閉じ込めたい王子と引きこもりたい聖女〜「キモい」と追放された私は、極上の紅茶とケーキがあれば一生監禁されたい! なのに国に戻るって、自滅する人の顔を見に行くほど、暇じゃないんですけど……〜
私は聖女です。
キモいと言われるので、引きこもってます。
ゴトッ
扉の前に何か置かれました。
パタパタと置いた人が遠ざかって行きます。
音が聞こえなくなったので扉を開けて、扉の前に置かれたオヤツを確認します。
ギィ……
今日のオヤツはチーズケーキみたいです。
聖なる温度調整カップに入った紅茶付きです!
私がホクホク顔でトレイを持ち上げて部屋に戻ろうとすると、
「捕まえた、聖女」
と、肩を掴まれます。
王子です!
動けば聖なる温度調整カップに入った紅茶がこぼれてしまうから動けない。
王子、なんて卑怯な手を!
「こうでもしないと君に会えないだろ」
「会う必要がないんですけど」
わたしは追放された聖女です。
祈る姿が気持ち悪いと言われて追放されました。
分かってます。
自覚あります。
だから拾ってくれた隣国では、引きこもって祈ってます。
王様や大臣も一度、私の祈りの姿を見て、(あ、これは本当にキモいわ)と納得して引きこもらせてくれてるのに、この王子だけは逃してくれません。
「あんなに気持ち悪いのに、国のために引きこもってまで祈っているなんて、健気で可愛いだろ?」
あ、キモいとは思っているんだ。
正常な人で良かった。
「……」
ソ……、バタン!
「あ!」
私は王子に気づかれないようにソッと後ずさって扉を閉めた。
聖なる温度調整カップの紅茶が少しこぼれた。
お、王子のせいだー!
引きこもり聖女唯一の楽しみのオヤツのお供なのに〜!
3%くらい不幸になった!
——これは祈りで幸せを回復しないといけない。
なになに。
『王都に住む、恋するうさぎちゃんです! 私には好きな人がいます! 聖女様のお力で両思いにして下さい!』
「ぐはっ! 可愛すぎ、ぐふふっ。もう付き合っちゃえ、にゅふふふ」
『孫が生まれました、聖女様』
「うわー、めでたい、ぎゅふふ」
みんなからの手紙を読むと幸せな気分になって、祈りの力が国中に広がって行くけど……。
笑い方がキモいと評判です。
……自覚あります。
「ぎゅうぶふふ」
けれど、幸せな手紙を読むと妄想が抑えきれずに、つい笑ってしまう。
『キモいわ、何こいつ!』
『我が国の聖女だよ、王女。そんな言葉使いをしてはいけないよ』
『申し訳ございません、お兄様。あまりの気持ち悪さに、我を忘れてしまって。私、塵芥に向ける言葉を知りませんの』
『僕も廃棄物をどう扱えばいいか分からないが、振る舞いには気を付けなければ、聖女と同じに落ちてしまう』
『あー! 我が国はこんなハズレ聖女なんでしょう? 周辺国の姫や王子の前で肩身が狭いですわ』
追放される前の誰でも入室可能な聖女の部屋で祈っていた時に比べたら、この引きこもりルームは天国!
絶対に外になんて出ないんだから!
◆◇◆
ゴト
またオヤツの時間です。
足音が遠ざかっていきます。
さすがに昨日の今日で私が同じ手に引っ掛かるなんて王子も思っていないでしょう。
私は警戒心もなく扉を開けます。
「聖女、捕まえた!」
「ぎゅぶ、何でいるの!? ワンパターン王子ー!」
私は隙を見て昨日のように逃げようとしますが、扉に王子の足がかかって閉められない!
ワンパターンじゃない!?
私はオヤツのトレイを持って身動きが取れず、王子を追い返せない!
何!? この前世の悪徳セールスマンみたいなやり方は!
「王子! 卑怯です」
「こうしないと君に会えないし。で、部屋に入れないと、キスするよ」
目の前に王子の顔があります。
手に持って紅茶の湯気が顔にかかって熱いのか、王子の吐息が熱いのか分からなくなる。
こんな目の前で、端正な王子の顔で迫られたら、動悸が収まらない……。
変態王子なのに!
