第十二話:戦争の記憶、虚無の試練
アウレリウスの街の中心には、崩れながらもなお巨大な塔が建っていた。その基盤こそが、街の『悲劇の物語』の核心だと、カレンは感じ取った。
「準備はいいかカレン。この物語は、これまで君が吸収した悲しみとは比べ物にならない。数十万人の、『終わり』の物語だ」
キリアンは警戒を怠らなかった。
「はい。この街の悲しみを終わらせなければ、新しい物語は始まらない」
カレンの瞳には、覚悟が宿っていた。
カレンは塔の基部に手をかざした。そして訓練で得た『境界線』を完全に解き放ち、自らの虚無の力を、躊躇なく街の基盤へと向けた。
力が流れ込む瞬間、カレンの意識に、激しい奔流が押し寄せた。
それは、視覚的な記憶だった。炎上する空、絶叫、血の匂い、そして愛する者を守れなかった兵士の絶望、瓦礫の下に閉じ込められた子供の恐怖。何万もの断片的な『失われた命の物語』が一斉に、カレンの心に叩きつけられた。
「うっ……!」
カレンは悲鳴を抑え、全身の筋肉を硬直させた。
キリアンは杖を地面に突き立て、防御の魔方陣を展開した。それは、カレンが吸収した感情エネルギーが、森の時のように爆発的な反動として飛び出すのを防ぐためだ。
カレンは歯を食いしばり、塔の基部に刻まれたすべての物語を、その力の限り吸い上げていった。
時間感覚が麻痺する。彼女は自分が誰なのか、何をしているのかすらわからなくなり、ただ「永遠の絶望」という重い感情の渦の中に沈み込んだ。
そして塔の基部が「ブツッ」と、糸が切れるような奇妙な音を立てて静止した。
街の『悲劇の物語』は、完全にカレンの中に吸収され、アウレリウスの廃墟から消滅した。
その瞬間、街に変化が起こった。崩れていた石壁が、まるで時間を逆行するかのように、一瞬で組み上がった。瓦礫に埋もれていた道は清掃され、失われていた装飾が輝きを取り戻した。
街は、何世紀も前の、戦争を知らない、最も栄えていた頃の姿を取り戻したのだ。
”「創造」は成功した。”
しかし、カレンは塔の基部に倒れ込んだまま、動かない。彼女の魂は、吸収した数十万の絶望の物語の重さに耐えきれず、深い闇の中に沈んでいた。




