第9話 尋問官。
いつものように、放課後に生徒会室に向かうと、先客がいたようだ。
人のよさそうな白髪のおじさまが一人、来客用のソファーで殿下とお茶を飲んでいた。
「ただいま参りました」
「参りましたぁ」
いつものように軽く挨拶して、1年生組が自分の席に着こうとすると、アリーセ様が殿下に呼ばれた。
「アリーセ君。自分のカバンを持って、隣に座ってくれないか?」
「え?はい」
アリーセ様がカミル君と私と、控えていた強張った顔をしたエルヴェーラ様をちらちらと見た後、カバンを持ったままソファーに座った。
「カバンを開けて中身を出して見せてくれる?」
「はい」
アリーセ様が言われるがままにカバンの中身をテーブルに出す。
教科書とノートと…今、彼女が読んでいるフール国で革命を起こした側の書簡集。
白髪のおじさまが、そっとその書簡集に手を伸ばして…ぱらぱらっとページを繰る。
「お嬢さんはこう言ったものに興味がおありで?」
…あ…この人が…尋問官?
尋問官と言ったら、黒いフード付きの外套とか羽織って、軍服を着て、恐ろしい顔をしているのものかと勝手に想像していたモニカは、この目の前の穏やかそうなおじさまがそれだと気が付いて…うろたえた。義兄上に聞いてはいたが…イメージが違い過ぎた。
カミル君が、一歩前に出た。
「いえ。興味があって読んでいたのは私です。私は子爵家なので王立図書館に入れないものですから…お嬢様に本を借りていただいたんです」
「カミル?」
アリーセ様が驚いた顔でカミル君を見る。
「ふむ。ジギス子爵家のカミル君、だね?君の領はここ何年も不作でゲラルト侯爵家から援助を貰っているよネ?で、君がゲラルド家に小さいころから働きに来てるんだったね。」
「はい。その通りです」
顔色一つ変えずに、カミル君が答える。
「じゃあ君、革命関係の本を借りたのは君だと言うんだね?どういう意図で借りて読んでいたのかな?貸出履歴を調べたが、かなりの冊数借りているよネ?」
にこやかに笑いながらそのおじさまがカミル君に問いかける。
「ただ単に、興味があっただけです」
「うーん」
前のめりだったおじさまが、ため息を一つつくと、手を組んでソファーの背もたれに沈み込んだ。
「じゃあ、フール国で最初の暴動が起きたのも、不作続きの弱小領地民からだった、って…本を読んでいる君ならもう知っているよネ?」
「……」
「いいえ!本当に私が読んでいたんです!」
アリーセ様が沈黙を破るようにテーブルに両手をついて言い放った。
「私が…身分差のない社会に興味があっただけなんです!」
…その発言も危険だ…アリーセ様…
モニカは…思わずカミル君を押しのけて、前に出る。
「尋問官様、よくお考え下さい。殿下の婚約者候補であるアリーセ様が、どのような思いでこれらの本を読んでいたのか、ほんの少しお考えいただければわかりますでしょう?」
「ほう…」
「フール国で起きた革命…度重なる重税にあえぐ国民、餓死者が出るほどの不作の中でもフールの貴族は税を取り続けました。そうしてその税金で着飾ってご馳走を食べ、夜な夜な舞踏会を開いたんですのよね?」
「…そうだね」
「では、殿下の婚約者候補としてアリーセ様がフールでの革命について学ぼうとしたことがわかるではないでしょうか?」
「と、いうと?」
にっこり笑っておじさまが面白そうに聞き返す。
「過剰な税を取っている領主はいないか。不作が続いているところにきちんと国からの救済は入っているのか。貴族はその生活が領民の税で成り立っているときちんと自覚しているのか。その税が無駄なくきちんと経済を回しているのか。そして、一番大事なことはその書簡集にも書かれていると思います。王家はきちんと、国民に向かい合っているのか。」
ゴクリ、と、殿下ののどが鳴った。でももう止まらない。
「過去の事例を紐解いて、なぜそうなったかを知るのは大事です。緩慢な日常の中で貴族が何を忘れたか、民が何を求めていたか。私たち貴族は過去から学ばねばなりません。蓋をして目をそらすのはもったいないことです!」
「……ふーん」
「逆に言えば、この本はそれらの失敗話がたくさん書かれているわけですよね?」
「…うん、まあ…そうとも言えるかな?」
おじさまが顎を撫でながら、笑いをこらえているようなお顔。なぜ?え?バカにされてるのかしら???
「アリーセ様は休日には孤児院を訪ねてペンキ塗りまでするようなお方です。常に弱い者に目を向けて、そう言う立場の者でも平和に生きていくすべを探すべく、ご自分のできることを精一杯なさる方です。殿下の婚約者候補として恥じることのない、立派な方です!」
アリーセ様のくだりでは両手を広げて力説してしまった。
モニカはふんすっ、と言い終わってから鼻から息を吐く。完璧だわ!
いやあ…我ながら興奮した、とモニカは…少し…ほんの少しだけ反省した。
「…って、モニカは思いまーす」
付け足すように言った。
おじさまはがははっと、涙ながらに大笑いしている。
「あははははっ、面白い子だねえ。君は…ヘルケ伯爵家の…ああ、あのアレクシス君の妹さんだったねぇ。いいねえ。」
「え?あ、はい。」
さて、と言いながらそのおじさまが本をアリーセ様に押し戻し、殿下に向かってにこやかに笑いかけた。
「では、殿下。時間と場所の提供に感謝いたします。」
「…もういいのか?」
「ええ。おかげで楽しい話が聞けました」
「え?……」
さすがの殿下も…先ほどから強張っている表情が戻らないらしい。
あっけに取られているのは殿下だけでなく、私たちみんなもだ。
「…アリーセ嬢はこのカミル君と結婚したいらしいが、なにせお互い継ぐ領地も身分もない。平民落ちするのはゲラルト侯爵が許さない。八方塞がりだったようですね。今のところは殿下の婚約者候補、と言うことで決まった方はいませんが、時間の問題でしょうねえ。焦っていたんだと思いますよ?発想はちと、トンチンカンでしたがね。」
「え?…」
「殿下も面白い学友に囲まれて良い学院生活が送れているようですね。じいは安心しました。陛下にはよく伝えておきます。」
「…じいや…。」
「え?」
じいや?