私はテーブルにオヤツのトレイを置きます。
一応椅子は二脚あるけど、一つは物置に使っていたから、王子のためによける。
「わ、引きこもりの部屋だ!」
王子は変な所に感動して入る。
「でも、思ったより整ってるな」
「まだ引きこもって一ヶ月なので、これからです!」
引きこもりとしての意気込みは王子に十分伝わったと思う。
「別に引きこもってていいから、僕と結婚……」
「それだけは嫌です! 王子は行動力があり過ぎるから、引きこもりの敵です! 絶対に何処かに連れ出される〜!」
思えば私が追放されたのは王子のせいなんだ!
『そんなにキモいって言うなら僕が貰って行くよ』
『あら、引き取って下さるの、ありがたいですわ』
『こんな聖女は追放だ、王子、持って行ってくれ』
——悲しかったです。
自分がキモいって自覚はあったけど……。
こんなカッコいい王子様の前で言わなくていいのに……。
涙が溢れて来そうだった。
隣国の王子王女兄妹が去った後も、王子は私の側にいて……。
『じゃあ、行こうか!』
私の手を取ってくれた手がとても温かくて、目の中には溢れる寸前の涙でいっぱいになる。
『行けません、私がいなくなってはこの国の為に祈る人がいなくなります……。王子王女も本気で追放と言ったわけじゃない……』
『こんなに悲しい顔で泣きそうなのを我慢してまでいる事ないだろ?』
王子が私の顔を両手で包んでくれたから、王子の体温が身に染みて……。
ボロボロと泣いてしまった私。
そのまま王子の胸に顔を埋めて泣いていたら、王子に強く抱きしめられて……。
王子の手の熱が私の背中から下に下がって、腰の辺りで止まる。
ガッチリ腰に回された王子の腕は、軽々と私を持ち上げてしまう。
「もう君は僕のモノだからね」
私は王子の首に自分の手を巻き付けると王子に絡みつく。
顔が王子の顔に近付いて、頬と頬がくっつくくらい近い。
王子が私をすぐ横で見つめる視線を感じながら、私は小さくうなづいた。
気づいたら、この引きこもりルームで快適に暮らしていました。
「君を拐って来る時だから、行動する必要があっただけで、僕は君を閉じ込めておきたいんだから、ここから出なくていいよ」
え、それなら……ってダメダメっ!
「王子と結婚したら、みんなの前で結婚式をしなきゃいけないでしょう! 絶対に嫌です!! ここから出ません!!」
ゼーハー。
息切れするくらい力一杯否定した。
引きこもりは肺活量がないの!
頭がクラクラしていると王子が紅茶を入れている。
聖なる温度調整カップが二つ。
もう今日は完全に逃がさないつもりだったのね。
でも、ケーキは一つだけ。
「王子、ケーキは要らないの?」
今日のオヤツは可愛く盛り付けされたミルフィーユだ。
「僕はもう食べてるから」
「じゃあ、紅茶飲んだら出てって」
「嫌だ、聖女が仕事してるところ見る」
「やめて下さい! あんな気持ち悪いもの見たいって、変態ですかっ!?」
変態でした!!
「グボぶぶ!」
王子の前だからって、手紙を読むと幸せな気持ちになって、気持ち悪い笑いが止まらない!
伊達に気持ち悪いからって追放されてないのよ!
「良いね。聖女を見てると幸せになれる」
正気ですか? 王子!?
「じゃあ、気が済んだなら出てって、王子」
不満そうだけど、王子は腰を上げて出て行く。
「そうだ、聖女、君の祖国が、君がいなくなって潰れそうらしいけど、見に行かないか?」
思い出したように言う王子。
「はぁ? 追放されて一ヶ月しか経ってないのに潰れる? それ私のせいじゃないでしょう。追放されて関係ない国だし、引きこもるのに忙しくて、見に行く暇なんてないですよ」
「本当に興味なさそうだな」
「露ほども」
王子は少し考えてる。
「そんな事より、王子はさっき私を閉じ込めたい、引きこもってていいって言ったばかりだけど?」
やっぱり行動力の塊!
「さすがに祖国には帰りたいと思ったんだよ。聖女宛に手紙も大量に届いてるそうだよ。聖女に助けて欲しいって」
「ああ、手紙は読みたい……」
可愛い日常の話を読んで幸せだった。
キモいといくら言われても笑って祈ることをやめられなかった……。
でも、『助けて』なんて手紙は読んだことないけど……?
「……まあ、王子王女がどうなったか知っておかないと寝覚めも悪いし、仕方ないから付き合いますよ、王子」
「さすが、聖女」
何がさすがなんだろう?
