第二話:暴走と断裂
故郷の街、ミストルヴェインは、古い言い伝えに支えられていた。
街を囲む石壁は、数百年前に巨大な竜から人々を守り抜いた騎士たちの、献身の物語を宿していた。
中央広場の時計台は、未来を信じて時を刻み続ける人々の希望の物語を内包していた。
ミストルヴェインの住民にとって、物語はただの言葉ではなく、生活を支える地盤、呼吸する空気そのものだった。
しかし、十六歳になったカレンの力は、もはや制御できる段階を遥かに超えていた。
その日、事件は街の最も神聖な場所から始まった。
代々語り継がれてきた「竜を封じた剣」の伝説が刻まれた石碑が、カレンがそのそばを通り過ぎた瞬間、静かに砂へと変わったのだ。
石碑が崩壊した瞬間、人々の記憶から騎士の顔が消えた。
街を守る石壁は、ただの古い石の積み重ねとなり、住民たちは「なぜ私たちはこんな脆い壁を信用していたんだ?」という、根拠のない不安に襲われた。
カレンの力は、まるで疫病のようにミストルヴェインを蝕んでいった。
彼女が市場を歩けば、農夫が何代もかけて育ててきた作物の改良の物語が消え、人々は「なぜこんな手間のかかるものを作っていたのか」と、作業意欲を失った。
鍛冶屋のハンマーの音が止まった。
代々受け継いできた火を起こす秘術の物語が虚無に変わり、彼らはただの金属を叩いている自分たちの行為に意味を見出せなくなった。
街から『物語』が消えるたびに、人々の顔から表情が失われ、心の間に冷たい亀裂が入った。
不安と恐怖は、瞬く間にカレンへと向けられた。
「あの子だ!あの子がいるから、石壁はただの石になった!」
「カレン、出ていけ!お前はミストルヴェインの生命を奪っている!」
石を投げつけられたわけではない。直接的な暴力はない。だが、投げつけられる言葉は、物語を失い、思考の鎖が外れた人々の、むき出しの原初の感情だった。
カレンは故郷の変わり果てた姿を見て、押しつぶされそうになった。
彼女の力は、悪意でも、怒りでもない。ただ、彼女自身が存在すること、その無垢な事実に、世界が耐えられないのだ。
夜、一人、崩壊しかけた時計台の影に隠れて、カレンは震えた。
「なぜ、私なの!?」
自らの手を見つめる。
この手が、この体が存在することが、世界の生命を殺している。
彼女の心は、自分の力の『正体』を求めて叫んでいた。
これは呪いなのか、それとも、この世界が自分を拒絶するための、残酷な定義なのか。
彼女の周りには、今や何の物語もなかった。
唯一、残されたのは、『故郷を破壊する怪物』という、彼女自身を主役とする、絶望的な新しい物語の始まりだけだった。




