第十三話:心の虚無
カレンが意識を取り戻すまでに、丸一日を要した。
彼女が目覚めた時、アウレリウスの街は、既に美しい都市として機能していた。建物は再建され、苔むしていた道には人々の生活の新しい物語が満ちていた。
「成功したんだね」
カレンは掠れた声で言った。
「ああ。君は、歴史を書き換えた。だが……」
キリアンの表情は険しかった。
「君自身の代償が、あまりにも大きい」
キリアンが手を差し伸べると、カレンはそれを避け、ゆっくりと立ち上がった。
カレンは、周囲の街の新しい物語を感じ取った。それは明るく希望に満ちていた。しかし彼女自身の心には、街の悲劇が代わりに入り込んだ、深く冷たい空虚感が宿っていた。
「心に、穴が空いたみたい」
カレンは呟いた。
「悲しみが去った代わりに、何もかもが無意味に思える。美しい街を見ても、楽しいと感じない」
彼女の力は、感情そのものをエネルギーとして利用している。そのため、巨大な物語を吸収するたび、カレンの感情回路は疲弊し「何も感じない」という虚無の状態に陥ってしまうのだ。
「前回、森の悲しみを吸収した時よりも、はるかに深刻だ」キリアンは冷静に分析した。「君の心は、数十万の悲劇の感情の圧力に耐えるために、自己防衛として感情の機能を停止させている」
カレンは、再建された街を無感動な瞳で見つめた。彼女の目には人々の新しい笑顔や、希望の物語が映っているはずなのに、それらがすべて「意味のない光景」としてしか認識できなかった。
「力を使いすぎること……。これが、私の虚無の呪いだったんだ」
カレンは、創造が自分の感情という生命を削る行為だと悟った。このまま力を使い続ければ、彼女自身が何も感じない、物語を持たない、虚無の器となってしまうだろう。
「私たちはやはり『時間の魔術師』を見つけなければならない」
キリアンは、カレンの冷えた手をそっと握り、すぐに離した。
「君の力を制御する技術、そして君の感情を虚無から守る術を、彼から学ぶ必要がある」
カレンは頷いたが、その表情には恐れも決意もなかった。ただ流されるように、次の目的地へと歩き始めた。彼女の存在は、再び、虚無の影に覆われ始めていた。




