第五話:創造への決意
オアシスの水面は、穏やかな光を反射していた。
カレンは、キリアンの言葉から逃れるように、水面に目を落としていた。
”呪いではない『可能性』”
その言葉は、彼女が七歳の誕生日以来、最も聞きたかった、そして最も恐れていた響きだった。
キリアンは、カレンの隣に静かに腰を下ろした。
「君の力は、周囲の物語を『無』にする。だが、それだけではないはずだ」
キリアンは、そう切り出した。
彼は更に続ける。
「もしそれが純粋な破壊なら、君はとっくに塵と化している。君の周りの空気は冷たいが、同時に何も描かれていないまっさらなキャンバスのような、奇妙な静けさを持っている」
カレンは水面から顔を上げ、彼の目を見た。
「でも、失われた物語は二度と戻らない。人々の記憶から消えるんです。それは破壊でしかない!」
「いいや、違う」
キリアンは首を振った。
そしてこう言った。
「破壊は、エネルギーを周囲に撒き散らす。君の力はそうではない。物語を君自身の中に閉じ込めている。まるで古い本を読み終え、ページを閉じ、魂だけを静かに吸収しているかのように」
カレンは、初めて自分の力を、別の角度から見つめられた。
「吸収?」
「考えてごらん、カレン。君の故郷の石碑の物語は消えた。だが、その消滅は新しい『不安』という物語を生んだ。君の力は古い物語を終わらせ、新しい物語が生まれるための空白、すなわち『虚無』を創造している。その『虚無』をどう使うか、それが問題だ」
キリアンは立ち上がり、彼女に向き直った。
その目は迷いも恐れもなく、未来を見据えていた。
「君の力は単なる『虚無』ではない。それは『空白』であり『可能性』だ。私は君の力に、世界を変える『創造』の源を見ている」
カレンは息を飲んだ。
「世界を変える…」
「そうだ。そして、私はその力を『創造』へと導くことを決めた」
キリアンは、自分の旅の目的を捨てることを躊躇しなかった。
「カレン。君の旅に、私を連れて行ってくれないか。私は君のパートナーになりたい」
カレンの瞳に戸惑いと、微かな希望の光が宿った。
「私が、貴方の物語まで虚無にしてしまったら?貴方自身が、私を信じた理由を忘れてしまったら?後悔しますよ!」
キリアンは静かに笑い、強く断言した。
「私の信条は、誰の力でも壊せない。それに、もし私が君によって変わってしまったとしても、それは君との旅が私に与えた、新しい物語に過ぎないだろう。カレン、もう一人で苦しむ必要はない」
彼は手を差し伸べた。
その手には力強さと、穏やかな決意が満ちていた。
「共に旅をしよう。君の力を、呪いではなく、世界の新しい物語の始まりにするために」
カレンは、しばらくその手を見つめた。拒絶すれば、この孤独な荒野でまた一人に戻る。受け入れれば、初めて自分を信じてくれた、この男の人生に、永遠の虚無をもたらすかもしれない。
だが、彼女の心に宿った微かな希望は、長年の絶望を打ち破るほどの熱を持っていた。
カレンは、震える手でキリアンの手を取った。




