第十話:時間の魔術師
森の再生は完了し、夜明けと共に二人は再び旅路についた。
カレンの顔には、まだ疲労の色が残っていたが、絶望の色は薄らいでいた。彼女は創造の力と、その感情的な対価を身をもって知った。そして、キリアンという錨を得た。
道中、キリアンはカレンの能力の根源について、自身の持つ古い書物や言い伝えを辿って分析していた。
「君の力は、物語を『時間』から切り離しているようだ」
キリアンはそう切り出した。
「時間から?」
カレンは首を傾げた。
「ああ。すべての物語には、始まり、進行、結末という時間の流れがある。だが、君が物語を虚無にする時、その物語は『今』という瞬間に固定され、過去の経緯も未来の可能性も失ってしまう。つまり君の力は、時間を巻き戻すのではなく、物語の『時間軸』そのものを消し去っている」
キリアンの説明は、カレンの力を抽象的な「呪い」から、具体的な「時間操作」の領域へと引き上げた。
「もし、その力を持つ者が、この世界に他にいるとしたら?」
キリアンはそう言って、カレンの目を見た。
「君の力のメカニズムを理解し、あるいは完全に制御している者がいるとしたら、君の旅の目的地は明確になる」
キリアンは古い文献に記された、一つの伝説をカレンに語った。
”『時間の魔術師』”
「古くから伝わる存在だ。彼は世界の物語を自在に操り、時間さえも意のままにするとされる。だがその力の本質は、君と同じく『物語を虚無に変え、新しい可能性の空白を作り出す』ところにあると、秘匿された記録にはある」
その魔術師は世界のどこかに隠れ住み、時折、大きな物語の流れを変えるために、虚無の力を行使しているという。
カレンの瞳に、初めて「目的地の光」が灯った。
「私と同じ力を持つ人が、いる……」
それは、彼女が「呪い」ではない可能性を信じるための、具体的な証拠だった。
「その時間の魔術師を探す。それが、私たちの旅の次の目的になる」
キリアンはそう断言した。
「彼に会えば、君は自分の能力の限界、そして『創造』の真の法則を知ることができるだろう」
キリアンは古ぼけた地図を広げた。
その隅に、他の文字とは異なる、奇妙な螺旋の記号が記されている。
「この記号は、魔術師が最後に目撃されたとされる、遥か東方の『時の狭間の塔』を示している。危険な旅になる。だが、君が呪いではなく世界の創造者となるために、避けては通れない道だ」
カレンは、地図に記された遠い場所を見つめた。故郷を追われた孤独な放浪から、今、彼女の旅は、自分の存在の根源を探る、明確な意志を持った冒険へと変わった。
「行きましょう、キリアン」
カレンは静かに言った。
「呪いの正体を知るために。そして、私が創造者になれるかどうかを、確かめるために」
二人は『時間の魔術師』という、最も困難で、しかし最も希望に満ちた目的地を目指し、再び歩き出した。




