としてよ。


もう、覚悟は出来てるから。





しばらく沈黙が続いた。

お母さんは何か悩んでいるようだった。


ねぇ、お母さん。

笑っているように見えるのは気のせいだよね?


「……そうねぇ。

ハッキリ言って必要ではないわ。

でも、いたらいたで道具として使えるいい子よ。

そういう意味で大好きだし、愛してるわ。

役立たずなんだからせめて私のストレス発散の道具として使えなきゃ割りに合わないわ。

必要な子か、そうでない子か、自分で考えてみなさい。


中学生になったんだから、それくらいそろそろ解るでしょう?


本当に、出来損ないね」



酷いことを吐き終えたお母さんは笑っていた。

黒く、醜い笑顔で。



ダイスキ?

アイシテル?


それは、使える道具だから?


それって“愛”なの?



「じゃあ、使えなくなったら、私は、要らない子?」


もう、その声に感情はこもっていなかった。


「ま、そうなるわね」


吐き捨てるように、お母さんは言った。



そして、虚ろな目をしている私の手を取り、


「ほら、行くわよ!

そんなみっともない格好恥ずかしいわ!」


と、強引に引っ張った。




パシッ!




お母さんの手を叩いた。

産まれて初めて私は、お母さんに抵抗した。


恐る恐る、お母さんの顔を見てみる。


お母さんは、目を見開いて静止していた。

何が起きたか理解できていないようだった。



「何をするの!?この出来損ない!!!!!」


あぁ、取り返しのつかないことしたな。



なんかもういいや。



諦めると、何故か自然と笑みが溢れる。


「……ねぇ、おかあさん。

わたし生きてても意味無いよね?


出来損ないだもんね。

お母さんさ、私のこと人として、自分の子供として。

好きでも、愛してもいないんでしょう?


……私、死んでもいい?」




今、私はどんな顔をしているんだろう?




ねぇ、お母さん『死なないで』って言ってよ。

強く抱き締めて『そんなに追い詰めてごめんね』って言ってよ。



優しく、暖かい言葉を頂戴よ。



ねぇ……



「勝手に死になさい!あなたは私の子じゃないわ!」


私の期待など虚しく、お母さんはそう叫んだ。



期待なんてしなきゃよかった。

あんなこと、願わなきゃよかった。



もう、いいや。



お母さん。貴方は多分本当に死のうとしているなんて思ってないんでしょうね。


ただの子供の戯れ言としか思ってないんでしょうね。


でもね。





私、もう…………





私は、走った。

目的もなくただただ走り続けた。






いったいどれくらい走ったのか。

気付いたら私は、ビルの最上階にいた。


20階。



飛び降りるなら屋上が良かったのだが、屋上への扉は開いていなかった。




ふと、空を見上げる。

星空がとてもきれいに見える。



これから死ぬのかと思うと、全てがどうでもよく感じる。


寒さとか痛み、何も感じない。



でも、どうしてだろう。

頬に涙が伝っている。

悲しくなんてないハズなのに。





「消えたいなぁ」




呟くと、笑みがこぼれる。




でもね。

本当は死にたくは無いんだよ。


でも、生きる意味が無いんだ。


誰からも好かれず、愛されない私が生きてる意味は無いんだ。



だから



さぁ、綺麗な星空に消えよう。


さぁ、綺麗な夜景の中に落ちよう。


さぁ、生きてる意味の無い理不尽な世界にさよならをしよう。



お母さん。お父さん。


最後まで出来損ないで役立たずだったね。


喜んでくれますか?


そんな私はいなくなりますよ。




二人とも幸せになってね。




「バイバイ」




私は笑顔で飛び降りた。



最後くらい愛されたかった。


そう呟いた奏の声は誰にも届かない。

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