「祖国に戻っている間、オヤツを食べられないのが嫌だけど。ここのお城のケーキが一番美味しいのに……」
「聖女、そんなにケーキを気に入ってたのか。ワンパターンな罠に引っかかるわけだ」
「……仕掛ける方がワンパターンなの……」
◆◇◆
祖国は暗く沈んでいた。
私が消えて一ヶ月の間に一体何が!?
「元々、そんなに豊かな国じゃなかったんだ。君の祈りのおかげで、幸せを感じる力が国中に蔓延して幸せに見えていただけだ」
王子様が説明してくれたけど……。
馬車から見える人たちの表情が一様に暗く、母親が子供を叩いていた。
別の場所では男達が喧嘩をしていて店では客と店主が言い争ってる。
何でこんなことに……。
「些細なことでも貧しければ争いのタネになる。ウチの国は豊かだったけど、聖女が来る前は貧しいものたちの心はすさんでいたよ」
……。
私の目から涙が溢れた。
……私のせいで……。
王子は私を優しく抱きしめてくれる。
王子の体温が触れている部分から伝わってくる。
王子が私を少しだけ幸せにする。
「ぐぎゅふふ……」
王子は私の気持ち悪い笑いに、目を細めるだけ。
いつも手紙をくれていた、あの人たちがまだ些細な幸せを持ち続けていますように——。
祖国の城では王子王女が迎えてくれた。
「塵芥ね。今となっては、あの時にただ飯ぐらいのあなたを隣国に追放できたのは、最高のタイミングでしたわ。今は王女の私もこんなものしか食べられませんのよ、あなたがここにいてもあなたの分なんてありませんわ」
そう言って王女が食べているオヤツはマカロンとサブレだった。
私もこの国にいた時はよく食べた、普通のオヤツだ。
材料自体は質素だけど、美味しいお菓子なのに……。
王女は、いつものオヤツに幸せを感じられなくなってる?
「聖女に届いている手紙を引き取りに来たんだ」
王子が言って、かつての私の部屋に案内されます。
キモいって言われ続けた部屋で、自覚はあったけど胸が苦しい……。
少しづつ足取りが重くなる私に手を王子が引いてくれる。
温かくて力強い手。
部屋の中央に置かれた手紙を読む。
『聖女様、どうして、お父さんがお母さんや僕たちを打つんですか?』
ポタポタと私の目から涙が溢れる。
こんな手紙が来たことは一度もなかった……。
笑えない、全然、笑えない!
私が王子の元で引きこもる生活を満喫してる間にこんなことになっていたなんて……。
王子が抱きしめてくれる。
私の顔に唇をつけて、私の涙を吸ってくれる。
背中に回された王子の腕から、王子の熱を感じて、涙も物理的に消えて行くけど……。
「……私、この国に戻ります、王子」
「僕の国の君のファンはどうするんだ? 僕は君に選ばせるために連れて来たわけじゃない。君はずっと僕の城に閉じこもってるんだ」
王子は身体は優しく抱きしめてくれるのに、言葉は鋭い。
「じゃあ、何で連れて来たの? こんなものを見たら、引きこもってるのが、ただ辛くなるだけなのに……」
私は王子の考えていることが分からない。
キモいって言われてる方がずっと辛くない。
「正式に君を僕のモノにするためだよ。前は、ほとんど誘拐だったから」
……そうだったかも……。
王子王女兄妹が入ってくる。
「何やってるんだ……!」
兄王子が入ってくるなり顔を真っ赤にさせている。
「う、美しい……」
……?
「あ、あら、聖女、笑い方キモいけど、泣く姿は結構見れるのね」
私は王子の腕をつかんで泣いてはいるけど……。
「可愛い……」
ゾ、ゾゾッ
兄王子がキモいんだけど……。
私は王子の腕にますますしがみつく。
王子の腕の間から見る兄王子の視線がキモい通り越して怖い!
