第三話:虚無の放浪
ミストルヴェインの追放劇は、大声や怒号に満ちたものではなかった。
街の人々は、物語を失ったことで感情の機微を失い、ただ「不都合なものを取り除く」という、原始的な論理に基づいて動いた。
彼らにとって、カレンは既に「町の娘」ではなく、『虚無の発生源』という、排除すべき現象だった。
夜明け前、凍てつくような静寂の中、カレンは石壁の門の外へ押し出された。
「お前が去れば、街の物語は元に戻る」
門を閉ざす男たちの言葉は、冷たく、そして何の感情も含まれていなかった。彼らの心には、もうカレンとの過去の思い出という物語が残っていなかったのだ。
石壁の門が重く閉ざされる音は、カレンにとって、故郷との断絶を告げる永遠の終止符となった。
彼女の孤独な旅が始まった。
背負っている荷物はわずか。服と、水を満たした水筒、そして一つの古い人形。その人形も、彼女の力によって既に持ち主の愛着や製作者の技術といった物語を失い、ただの布と綿の塊と化していた。
だが、カレンにとって、それがかえって都合よかった。感情や意味を失った物だけが、彼女の傍に存在を許されたのだ。
道中、彼女は自分の能力の恐ろしさを痛感させられた。
旅の途中で立ち寄った小さな村。子供たちが、英雄の像の前で目を輝かせているのを見たカレンは、遠くからそっと見守るだけにした。だが、彼女の『虚無の領域』は、彼女の意識とは無関係に拡大していた。
その夜、村人たちは像の前に集まった。だが、誰も英雄の功績を思い出せない。像はただの石像となり、人々の間には「この像は何のためにあるんだ?」という疑問と、その像を長年崇めてきた自分たちへの困惑の物語が芽生えた。
カレンは、その光景を見て逃げ出した。
「私は…呪われている!」
故郷を追われ、世界の美しい物語を次々と奪う自分は、『呪い』以外の何者でもない。彼女の存在自体が、世界のすべてを虚無へと導く運命にあるのではないか。その絶望は、彼女の心を容赦なく締め付けた。
カレンは、無人の荒野を目指した。
人里から離れ、物語を失っても誰も困らない場所へ。
この世界に、自分自身を主役とする悲劇の物語があるなら、それはこの『虚無の放浪』の旅だろう。
彼女は、自分自身の存在を消し去る術を、見つけたいと願った。




