第16話 紫の小瓶。
アリーセはお昼休みに学院から使いを出してもらって、家から5万ガルド持ってきてもらうよう頼んだ。
購買部もお昼を食べるカフェテリアもサインで済むから、普段、学院にはお金を持ってきていないし。まさか今日それが届くとも知らなかったし。
放課後、教室にカミルを待たせて、受け付けに走るアリーセは思わずスキップしてしまった。朝から嬉しさがこみあげてきて、自分でも変な顔をしていると思う。
今日の授業は何一つ覚えていない。お隣の席にいるカミルをチラチラ見つめる。カミルにも不審がられてしまった。ふふふっ。
今朝、授業が始まる前に、モニカちゃんがハンカチに大事そうに包まれた紫色の小瓶をそっと渡してくれた。
「…アリーセ様、大変お待たせしました。昨日入りました。賞味期限は明日の夜までです。5万ガルド下さい」
私の耳にこそっとそう告げて、モニカちゃんがニコッと笑う。
その媚薬の代金の5万ガルドが届いたので、受付に取りに行く途中だ。アリーセはスキップしながらスカートのポケットに入れた瓶を何度も何度も触ってみる。
きゃあああああ!
もう、生徒会なんか休んで、カミルを連れて家に帰ってしまおうかしら?
どうせ…ここの所忙しくて、生徒会長は休んでいるし。
これを飲んで、って私が言ったら、カミルは黙って飲んでくれて…そして?
きゃあ♡
…もちろん、アリーセのそっち方面の知識など、キスどまりなのだが…それでもアリーセは嬉しくてたまらない。キスだって、せがんでもせがんでもせがんでも…カミルはしてくれたことはなかったから。
父親はアリーセに甘かった。たいがいのお願いはかなえられたが、カミルと結婚することだけは、うん、と言わなかった。
「せめて、子爵家の嫡男だったら、考えなくもないがな?」
次男坊はだめらしい。かといって、じゃあ、カミルを子爵家の跡取りにしましょう、なんて誰も言わないだろうし。
カミルは昨日王城の事務官の登用試験を受けに行って、一日お休みだった。
今日はいつも通り、私に控えた。
いつか…控えるんじゃなくて、一緒に並んで歩きたい。
お嬢様、じゃなくて名前を呼んでほしい。
「アリーセ?…たくさん殿方はいるのよ?」
お母様は眉間にしわを寄せてそう言う。
だってお母様?私はカミルに会ってしまったんですもの。
スキップしながら学院の受付の窓口まで行ったあたりで、正面玄関から入ってきた侍女にぶつかってしまった。
ポケットの瓶がころりと転げ落ちたので、慌てて拾う。危ない危ない。割れなくてよかった。
「あ、ごめんなさい。ケガはない?」
ぶつかって転んでしまった侍女も何か落とし物をしたようだ。二人とも慌ててしまっていたので、受け付けの係りが転んだ私たちを助け起こしてくれた。
「お二人とも大丈夫ですか?」
スカートをぱんぱんッと払って
「すみません、急いでいたもので。」
そう私が言うと、うつむいた侍女が謝ってきた。
「いえ、こちらこそ。急に入ってきたもので、申し訳ございませんでした。」
「アリーセ様、ご自宅から封書が届いております。受取にサインをお願いします」
封書を受け取って、サインをして、係の人とその侍女にお辞儀をして戻る。
…スキップせずに、しずしずと…
「はい。入館の希望ですか?侍女の控室ですか?え?教室には入れませんよ?」
「こちらのクロディーヌ様にお渡しする物がございまして」
「え?クロディーヌ様に?」
「はい。王女殿下は季節の変わり目に風邪をひきやすいもので、風邪薬をお渡ししておきたいのですが。」
「お預かりしますよ?クロディーヌ様の面会はできかねます」
「私はブリア国から王女殿下に付いてきた侍女です。無礼でしょう?」
「いやーそう言われてもね。どなたも通すなと言われていまして…」
アリーセは受付の窓口で揉めている二人の会話を小耳にはさんでしまった。
「あら、私、クロディーヌ様と同じクラスですの。私がお預かりしていきましょうか?」
と、つい声をかける。
「え?……いえ、結構です。」
あら。
結局、侍女は諦めて受付に預けた様だった。何気に…私は信用されていないのかしら?
アリーセはそう思いながらも…ま、いいか。とカミルの待つ教室に戻っていった。
12月になってから何かと公務の多い殿下が、今日は久しぶりにいらっしゃると言うので、休もうかと思っていたが、しぶしぶクロディーヌ様と3人で生徒会室に向かう。モニカちゃんは今日は日直なので日誌を持って教務員室に行った。
「ただいま参りました」
いつものように入って、自分の席に着く。まだ西日が差し込む時間帯だったので、ポケットから小瓶を取り出して日に当てて眺める。…綺麗だ…。朝渡されたときはささっとポケットに仕舞ってしまった。もっと、赤紫色だった気がしたが、夕方見てみたら冷ややかな紫の瓶。上品なカットが施されていて…瓶だけでも高そう。
「おい」
「……」
「おい、アリーセ君」
「え?あ、はい」
「怪しげな瓶だが…薬品か?」
「え?」
すっかり自分の世界に入っていたアリーセが、慌てて瓶をポケットにしまい込もうとして…殿下に取り上げられた。
「うっ…返してください!大事なものなんです」
「お前…今、みんなピリピリしてるのがわからないのか?学院に薬品を持ち込むな!」
「…怪しいものではありませんから!本当です!やっと手に入れたんです!返してください!!」
手を伸ばして、殿下から奪い取ろうとしてもめていると、殿下の手から離れた小瓶が…こともあろうが殿下の金魚の水槽に…ドボンッ…と…。
「えええっ、どうしてくれるんですか殿下!」
「えっ?」
「ひっ」
呆れて二人のやり取りを眺めていた残りの二人も、思わず水槽を見る…。
金魚が…