王女にも睨まれてる。
「君たち、僕の聖女に気持ち悪い視線を送るのはやめてもらおうか」
「な!」
「気持ち悪いですって!?」
「じ、自覚ないの!?」
私は思わず言ってしまう。
「聖女の能力は人の幸せを祈った時に、その人や周りの人まで広範囲で人を幸せにすると言うモノだ。君たちもその祈りの中にいたから、幸せだったんだ。
国が急に滅びに向かっているわけじゃない。だけど、このままなら滅びるだろうな」
「何を言ってますの? ちょっと幸せを感じたくらいで、そんな……」
「聖女、この手紙を読んで」
唐突に王子が手紙を渡す。
『聖女様、お城に猫が住み着いています。可愛いです! 見に来てください』
「グフフビきゅうう、猫、可愛いです」
やはり王子王女兄妹がキモいとドン引きしてます。
効果は明日だな、王子が言って城に泊まらせてもらう。
翌朝、朝食の場に行くと、王子王女兄妹と王様、その他の有力者が集まって頭を下げています。
「聖女よ、すまなかった。私たちはお前、いや、あなた様を軽視し過ぎていた、いました。どうか許して、わが国へお戻り下さい!」
お、王様が私に謝罪!?
何があったの?
「聖女、私が浅はかでした。あなたの素晴らしさに気づかずに。数々の暴言をお許しください」
王女も深く頭をさげる。
「今までの無礼をお許し下さい。あなたの美しさに気づいていなかった……。許して下さるなら、是非私と……」
兄王子?
「ダメに決まっているだろう。聖女は僕のだ」
王子が私を強く抱きしめて言う。
王子の力強さに、胸が高鳴る。
「これで、君たちも聖女の力を理解したと思う。今や聖女は我が国の至宝です。渡すわけにはいきません」
グッとみんな息を呑む。
私は隣国で認められてることが嬉しいけど、大袈裟過ぎて恥ずかしい。
「ぐへへべ」
私の笑いに、王たちは一瞬たじろぐ。
王子だけは変わらない。
あれ? 兄王子も私に引いてない!?
兄王子が私に少し視線を送った後で、真剣に王子に抗議する。
「聖女はほとんど事前の説明もなしに連れて行かれたんだ。戻してもらうのが当然だ」
聞いているみんなは、私の気持ち悪い笑いを直接見たことで一瞬止まったけど、「そ、そうだと」一緒に抗議する。
私自身も正式に王子の国へ行く手続きをしてない事は気になるし、この国をこのままにしておけない……。
王子王女兄妹や、王様たちが土下座したからって、私の心は全く動きませんけど、手紙をくれた人たちは気になる。
「手紙さえあれば良いんだ。聖女の祈りに国境はない!」
そう王子に言われて目が覚めるようでした。
「聖女、僕の国で祈るんだ」
「はい!」
私は王子に抱きつきます。
引きこもりのまま世界が救える。
◆◇◆
「そいつと、出て行くのか!」
兄王子が追って来ます。
王様や他の方達は、祈りが有効ならどうぞどうぞと言う感じだったけど。
「結局、聖女のやっていることはゴミの山を美しく見せてるだけだ」
兄王子の言葉にドキッとします。
「選ばれなかったからって、聖女に毒を吐くのは辞めてくれ。彼女のチカラは本当の悲しみを消すものではないんだ」
王子が私を庇うようにして言います。
「誰かが幸せを祈ってくれるだけで、人は幸せになれるんだ」
王子の言葉は嬉しいけど、兄王子の言葉は少しだけ毒になって残る。
兄王子の顔を見てしまった……。
——あなたのことはどうでもいいから、みんなと同じく、幸せを祈ります。
◆◇◆
帰りの馬車の中でショートケーキを食べるオヤツタイムです。
「……お城のケーキと同じ味がするけど、どうして?」
私が聞くと王子がすぐに答える。
「それは、僕が作っているからだよ」
ええ!?
「こんな美味しいお菓子が作れるなんて! 素敵! すごーい! 王子、結婚してください!」
「はい!」
あれ?
「い、今のは勢いで言っただけで本当に結婚するわけじゃ」
「ん?」
王子の笑顔が怖いです。
あれ?
純白のドレスを着て、王子と二人で並んでいます。
あれ?
国中から大勢の人が、はじめて公の場に出る聖女を見ようと押し寄せます。
あれ?
誓いの言葉を言った後に、
「僕が君をずっと幸せにするから、君はみんなの幸せを祈っていて下さい」
王子の言葉は少しグッときます。
今日くらいは私も素直になってもいいのかもしれない……。
「私、王子と出会えて、世界一幸せです! ぎぃいふぶふふ」
(え! この王妃、キモくない!?)
群衆がドン引きした音が聞こえた。
国民公認の引きこもり生活が確定したみたい。




