第22話 3月。
「…だってね。おめでとう」
「え?」
殿下の執務室に戻ると、いつも通りアレクシス君が書類に埋もれていた。私が戻ったのをみて、わざわざ席を立って、私のために紅茶を入れてくれた。気が利くいい子だ。
殿下の結婚式は無事に終わった。
まさか本人は来ないだろうと思っていたブリア国の国王が参列した。
まあ、ドタバタはしたが、おかげで領地の境界線の合意書もついでに調印いただき、両国の和平条約の締結の日にちの約束までできた。まずまずの収穫。
各国や諸侯のお祝い品は別の棟に運び込み、一つ一つ、それこそ包み紙の果てまで徹底して調べた。今のところ、怪しいものは出てきていない。
字の上手な文官に礼状を書かせ、殿下と王子妃の印を押してもらって記念品を添えて発送。
国を挙げた慶事も、もう少しでひと段落かな。
殿下不在の殿下の執務室で金魚に見られながら、アレクシス君にお祝い品リストを確認させていた。この子は使えるね。もう少し仕込んだら、私も引退かな?
「…なんですって?」
カップを私の席にそっと置いたアレクシス君が聞き直した。
「聞こえなかった?アレクシス君の妹君の輿入れ先が決まったらしいね。おめでとう。って言ったんだよ?」
「…え?」
「君の妹君、面白い子だから使えそうだなあって思っていたのに…先を越されちゃったなあ。今回の褒賞のアルブ子爵領だって、あの子に任せてみたかったなあ。まあ、あの子のことだから何か考えがあるんだろうけどね。」
この子の弱点は妹君、だなあ。あの子が誘拐されたりしたら軍を動かしちゃったりしてね…。あはは。
カップから紅茶の良い香りが立ちのぼる。
「…え?ええ?モニカのことですか?まさかビアンカ?」
「モニカちゃんの方だよ。私は2月あたりから情報は持っていたけどね。君、もう少し噂話とかも聞き耳を立てるようにしないとね。意外と真実が隠れてたりするよ?」
私が言う内容に…頭が付いてきていないね?面白いねぇ。
そういうところだよ。まだまだだね。私の引退はもう少し先かなあ。うふふっ。
「ちょうど、君の父親が王城に書類を取りに来てたよ。モニカちゃんの養子縁組を外す書類と、婚姻承諾書を取りに来たんです、って、ご機嫌だった。私も君を借りっぱなしだったからちゃんとご挨拶したよ?君の結婚相手も…決まっちゃったね」
「……」
アレクシス君の入れてくれた紅茶を飲む。紅茶を入れるのもなかなか上手だ。
ガタリっと、アレクシス君が立ち上がった勢いで椅子が倒れた。
「…卿、すみません、少し、席を外します」
言い終わる前に執務室を飛び出していった。
「おやおや…うん。若いねぇ。話は最後まで聞くもんだよ」
ラウレンツ卿はカップを片手に窓の外を見る。
去年の秋から騒々しかったこのゲルト国にも、ようやく春が来たなあ…と膨らみだした木々の柔らかい新緑を眺めた。
*****
「父上!」
必要な書類を取って、王城の事務棟の出口に向かって歩いていると、聞きなれた声がした。
「おや。アレクシス。久しぶりだねぇ。何か月ぶりだい?」
久しぶりに見たアレクシスはやつれて見えた。忙しかったらしいな。
「3か月…いえ、そんなことはどうでもいいんです!父上、どういうことですか?」
「どう?とは?…ああ、モニカの件かい?さっきラウレンツ卿に話したことだね?うんうん。」
「そんな、急に…いったい…」
「おや?嫌だったかい?ずっと考えていたことなんだけどね、モニカが16歳になったらって」
アレクシスが一番大喜びすると思っていたのに…違ったのかな…。
物凄く動揺した顔をしているけど…。急ぎ過ぎたかな?
いやいや。最近のアレクシスを見ていると、危うい。
義妹に手を出した後では遅いしな。お互いが不名誉になってしまうから。
「お前も王城勤務になるだろう?うちの領や商会の面倒を見ることができる人がお前の嫁になるのがベストだろう?モニカもうちの最大の利益になるところに嫁に行きたいと言ってくれてさあ。うふふっ。嬉しいよね。」
「り、利益?」
「ああ。近々、モニカの実家に出向いて事情を説明して、養子縁組を解除してくるつもりだ。ついでに婚姻承諾書も貰って来ようと思っていたんだが…」
「…父上…なぜ?」
え?
アレクシスが泣きそうな顔をしている…疲れているのかな?
「なぜって…養子縁組を解除して、モニカを男爵家に戻して、お前の嫁に貰おうと思って。…そんなに嫌だったか???私はてっきり…お前とモニカは好き合っているのかと思っていたんだが…違うのか???母さんも大賛成してくれたぞ?」
「え?…」
「気のせいだったか…じゃあ、ラウレンツ卿がモニカにいい縁談があったって言ってたから…聞いてみるしかないか…。」
「え?」
そうか。私も妻も浮かれてたな。
モニカがアレクシスの嫁になってくれたら、ずっと家族のままいれるって喜んだんだけど…。こいつにはやはり、妹は妹だったか…。
「ま…待ってください、父上…。」




