第10話 じいやさん。
「…ということがあったんですよ、お義兄様」
なんてことなかったように僕に昨日会ったことを報告したモニカは、まだ眠そうだが、よく食べる。
昨晩、殿下の家庭教師を終えて家に帰ると、あり得ないことにモニカのお出迎えがなかった。
慌てふためいてモニカの部屋に行って見ると…もう爆睡していた。アロイスとビアンカまで同じベッドで熟睡中。
具合が悪いのかと叩き起こそうとしていたところを、侍女に止められた。学院で何か疲れることがあって、「体力も気力も切れたから寝る」と、何もせずに寝たらしい。そこにアロイスとビアンカが潜り込んで寝たようだな。
ずるいなお前ら…お兄ちゃんも…。
そう思って布団に潜り込もうかとした僕を、侍女が力づくで引っ張り出した。チェッ。
翌日、休日なので朝食を中庭に運んでもらって、モニカとゆっくり朝食をとっているところだ。チビたちはまだ眠っている。
モニカが昨日生徒会室で起こったことを教えてくれた。
普段ストレートティ―を飲むモニカが、砂糖を入れるところを見ると、よほど疲れたんだろうとは思ったが…
「…殿下が、じいや、と言ったのか?その男に?」
「ええ。お義兄様が脅すから、ついに審問官が来たのかと思ったら、殿下のじいやさんの学校参観だったみたいですね。普通の、人のよさそうなおじさまでしたよ?」
「……」
…殿下のじいや、と言ったら…ラウレンツ卿。長いこと王城の統括執事長を務められた方。陛下の信頼も篤く、情報量は国内一と言われ…その一言は宰相殿より力を持つと言われている。
僕が殿下の家庭教師をやることになった元凶の方だ。
次々と辞めていく殿下の家庭教師に困り果てていた教育担当に、
「ヘルケ伯爵家にアレクシス君がいるだろう?優秀な子らしいね。殿下も年が近い方がなにかと良い気がするなぁ」
と、独り言を言ったらしい。
僕も挨拶したが…穏やかで、にこやかで…底なしの恐ろしさを感じる方だ。敵には回したくない。
「…で…モニカはその人に…アリーセ嬢を擁護したいがために、力説して…」
「うん。」
もぐもぐとリスのようにソーセージを咀嚼しながら、モニカが…可愛らしい。
「フール国の革命についての逆説的見地を述べた、と…。よくとっさにそんなこと思いついたね?」
「ええ。練習してましたから。」
(あ…あれ、ね)
「それでそのおじさまに、面白い子だね、って褒められましたわ」
がっくりと、僕は頭を抱えた。
モニカが…あのじじいに目をつけられてしまった。
「それでね?どうもアリーセ様はカミル君が好きで、暴走したんだろうって、笑っていましたよ。よくわかりましたよね?」
「……」
「ねえ、お義兄様?侯爵家のお嬢さまと子爵家の次男坊が結婚するのは、そんなに難しいことですかね?」
「…ん…難しいと思うよ。よく考えてご覧、モニカ。要はどうやって生活をしていくか、貴族家令嬢として社会貢献できているか、そのへんを。」
「うーん。生活ですか…例えば、カミル君が王城の事務官になるとか?」
「そうだね…事務官とか騎士とかになって、出世して…侯爵家のご令嬢に求婚できるぐらいに出世するのに何年かかるか、だよね」
二本目のソーセージにかぶりついていたモニカが、かぶりついたまま頷いている。昨日何も飲み食いしないで眠ってしまったので、よほどお腹が空いているんだろう。
「片や、ご令嬢方は20歳までにはほとんど嫁いでいくことを考えると…」
「……」もぐもぐ。
「難しいよね?」
「……」もぐ。
「あとは、そうだね、後継者のいないところに養子に入る?でもこれは実際は難しいんだ。どうしても血縁を頼ることになるからね。あとは…何らかの功績を上げて領地と爵位を得る?これは男女どちらでもいいがね。」
ふむふむ、と、あわててモニカがいつものメモ帳を取り出してメモを取る。
「ところで、お義兄様?」
「なんだい、モニカ?」
食べっぷりの良いモニカに、自分の分のソーセージを食べさせていた僕は…持っていたフォークを落としそうになってしまった。
「…お義兄様はどうして婚約者をお決めにならないんですか?」
「……モニカ?…」
控えていたいつもの侍女が…吹き出して笑ったのを睨みつける。




