第20話 1月。
テオドール殿下とクロディーヌ王女の結婚式は、異例の早さで執り行われることになった。通常なら、1年から1年半の期間を取るところだが…。
12月末に婚約し、2月末には結婚式を挙げる予定だ。
婚約者、の立場は不安定なので、王子妃にしちゃおうって魂胆なんだろうけど…。
おかげで…僕は引き続き、寝る暇も家に帰る暇もないほどじいやさんにこき使われることになった。
「ねえ、アレクシス君。予定通りブリア国の姫をもらい受けて、じゃ、ってことで書簡に書かれていた通り持参金代わりに国境沿いの山をうちでもらってしまったらどうなるかな?」
王城と国教会の警備の図面を見せられていたアレクシスに、じいやさんが聞いてきた。
「まあ、それは…後々の遺恨を残すことになりますよね。先方さんはもともとそんなつもりはなかったわけですから」
「だよね。どうする?」
「…うちの父がよく言っています。損して得取れ、ってね。あの山の稜線を国境に決めて、恨みっこなしにしたらいかがでしょう?」
「えー?鉄鉱石がブリア側に大量に出たら、うちの国が丸損、だよね?丸ごともらえるはずだったのに。」
たのしそうにじいやさんが話す。
「そうかもしれませんが、その産出した鉄鉱石で武器を作るのを、テオドール殿下が望みますかね?」
「ふむ。いいね」
ブリア国はもちろん、近隣各国に招待状を出す。来賓の宿の確保。なにせ、何十人もお供が来るのでその宿も。料理、飲み物、給仕係、警備係…。
並行してブリア国に陛下のお名前で両国の間の山の稜線に国境を定め、両国から測量技師を出して境界に礎石を打つ、という提案をしていただく。
…これは、通常ならブリアの怒りを買いそうな事案だが、今回は自分の方から大ぶろしきを広げたこともあり、しぶしぶでも了承するだろう。
これによって…クロディーヌ王女の命の安全も図れるわけだ。
先方は思ったように事が進まず、はらわたが煮えくり返るほど怒っているだろうけど。
念のため…ホルストをそそのかしたブリアの侍女は生かさず殺さず取ってあるようだ。ホルストの消息は僕には知らされなかったが…まあ、生きてはいないだろう。
「ああ。アレクシス君。招待客のリストが上がってきたから確認ね。それから…」
ああ…家に帰りてぇ…。
…せめて、モニカで癒されたい。
*****
「お義父様、お話がございます」
「なんだい?モニカ、改まって?」
領地から帰ってきた義父に、留守中預かっていた商会の帳簿を確認してもらっていた。
ここのところ義兄は王城の仕事に駆り出されており、学院もアカデミアもお休みしている。家にも帰れないほどらしい。実際…帰ってきていない。
殿下と王女の結婚が急いで行われることになったので、1年以上かけて準備するところを2か月で仕上げようとしているので…それはそうなってしまうだろう。
殿下もクロディーヌ王女も、学院はお休みしていらっしゃる。
生徒会はエルヴェーラ様が仕切って進めている。もちろん私たちも頑張っている。
私は…学院でもうポニーテールにはしていない。家でいつもそうしているように後ろに一本縛り。スカートも普通の長さだ。
1月になって…私は16歳になった。
「お義父様。私、16歳になりましたので、ヘルケ伯爵家に有益なところに嫁ぎたいと思っております」
「へ?」
驚いた顔で帳簿から顔を上げた義父が、眼鏡を外して私を見る。
「せっかく殿下の婚約者候補になったので、私なりにヘルケ家のために頑張ったんですけれど…婚約者はクロディーヌ王女で国益のためには正解だったと思っております。」
なるべくサラッと。半分冗談みたいに言いたかった。
「……そうだね」
「なので…お義父様に…使えそうな商社にでも、取引先のお相手にでも…今後お義父様が有利に商売ができるところに私を使っていただけませんか?」
「使う?って…モニカ。随分と寂しいことを言うんだね?」
「…養女に来た以上、なにかお役に立たなければ…」
モニカは笑って見せる、上手に笑えているかどうかはわからないが。
ふううっ、とため息をついてこめかみを抑える義父。
「ねえ、モニカ?私は本当にお前の父親だと思って暮らしてきたつもりだよ?妻も、皆も同じだと思う。幼かったお前を実の両親から引き離してしまった罪悪感はずっとあったがね」
「…お義父様…。」
「私たちは家族になったつもりだったんだけど…違ったかな?」
「……」
泣くつもりなんかなかったが…義父の言葉にぽろぽろと涙がこぼれてしまう。
本当に…本当の家族ならよかった。みんな大好きだ。
上手く話を逸らすつもりだったが…つい本音が出る。
「だって…お義父様?お義兄様が結婚されたら、養女の小姑なんて、いない方がいいでしょう?お義兄様が婚約者をお決めにならないのは…私のせいなんじゃないんですか?」
「あ…そうか。殿下が結婚することになったから、いろいろ考えてしまったのかな?ね、モニカ…アレクシスはお前のことを大事にしていただろう?お前はアレクシスが好きだろう?違うのかい?」
「…だから、です。だから…早くここを出て行きたいんです。お義兄様に幸せになっていただきたいんです」
「…そうか…アレクシスの幸せ、ねえ…。」
そう言って、義父が立ち上がって私のことを抱きしめてくれた。
「では…お前の嫁ぎ先は、私が決めていいんだね?」
「はい」
「ヘルケ伯爵家のメリットになればいいんだよね?」
「はい」
「じゃあ、うちの最大のメリットになるところに嫁がせてあげるから、春まで…少し待っていてね」
「……はい」




