第2話 【婚約破棄から始まる騎士の溺愛】
「お義兄様!お帰りなさい!」
今日も憂鬱な貴族用の学院から帰ると、弟をおんぶした義妹が出迎えてくれた。
初めのうちは母がまさかモニカを使用人として使う気なのかと驚いたが…そんなことなかった。
「小さい子供は誰かのぬくもりがあると落ち着くし、良く寝るものなんですよ?お義兄様。」
モニカがなんてことないように言った。母になるべく母乳で育てた方が丈夫な子になると言い出したのもこの子だ。おかげで弟は元気に育っている。なんでもかんでも乳母に任せきりの一般的な貴族家の育児方法とはずいぶん違うが。
モニカの普段着のワンピースは僕が揃えた。茶色のモニカの髪に、グリーンのワンピースがよく似合う。今日は三つ編み。三つ編みもカワイイ。
「ただいま」
あんまりかわいいのでおぶわれた弟ごと抱きしめる。ああ、癒されるなあ。
「おや、アローはまたぐずったの?」
「ええ。でももうご機嫌よ?」
おんぶされてモニカの三つ編みを小さな手で持って舐めまわしている弟は、にこにこだ。
(僕も、モニカに育てられたかった。そしたら一日中一緒にいられたのに…一緒にお昼寝して、ご飯を食べて…おんぶや抱っこされて…くううううっ髪をしゃぶるなんて…)
アレクシスはそう思いながら、弟の小さな足をくすぐる。もちろん表情は崩していないが…もし自分がアローだったら、と妄想してうっとりする。
…ほんの少し離れて、侍女が微妙なまなざしで僕を見ている。
モニカが来てから、この家は明るくなった。
病気がちだった母も、すっかり元気になり、以前より若返った気がする。
両親があきらめていた子供も生まれた。
これも…モニカのおかげだ。
モニカがうちに来たばかりの頃、茶色の庶民のような髪色に茶色の瞳。男爵家なんてろくな教育も受けていないんだろうと、引き取ってきた父親にあきれていた。母が娘を欲しがった、と聞いてはいたが…僕の妹になるには地味過ぎない?と。まあ、どうでもいいか。そんな風に思っていた。関わる気もなかったし。
僕は家庭教師がいらないほどの神童と呼ばれ…もう目新しいものなどない気がしていた。よく父の商売に連れていかれたが、特に興味もなかったし。
モニカは僕と、僕を産んでから病弱で寝たり起きたりの母を見舞った後…
「あら?少しお待ちくださいね…え、と」
小さいモニカがポケットからメモ帳を取り出してめくっている。着ているワンピースも地味だな、と眺めた。
「あ、ありました。すっぽん、ですね。私も見たことがないんですが、なんか、柔らかい亀、らしいですね。」
「…亀?」
「ええ。前に船乗りを引退した人から聞いたんですけどね。華国には柔らかい亀がいて、ご婦人の病気や疲労回復に効くらしいです。食べると体がポカポカしてくるらしいですよ?」
モニカのメモ帳をのぞいてみた。中にはなにやら見たり聞いたりして面白そうだったことがびっちりと書き込まれている。変な奴。
俺はさっそくその、柔らかい亀、について調べた。
すっぽんと呼ばれるその亀は、なるほどご婦人方には効くらしい。
滋養強壮、疲労回復、免疫力アップ、貧血改善から美肌効果まで。
父に報告すると…そこからの父の行動は早かった。もともと侯爵家令嬢だった母を溺愛するが故の商売拡大を続けている父。それまでも母の元気を取り戻そうと様々な薬や食べ物を取り寄せてきた。
華国の交易船と話をつけて、次の便でその亀と亀を扱える使用人を手配した。
うちの中庭にある池は、その亀用の池になった。
興味津々だったモニカはメモ帳を持って亀の飼育係のところに通い詰めて、亀を見学がてらその華国人から華国語を学び始めた。
底抜けに面白い子だ。僕には思いつかないことをやってくれる。
面白そうだったので僕も一緒に通った。
今は僕らは華国語で簡単な会話ができる。
美食の国、フール国出身のうちの料理人は、その亀のスープを作れることが分かったので、母は毎日のようにそのスープを飲むようになった。モニカはここにも出没し、料理人からいつものメモ帳片手にフール語を習っていた。僕はその頃はお隣のブリア語とその隣のフール語は習得していたので、モニカに教えるようになった。
1か月たち2か月たち…半年もすると、母は見違えるほど元気になった。
モニカに誘われて、中庭を散歩したり、久しぶりに家族みんな揃って領地に出かけたり…。
で、弟、アロイスが生まれたわけだな。
「…今日はお義母様とアロイスと亀を見にいって、一緒にお昼ご飯を食べて、中々お昼寝をしたがらないアローをおんぶして寝かせたんです。」
制服を脱いで着替えてきた僕にお茶を入れてくれながら、モニカが僕が学院に行っている間のことを話してくれる。僕はこの春から貴族用の学院の中等部に入った。自分的には必要性はないと判断したが、社会性を身に着けるため、と、父に言われて、しぶしぶ。
勉強は退屈だし、同級生はみんな子供ばっかりだ。(まあ、同じ年だけど)
いつもならお茶の時間が終わるとモニカの勉強を見るのだけれど、珍しくモニカが城下に行きたいと言い出したので僕も上着を羽織る。かわいい妹のたまの我儘ぐらいお兄ちゃんは聞いてあげるよ?
「で?モニカはどこに行きたいの?」
「本屋さんで…欲しい本があるんです」
本屋でいつものメモ帳を広げてから、嬉々として本を眺めていたモニカが手に取ったのは…
【婚約破棄から始まる騎士の溺愛】
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